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四面楚歌の君へ

作者: 平 修

 伝える言葉をもって、少年は再会を夢見てここまでやって来た。

 だか、夢見た少女は囚われの身であった――。



  薄曇りの空の下、小さな城下町の空をゆるやかに回る黒鷹――ヨダカ。


 ヨダカは優雅に風に乗り、城の外周、兵の数、町に出入りする人々の動きを探っていく。町はどこか閑散としていた。

 ひとしきり飛び回ると、少年の肩に舞い降りた黒鷹をそっとひと撫でした。

 

 口元まで隠した黒衣に身を包んだ少年――シンは、ヨダカの視界を共有し、この国の情報を集めていた。

 

 それは、この世界に存在する“あざな”に選ばれし者の力。“以心伝心”を宿した少年の異能であった。

 

 町を歩いていると、そこかしこから風に乗った噂の断片が耳に届く。

「この国は、もう長くない」

「姫様が災いを招いた」

「あの方はとうに死んだのだ」

 声なき旅人、シンはただ黙ってその噂に耳を澄ませていた。


 ——あの日の少女に会うために、この国を訪れてみた。だが、耳に入るのは不穏な噂ばかりだった。

 かつて負傷していた自分を迷いなく助けてくれた、優しい瞳。

 そんな彼女の瞳とは対照的に、彼女の背後で冷ややかにこちらを見ていた女。兵のような、女官のような、凛とした印象が強く残っている。

 たしか、名は……トキワと言ったか。


 ――彼女が見付かれば、事情を伺えるのだけど……。

  

『ヨダカ、もう一度お願いできるかな』

 シンが心の声でヨダカへ問いかけたとき、人の流れを遮るように歩くひとりの女性がいた。

 背筋は伸び、こちらを真っ直ぐ見据えている。年月を感じさせる風貌の中にも、確かにあの日の面影が残っていた。

 やがて、女はシンの前までたどり着くと、低く落ち着いた声音で語りかけてきた。

 

「背格好こそ違えど、覚えているぞ。あの日、姫様が助けた少年だな。……まさか再び会うとは」

 

 シンは答えない。声を出さず、ただ胸に手を当て、ひとつうなずいた。

 

 トキワは静かに語る。

「この国へ何用だ?」


 シンは変わらず答えない。否、“以心伝心”による能力はシンが心を許した相手にしか言葉を伝えられなかった。


「そういえば、口が開かぬのだったな。いや、何も問うまい。ここで出会ったのは天の思し召しだろう……」


 トキワは一息つくと、少しの間を開けてこう言った。 

「姫様を、救ってはもらえないだろうか――」

 




 トキワの案内で、シンは城へと通された。

 城の一室、王の間はとても簡素で、歳を重ねた王は静かに腰を下ろしていた。

 

「……よく来てくれたな」


 王は深く憔悴しており、その視線には重い影が差していた。

 

「トキワから聞いておる。我が娘が、かつて助けた少年……お主が、そうか」


 シンは、王の目を見て、深く頭を下げた。

 

「礼を言う。あの時の娘の笑顔は本物であったと。どれほどの時を経ても、忘れたことがない。その言葉を」


 しばしの静寂があり、王は背を向け、風の吹く庭を眺めながらつぶやくように言った。


「……この国はもう、もたぬ」

「帝からの使者を二度追い返した。次の会合が最後となるだろう」


 振り返る王の目が、哀しみに濡れていた。

「あの日、この国のためにと心を殺したつもりだったが……どうしてもあの子を引き渡すことだけはできなかった――」


「昨日今日知り会った者に、頼むことではないと分かっておる」

「だが……娘は、今も牢にて“あの少年”を信じている」


「そなたが“今も”“四面楚歌”に呑まれず、人として接してくれるのであれば……」


 王は一拍、言葉を切り、沈黙を押しのけるように続けた。


「……どうか、娘を救ってくれ」


 王はそこまで言い切ると、一介の旅人であるシンへ深く頭を下げた。


 シンは答えなかった。ただ、静かに片膝をつき、王の手に自分の手を重ねた。

 そこに多くの言葉などいらなかった。


 

 それから数日、シンは「異国の旅人」としてこの国の客人となり、滞在していた。

 

 王から伝えられた言葉は三つ。

 城に火の手が上がったら、それが合図。地下の座敷牢にいる姫を連れて脱してくれ。

 無事に城を脱することができたならば、姫を連れて東の廃寺へ行き、手紙を渡してほしい。

 最後に、できることならば、今後も娘の友であってほしい。


 シンは閑散とした城内を回りながら、王の言葉を思い出していた。

 一国の王――否、ひとりの父としての覚悟を見た気がした。

  

 あの日の恩を返す。

 シンはその一心で、時を待った。


 

 そして夜を迎える。心地の良い夜風が吹き始めた頃、風に乗った黒煙が便りを届けるようにたなびいていた。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


“言葉”と“絆”をめぐる物語を、少しでも楽しんでいただけていたなら幸いです。


この物語の余韻が、あなたの胸に小さな火を灯せますように。


感想やブックマーク、評価などいただけましたら、何よりの励みになります。


次回もまた、物語の片隅でお会いできることを願って。


――たいら おさむ

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