0009・珠の家族
2000年 7月25日 火曜日 AM6:47
「ん………ふわぁ~あ……………あ、そうだ。ゲームしなきゃいけないけど、その前に朝の用事を済まさなきゃ」
朝起きた僕は1階に下り顔を洗って歯を磨く。父さんと母さんはまだ寝てるみたいだけど、大丈夫かな? まあ、時間が来たらサブロウタが起こすだろう。とりあえず朝は適当に食べるかな。
そう思って卵を焼いたり、納豆を出したり、海苔を出したりしていると、父さんが起きてきた。なので先に父さんの分を出すと、急いで食べている。ギリギリまで寝たいのは分かるけど、自業自得なので僕は何も言わない。
「すまんな、珠の食事を取ってしまって! 急がなくちゃ間に合わない!」
「まあ、それは良いんだけどさ、自業自得だから何とも言えないんだよね。反省は……無理そうだけど。半分は父さんの所為じゃないし」
「いや、7割ぐらいは父さんの所為じゃないぞ? 姫が離してくれない所為だ。御蔭で毎日だからな。もちろん父さんも嫌いじゃないが!」
「いや、そんな話を息子にされても困るんだよ。それより食べて急がなくちゃいけないんじゃないの?」
「そうだけど、朝は食べないと後が辛いからなぁ。朝食だけは無しには出来ない! それに今は忙しい時期だ、余計に食べておかないと体力がもたないんだよ」
「エアコンの掃除とか? 大変だね、この時期になって慌てて駆け込んでくる人って」
「そうなんだけど毎年だし、言葉は悪いが儲かる時期でもあるからな。仕方ない事だ。………よし、終わった! 行ってくる!!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ありがとう、珠!」
そうやって慌てて出勤する父さんを見送った。うちの父さんは清掃会社の社長だ。まあ、爺ちゃんの会社だから父さんは2代目だけど。町一帯の清掃業の殆どを担っていると言ってもいい。
近所の人もそうだけど、清掃業って家の中に入ってくるから信用のおける会社を長く使う。だから信用第一。これが爺ちゃんのモットーだと聞いた。まあ、長く使ってもらえるのは、ありがたい事なんだと思う。
料理店とか会社とかからも清掃業の仕事は多いらしく、うちは何だかんだと言って儲かってるらしい。それは安心な「たま、おはよう~」んだが……。
「起きたら源くん居ないんだけど、もしかしてお仕事に行っちゃった?」
「母さん、おはよう。父さんなら、さっき慌てて朝食たべて出て行ったよ。今は忙しい時期だからって、かき込んでね。それより適当な物で良いなら作るけど?」
「お願いね~……うーん、相変わらず匂いがしない。源くんは男らしい良い匂いがするのに」
「いや、父さんは確かに男臭いけどね。僕は言われてるみたいに、お祖母ちゃんのお姉さんに似たんじゃないの?」
「母さんのねえ……とはいえ、確かに写真見るとそっくりなのよねー。ビックリするぐらい珠と似てるけど、ビックリするぐらい母さんと似てないのよ。どう見ても薄幸の美少女だもの」
「実際に15歳で亡くなってるんだから、薄幸なのは間違い無いと思うけどね。何故かお祖母ちゃんに会う度に泣かれるけど」
「まあ、仕方ないわ。母さんにとっても大切なお姉さんだったらしいし、それも白血病で亡くなってるんだもの。その時は母さんもまだ12歳だったって言ってたから、多分だけど記憶の中で美化してるんでしょうね。うちの珠だっていうのに!」
「はい、出来たよ。まあ僕は僕だけど、別にお祖母ちゃんが泣くのは良いけどね、毎回お小遣いくれるし」
「……相変わらずねえ。まあ、伯母さんもそういう部分はあったらしいけど。それより課題はやってる? ああ、珠じゃないわよ? バカの方ね。珠は心配する必要が無いもの、お母さん助かるわ」
「シズなら……どうなんだろ? 夏休みは始まったばっかりだし、何とも言えないところかな。僕は昨日ある程度進めたけど」
「本当に珠は源くんそっくりよね、面倒な事は先にやっておくっていうところも。で、あのバカは何故か私にそっくりに……」
「まあ、母娘だしね。それより、そろそろマズいんじゃないの? 今日は職員会議って言ってなかった?」
「ゲッ!? もうこんな時間! さっさと食べて早く用意しないと!!」
母さんは母さんで大変だなぁ。ちなみに母さんは学校の教師だ。そのうえ僕達の通っている学校の教師でもある。まあ小学部の教師なので、もう僕達には関わりないけど。
あーあー、大口空けて食べてるし、他の先生には見せられない顔をしてるよ。美人の先生で通ってるのに。
食事を終えて部屋に戻っていった母さんを見送り、僕は洗い物を片付ける。そろそろ終わるかな、と思ったタイミングでシズが降りてきた。ついでにサブロウタも降りてきたので起こされたのだろう。
「タマ、私の朝食は?」
「何なの、その当たり前にあるっていう前提の言葉は? とりあえず顔を洗ってきなよ」
「うい」
アレが下級生の憧れのお姉様っていうんだから、世の中色々間違ってる気分になるよ。まあ、お祖母ちゃんいわく、母さんも学生の頃はお姉様扱いされてたらしいけどね。だから母娘2代、血は争えないんだろう。
「おっと、それじゃあゴメンだけど後お願いね! 行ってきます!!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「ありがとう、珠! バカは早く起きて反省するように!」
慌てた感じで母さんが出て行ったけど、シズは聞かないよ? アレは右から左に受け流すからね。都合の悪い事は耳に入れようとすらしない。
「ふう……おお、出来てる! 私の朝ご飯」
「そりゃ僕が作ったんだから出るでしょうよ。それより洗濯物は出しておいて、洗濯するから」
「了解、了解! それよりタマは何処まで進んだ? 私はレベル4になったけど」
「昨日はレベル3でログアウト。やらなきゃいけない家事あったし、根を詰めても上手くはいかないしね。スタートダッシュは師匠を持った時点で諦めたよ。色々しなきゃいけない事多いし、未だにスケルトン1体しか居ないし」
「ああ、サモナーと同じな訳ね。私の方は大変よ、昨日あれからタマが言った通りに探したら師匠は見つかったけど……酷いのなんのって」
「何かあったの?」
「スライムをテイムしてこいって言うからテイムしてきたら、今度は触手と戯れるハメになったのよ。どこのエロマンガだって思うでしょ、普通。まあ最終的には、スライムを身に纏う方法だったんだけどさー」
「スライムを? ……ああ、天然の鎧って訳か」
「そうそう。スライムって物理攻撃に強いから、身に纏うと天然の防具になるのよ。その後は短剣の扱いも学ばされて、【短剣術】のスキルも得たの。ついでに【鞭術】も。それと、私の師匠は<サイン>という名前だった」
「僕の師匠は<エンリエッタ>って言うんだけど、新しいオープニングムービーで右端の人がシズの師匠かな? 僕の師匠は後ろに居た人ね」
「ああ、あの新しいオープニングムービーに居たのって、やっぱり八人の魔女だったんだ。私の師匠いわく、一番の変人が<破滅の魔女>だって言ってたけど?」
「僕の師匠は<支配の魔女>を変り種の魔女だって言ってたけど?」
「「………」」
「この情報は無視した方が良さ気だね」
「そうね、変な揉め事に巻き込まれても困るし。イベントならって思わなくもないけど、胃が痛くなるようなイベントはお断りよ」
朝食を食べ終わったシズの食器を片付けつつ、僕も師匠に魔女の事を聞くのは止めようと誓う。そもそも<荒地の魔女>とかいう危険人物も居るわけだしね。
洗濯物を干し終わったら、さっさとゲームを開始しようっと。