表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野草食堂 春の芽  作者: やしゅまる
7/23

第VII話 最初の一皿


「できました!」


美咲が差し出したのは、小さな白い陶皿に盛られたひと口サイズの料理。

ヨモギのグリーンが鮮やかな、小さな団子のようなものだった。


春乃は割烹着のまま、カウンターの向こうから身を乗り出す。


「これは……“ヨモギの白玉”?」


「はい。図鑑づくりのときに、ヨモギをすりつぶしてたら、ふと白玉粉と合わせたらどうかなって。中に、甘く煮たカラスノエンドウのあんこを入れてみました」


春乃は目を丸くして笑った。


「へえ、カラスノエンドウをあんこにするなんて、なかなか思い切ったね」


「ネットで調べたら、昔のおばあちゃんが“ちょっとえぐいけど甘くすると美味しい”って書いてて。試してみたら……ちょっとクセはあるけど、面白い味になって」


「じゃあ、いただきます」


春乃は箸で団子を割り、ひとくち口に含んだ。

もぐもぐ、とゆっくり咀嚼して、やがて目を細める。


「……うん、いいね。ヨモギの香りが先に立って、あとから豆のコクが広がってくる。クセを丸ごと楽しませるって、なかなかできることじゃないよ」


「ほんとですか……!」


「うん。これは“誰か”に食べてもらいたくなる味。野草食堂の新しい看板になれるかも」


美咲は、胸にじわっと何かが広がるのを感じた。

自分の手で、生まれた味。草の名前を知って、摘んで、考えて、形にした。

誰にも求められていないと思っていた自分が、今、確かにこの場所に根を張っている。


その日の午後、春乃は手書きのメニュー札を一枚増やした。

《週末限定・ヨモギとカラスノエンドウの白玉》――


開店時間、店のドアがからん、と鳴る。


やって来たのは、先日草の庭を案内してくれた白髪の男性だった。

「今日は食いに来た」と短く言ってカウンターに座ると、美咲の白玉を注文した。


「……ふぅん。ヨモギとエンドウね。嫁が好きだった組み合わせだ」


一口食べたあと、男は黙って皿を見つめた。

やがて、スプーンを置いてぽつりと言う。


「草の味がすんのはいい。草の記憶がすんのは、もっといいな」


その言葉に、美咲の胸がいっぱいになった。

草には、誰かの思い出が宿る。人の記憶と、名前と、時間と。


食べることは、そのすべてを受け取ることかもしれない。


「ありがとうな。いい皿だった」


男が店を出たあと、美咲はそっと自分の図鑑を開いた。

ヨモギのページの端に、小さくこう書き添える。


《春の香り。心の奥にある懐かしさを呼び起こす草。名前を呼ぶと、人の記憶がかすかに応えてくれる。》


その夜、美咲は厨房の片隅で次の草を手にとる。


「次は、ハルジオン。どんな味がするんだろう?」


“草の図鑑”はもう、彼女だけのものではない。

料理となって、お客さんに届き始めていた。


そしてまたひとつ、物語の芽が、春の夜にそっとふくらんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ