0334・北見草
僕達はジャングルの中を真っ直ぐ歩いていく。なるべく真っ直ぐに、かつ入り口に戻れるようにだ。後ろを確認しつつ歩いて行き、戦闘になるとエストには木の上に退避してもらう。もちろん方向を覚えたまま。
戦闘終了後には下りてきてもらい、進む方向を示してもらう。こうやって戦闘を挟むと、どっちに進んでたか分からなくなるんだよね。そうやって進んでいると、ラスティアとキャスティが、とある事に気付いた。
「これ<北見草>じゃない?」
「……ええ、間違いありません。これは<北見草>です。進んでいる方向と同じなので、私達は北に進んでいます」
「2人とも何?」
「この草よ! この草は<北見草>と言って、常に北向きに生えるの。だからこれを見れば方角が分かるのよ!」
「それは凄い! で、僕達は北に向かって歩いていると? じゃあ、入り口は南って訳だね?」
「そうです! この<北見草>を目印にして攻略しましょう!」
雨の音で聞こえにくいけど、この草が<北見草>という常に北を向く草だという事は分かった。このジャングルの中でも、方角さえ分かれば攻略は可能だ。
僕達は北に向かって移動するも空振りで、やむなく南へと戻り脱出する。今回は上手く行かなかったけど、総当りで進んでいけばその内に突破できるだろう。入り口は南の端にあったんだしね。
転移魔法陣の場所まで戻ってきた僕達は、【クリーン】で水気と汚れを落としてマイルームへと戻る。あそこは鬼門と思えるほど大変だけど、どうせ攻略しなきゃいけないんだから今でいい。
マイルームから師匠の家のソファー部屋へ転移すると、トモエとナツとイルとアマロさんがお喋りをしていた。そこへラスティアとキャスティを召喚し、ファルの拠点変更を行っておく。
あっと言う間に姦しいが2重になったくらい五月蝿くなったね。流石は女性6人。
「ところでコトブキの方はどうだったの? 36階を攻略するって言ってたけど」
「駄目だったわね。神のダンジョンは嫌がらせが過ぎるわよ。物凄く雨音が五月蝿いジャングルの中だし、天井付近にまで木が生えてるから、飛べる仲間がいても遠くまで見渡すのは不可能」
「地道にジャングルの中を歩いて攻略せよ、という事でしょうね。あっと言う間に進んでいる方向と帰り道が分からなくなります。水しぶきが上がっていて周囲が白い靄に覆われますし」
「「「「うわぁ……」」」」
「雨音が五月蝿いから、敵の接近に関しては【魔力感知】とか【闘気感知】に頼るしかないわね。簡単には見えないし、音も聞こえないのよ。雨の所為で」
「入ったらすぐにズブ濡れですしね。挙句、出てくるのは強い毒を持った魔物だけです。【ハイ・クリアポイズン】が無いと魔法では治せませんので、薬を持って行った方が良いでしょう」
「もしくは鎧か何かで固めて、さっさと突破するかよ。情報さえあれば難しくはないと思う。ただ、私達でさえ一つ目の階段すら見つけられてないの。流石に何度もアタックするしかないわね」
「それも大変ねえ。流石に運営ダンジョンがそこまで大変だとは……。どこに行ってるか分からないって事は、方角も分からないって事よね。地図の描きようが無くない?」
「そもそも大量の雨が降りしきる中で、地図を描くのは無理。紙が駄目になるし、それ以外に記す方法が無い。石に刻む?」
「私達が石板を作るの? 原始時代じゃないんだからさー、とは思うけど、古い時代の物でも残ってるのって石碑とかなんだよね。あと壁画」
「確かにね。風化もなかなかしないし、ある意味で最強の記録媒体でしょうけど、残せる情報量が少なすぎるわ。まあ、地図ぐらいなら問題ないけど」
「そんな事をしなくとも<北見草>があったので、それを見て確認すれば大丈夫ですよ」
「「「「<北見草>?」」」」
「<北見草>っていうのは、常に北に向かって生える草で、それさえ見れば北がどっちか分かるのよ。雨の中で非常に見え辛かったけど、<北見草>が生えてるのを確認したわ」
「あれの発見で帰り道も分かるようになりましたので、本当に助かりました。一度目は入り口も分からずウロウロと彷徨う羽目になりましたからね。運良く帰る事が出来て良かったですよ」
「そっかー……雨が降りしきるジャングルだと、帰り道すら分からなくなるんだ。それって怖いね」
「それも怖いけど、対処が難しい毒持ちの魔物の方が厄介。場合によっては、薬が出回るまで突破は無理だと考えた方がいいかも。魔法と言っても、簡単にスキルレベルは上がらない。まして【回復魔法】は」
「誰かを回復する魔法だから、傷を受けないと使いどころが無いんだよね。私も持ってるけど、なかなか大変だよ。無駄使いするように使ったりもしてるけど、あんまり気分は良くないし」
「それでもレベル上げの為には止むを得ない。それよりも今日幾つかスキルを覚えたけど、コトブキは何か有用なスキルを知らない? 知ってたら教えてほしい」
「んー……有用なスキル、ねえ………」
色々と悩んだけど、僕は【器用な指先】や【心術】の【念話】などを話す。すると4人からジト目を向けられた。
「【心術】ねえ……まあ、仙力と心力は知ってるけど【念話】か。あれば便利な気がしないでもないけど、プレイヤー同士では要らないわね。ただ、それよりも」
「【器用な指先】。説明的に生産活動にプラス補正が入るタイプ。ついでに指先も上手く使えるようになる。私みたいな弓使いにとっては重要」
「いやいや、お料理だって指先は大事だからね? というか指先って結構な事柄に関わってくると思う。場合によってはとっても重要なスキルかも」
「場合によらなくても重要なスキルでしょ。相変わらず、気付いたらよく分からないスキルを持ってるわねえ」
「それがコトブキだから仕方がない。今までと何も変わらないし、これからも放っておいた方が良い。制限したら面白くなくなる」
こう、どうして他人に対する言葉に、面白いとか出てくるんだろうね? 僕を形容する言葉に面白いというのは無い筈なんだけど……言っても聞かないだろうから、言わないけどさー。
おっとファルが来たから食堂に行こう。皆で揃って夕食を食べていると、ラスティアが師匠に運営ダンジョンの厄介さを語っていた。
「本当に面倒よ、あのジャングル。まさかあそこまで面倒な場所だとは思ってもみなかったわ。雨が叩きつけるように降る所為で、視界は悪いし五月蝿いし。挙句、戦闘をすると、どっちに進んでたか分からなくなるのよ」
「まあ、神どもが作ったのであれば、そんなものであろうよ。別段、不思議でもなんでも無いぞ。奴等は思っておるより性格が悪いからの。それぐらいするであろう、試練だとか言ってな」
「嫌がらせを試練だとか言われても困るんだけどねー。本当に面倒臭い場所だったわよ、腹立たしいくらいに。<北見草>を見つけなきゃ、未だに迷い続けてたかも……」
「それでも見つけられただけ良かったではないか。後はそれぞれ調べていくだけで済むであろう。方角が分かるだけマシだ」
「そうなんだけどねー」
面倒臭くなったのか、師匠がぶった切ったね。気持ちは良く分かる。
夕食後。ソファーの部屋からマイルームへと戻ってログアウト。リアルでの夕食などを終わらせたら、再びログイン。今度は魔鉄作りを始める。
そろそろやっておかないと、いつまでも後回しには出来ない。
314話の誤字報告、ありがとうございました




