0562・大型アップデートの日
2000年 12月28日 木曜日 AM8:37
朝食と雑事を終わらせてゆっくりしていると、うちに椿がやってきた。既に両親から鍵を渡されているので、今日これから祖父母の実家、つまり宝家の古くからの家に行く。
「あらあら、椿ちゃんも大きくなって。子供の頃から珠を追い駆けていたけど、今もまだ追い続けているとは思わなかったわ。五條家のお嬢さんなんだから、他に良い人はいっぱい居たでしょうに」
母さんが椿を抱き締めながらそんな事を話している。エアコンを付けている部屋で炬燵に入っていたが、椿が来た事で立ち上がって抱き締めたんだ。父さんはそんな2人を見た後、僕の方を見てきた。
「珠。今はまだ高校生なんだからな、責任のとれない事はするんじゃないぞ。絶対にするんじゃないぞ、いいな?」
「そこまで念を押すと、「押すなよ、押すなよ」って言ってるようにしか聞こえないけどね? もちろん責任のとれない事なんてしないけどさ」
「そうね。学校卒業までは子供は無しで、代わりに2人で遊んでいるといいわ。どのみち子供は出来るんだし、今焦る必要は無いもの。ね?」
「私はどっちでもいい。けど、子供が出来たら子育てに追われる。それはまだいいかな? 今は2人で居たい」
「そうよね、そうよね。若いんだから、今の内に色々な思い出を作るべきよ。なーに、子供が出来なければ羽目を外すくらい、若者の特権として許されるわ。色々してきなさい。〝色々〟とね」
「あー……あんまり羽目を外し過ぎないようにな。それと毎年の事だが31日は私達が使うから、それまでには帰ってくるように」
「ゲームの大型アップデートが今日か明日までだから、30日には帰ってくるよ。そのうえ新年明けて5日まではオールメンテナンスの所為でログイン出来ないしね。ゲームは6日からだよ」
「ふーん……ん? もしかしてこのゲームか?」
部屋の中にあるテレビに<レトロワールド>のCMが流れてる。色々な場所のプレイヤーを映しているけど、僕達のプレイ映像は運営が勝手に使うという契約になっている。仮にCMに使われても文句は言えない。利用規約に応じた以上はね。
「あれ? これは珠か?」
「ラスティアとキャスティ? おそらくマイルームの訓練場だけど…………あなたはくびをはねられた!」
「いや、刎ねたのは僕で刎ねられたのはキャスティね。その後にラスティアも刎ねてるけどさ」
「女の子の首を刈るっていうのは、どうなのかしらね? 珠、貴方いったい何を考えているの?」
「いや、ラスティアとキャスティは仲間だし、あれは訓練場での訓練だからね? 首を刎ねてるけど、すぐに元通りに戻ってるから。何より僕だって何度も殺されてるよ」
「それ以前にラスティアは元悪魔で、キャスティは封印されてるけど現役の天使。その2人と戦って1人なのに勝ってるタマは、やっぱり色々とおかしい」
「いやいや、おかしくないって。1人ずつだと当たり前に勝てる以上、2人居てちょうど良いくらいなんだから仕方ないんだ。後、皆で乱戦をしてたりもするし、そういう時には皆が率先して僕を殺しにくるからね?」
「それはそれでおかしくないか? 知り合いか仲間か知らないが、珠はそこまで嫌われてる可能性があるぞ」
「それよりも、1番の強敵だから先制して殺そうとしてるだけだと思う。それが全員の共通した意見になるくらい、タマが訓練とはいえ仲間を殺しすぎただけ。っと、アレは私?」
「そうだね。第4回の公式イベントだけど、あれは剣士の人形か。それも最高難易度の方だ」
「あれも厄介だった。オーソドックスなスタイルで強い相手は思っている以上に隙が無い。あれを簡単に倒すタマがおかしいだけで、あのイベントで多分1番強いボス」
「僕はおかしくないって。あのボスを倒して先に進むとラスボスだけど、ラスボスは唯のサンドバッグだったしね」
「ふーん。今のゲームはこんな感じの、うん? カップルリング実装準備中?」
「これ! これを着けないとゲーム中にタマとキスできない。なのに大型アップデート後だって焦らされてる!」
「それは駄目ねえ。クレームを入れておこうかしら?」
「入れなくていいから。そもそも通常のVRマシンでの性的な接触は法律で禁止されてる。それがしたい場合はそれ専用のVRマシンを買わなきゃいけないし、メチャクチャ高い事で有名なヤツでしょ」
「タマとVRで出来るなら買う」
「僕の方にそんなお金はありません。だいたいVRじゃ満足しないだろうに」
「それはそう。やっぱり生にかぎる」
「その言い方どうなのさ。後、僕は無責任な事はしないからね?」
「もちろん私も無責任な事はしない。ちゃんと生でしたくなるように責任を持って誘惑する」
「その責任は持たなくていいよ」
「ふふふふふ……」
「ははははは……」
いやいや、うちのご両親? 笑い事じゃないんだけどね。昔から椿の方が突っ込んで来るのは知ってるだろうに。ホテルの時もそうだけど、念願叶ったからか椿は最近暴走する事が多いんだよ。
かつてなら踏み止まった筈のところで、全く踏み止まらなくなってる。言うなればアクセル全開で突っ込む事しかしなくなったんだ。おかげで宥める役が常に僕で、思っているより大変なんですよ。
「おっと、そろそろ行かないと運転手さんを待たせたままだよ。挨拶はいいから、早く行こう」
「タマが待ちきれないみたいだから行く。これからも宜しくお願いします。お義父さん、お義母さん」
「早い、挨拶が早いって。僕まだ五條家に挨拶に行ってないんだよ?」
「大丈夫。新年の1日に挨拶が決まってる」
「初めて聞いたんだけど!? どんな服装をすればいいかも分からないし、いきなり言うの止めてくれる?」
「それは大丈夫。何度も会った事があるから、今さら」
「いや、そうじゃなくてね。って、向こうに行ってから話そう。今は話してる場合じゃない」
僕は椿の手をとり、玄関へ行って靴を履く。家の前で待ってくれていた運転手さんに謝り倒し、白山の麓の家に連れて行ってもらった。
誰も居ないから寒いけど、すぐに温まるだろうとエアコンを付ける。色々と見て回ってみたら、大分様変わりしてる事が分かった。祖父母がここに住まなくなってからは来た事がなかったんだよね。
「良い感じの雰囲気。寒いけど、これは人が居なかったからだから仕方ない。まずは炬燵にでも入ってゆっくり待つ」
「そうだね、まずは炬燵に入って……って、いきなり前に入ってこられるとビックリするんだけど?」
「タマが後ろから触りやすいようにした。まだ寒いから触れるのは駄目だけど、後ろから抱き締めるのは許す」
「はいはい、御嬢様。分かりました」
そう言って炬燵に一緒に入っていって、前に座っている椿を抱き締める。ちょっと身じろぎしたけど、素直に抱き締められているようだ。2人ともまだ着込んでいるから、分厚い服の上からだけどね。
「「………」」
2人とも無言になっちゃったけど、別に嫌な感じの無言じゃない。ついでに手を握り合ったりしながら遊んでいると、段々部屋が暖かくなってきた。密着しているから暑くなってきて……。
「流石にコートは脱ごうか。暑くなってきたし」
「コートと上着も脱ぐ。どうせイチャイチャしてたら熱くなる」
僕と椿の「あつく」のニュアンスが違ってた気がするけど、そこを突っ込むほど野暮じゃないのでコートと上着を脱ぐ。それに言ってる事は間違ってないしね。
ただ、まだ朝早いので、そんなに早く始めたりはしないけど……誰かさんの鼻息がまた荒くなってるなぁ。男より待てないものかな?。




