0244・ダークマター
「まあ、王都のダンジョンには行かないかなぁ……言葉は悪いけど、誰かが素材を出してくれると思うし無理をする必要は無いと思う。どうにもならなくなったら行くって感じだね。王都には転移魔法陣もあるし、稀人も多いと思うんだ」
「確かにコトブキの言う通りでしょうね。稀人であっても、スカルモンド地方よりは王都を選ぶでしょう。転移魔法陣のすぐ近くにダンジョンがある訳ですし」
「それは、そうでしょうよ。とはいえ、そもそも稀人がどれだけ居るかを考えたら、ハッキリ言って多くはないと思うけどね。全く出回らないとは言わないけど、良い物があるなら自分達で使うのが先よ。それは誰でも変わらないわ」
「僕達だってスノートレウッドは自分達で使ってるしね。ただ、まだ先に進む事は出来るし、今すぐに王都のダンジョンに行く気は無いってだけだから。有用な物が見つかったなら採りに行くよ?」
「情報も秘匿される虞がありますが……まあ、そんな事を言い始めたらキリがありませんね。今は砂漠の階層でブラッディキャメルの肉やブラックスコーピオンの身を集める事ですか」
「元々はブラックスコーピオンの甲殻などを集めるつもりだったんだけど、師匠の要望もあるから鋏や肉は集めるけどね。僕の目的としては甲殻を使って錬金術の腕前を上げる事だよ。そっちがメイン」
「まあ、どっちでもいいわ。明日は砂中のブラックスコーピオンに踊りが効くかどうか試さないと……」
それは大事だけど、何となくブラッディキャメルが引っ掛かっておかしな事になりそうだ、と思うのは僕だけかな? いや、キャスティもチラリと見てきたから、おそらく同じ事を考えてるのは間違い無い。
僕とキャスティは頷きあったけど、今日はあれだけ面倒な事態になったんだし、あんなに暴走するヤツが易々とこっちの思い通りに動いたりはしない。何よりそんな簡単なら苦労しないと思うし、明日は気をつけておかないと。
……ん? あれ? 明日ってナツとイルがログインする日か。………あれー? ラスティア1人以上に嫌な予感がするぞー? これはアレだ、棚上げするのが一番良い。明日は明日の風が吹く。
夕食後、ソファーの部屋に行ってマイルームへ。全員を呼んでから囲炉裏の部屋でログアウト。リアルの諸々を終わらせて部屋に戻ったら再ログイン。今度は<澱み草>を抜きに行く。
浅層をウロウロし、抜き終わったら中層へ。然して強くもないアンデッドを倒しつつ、<澱み草>を抜いては移動を繰り返す。全て綺麗にしたら戻るのだが、途中で妙な連中が居たので横を通り過ぎる。
こんな時間に屍人の森に居るって不思議だな? そう思っていたら、突然後ろから襲ってきた。【精密魔力感知・下級】と【練気感知・下級】で後ろをついて来てたのには気付いていた。
ただ僕が攻撃に気づいたのは魔力や闘気ではなく、地面の砂利の音が鳴ったからだ。この辺りは土だけじゃなく小石も多い、だからこそ踏み込みの際に音が鳴るんだよね。
振り返った僕は話しかけるフリをしつつ、一番後ろの真っ黒なヤツを鑑定する。
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<ダークマター> 稀人 Lv27
種族:魔人
メイン職業:魔法使い
サブ職業:薬師
クラン:暗黒同盟
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「暗黒同盟って聞いた事がないけど、間違いなく厨二入ってるよね? 名前が<ダークマター>とか痛々しいしさ。どうしてリアルで何も無い人って、仮想だと必死なんだろう? 気持ち悪いよねー」
「………」
「ハンドサインねえ。何というか、死ぬまで下らない事してそう。さっさと死ぬといいよ」
僕は槍を持って前に出る。実際には能力値が下がっているので、そこまでの強さは無い。そう思っているんだけど……何かやたらに魔力と闘気が使いやすい気がする。凄く細かな所まで行き渡らせる事が出来るようになったし、細かく制御できる。
この状態だと高度な仙力も使えるかもしれない。まあ、戦闘中にそんな事しないけどね。……それにしても、僕を襲ってきた割には弱い。何処かに伏兵でも居るのかと探るけど、そんなのは居ないし。こんな弱いのに喧嘩を売ってきたの? 意味が分からない。
「何でこんなに弱いのに喧嘩を売ってきたんだい? 意味が分からないんだけど? そもそも後3人しか残ってないじゃん、それにさっきまでの威勢の良さはどうしたの? 後ずさりなんかしてさぁ……」
「おい! こんなに強いなんて聞いてねえぞ! 少数なら勝てるっつったのはお前だろうが、ふざけんじゃねえ!!」
「そうだ。高校生のガキが調子に乗ってるだけだっつーから参加したのによ! てめぇの言ってる事は嘘ばっかじゃねえか!!」
「ちがう、オレは間違ってない! お前らが弱すぎるだけだろ!! オレの所為にするな!! だいたいおまえぐぅ!!」
仲間割れを始めた途端、後ろのチャラ男っぽい奴等に刺された<ダークマター>という名前のデブ。倒れたものの、後ろのチャラ男は逃走。屍人の森の奥へと逃げていった。僕はGMに通報し、刺されたデブは致命傷だったらしく消えていった。いったい何がしたかったんだろうか。
このゲームは身長や体重はともかく美醜に関しては変えられる。リアルでデブならデブの体型になるが、顔はイケメンフェイスに変えられるんだ。もちろん体型も完全にリアルと同じではなく若干ながら変えられる。あくまでも若干だが。
あそこまでデブって事は、おそらくリアルでも相当太ってる筈。そもそもプロゲーマーが割とストイックに節制しているのも、ゲームのアバター周りが理由の一つとしてある。当然リアルで動ける体型でないと、ゲームに反映された時に困るからだ。
プロゲーマーである以上はリアル系ゲームが多い昨今、不摂生のアバターデータでゲームをするなんて情けないという意見が主流だ。中には意図的に不摂生なアバターでゲームをプレイしているプロも居る。とはいえ一部だけだけど。
そしてさっきの<ダークマター>氏の名前は聞いた事が無いから、ほぼ間違いなく一般プレイヤーだと思う。それにしても先程の襲撃は、僕をピンポイントで狙ってきた感じだったけど、いったい何がしたかったのやら。
訳が分からないけど、面倒なのでさっさと帰ろう。あんなのとは、まともな会話にならないからね。ああ、もちろんチャラ男も同じだよ。あんなの犯罪をしない<最強勇者>でしかない。犯罪はしてなくても嫌がらせは平然としてくる連中だからね。
師匠の家に戻り家の中へ入ろうとすると、魔法が飛んできたので槍に魔力を纏わせて弾く。魔法を撃ってきたのを確認すると、さっきの<ダークマター>だった。どうやら粘着するクズだったようだ。僕は素早くGMコールをする。
「お前ぇ!! お前の所為でオレはネクロマンサーを止める事になったんだぞ!! 弟子入りに来たら殺されるし、ネクロをやってたら馬鹿にされるし! 全部お前の所為じゃないか!!」
「何を言ってるのか、サッパリ分からないんだけど? そもそも弟子入り出来るかなんて決まってないし、ネクロをやってたら馬鹿にされるって……それ間違いなく僕の所為じゃないよね? 逆恨みを超えてるよ、貴方の言ってる事は。そもそも何だけど、その痛々しい厨二病をどうにかするのが先じゃない?」
「五月蝿い!! 誰がどんな趣味してようが勝手だろうが!! おま」
「鬱陶しいヤツじゃのー、まったく。そんなに素晴らしいなら、それを理解する奴の所に行けというのだ」
「師匠、さっきのは転移魔法ですか?」
「そうじゃ。深淵の魔女である<ク・ディヴォラ>と同じ臭いのする奴じゃったからの、ヤツの所へ飛ばしてやったわ。何故、妾があんな趣味の悪いヤツを弟子入りさせねばならんのだ。あり得んわ」
そう言って、師匠は家の中へと入っていった。さて、さっきの<ダークマター>氏は深淵の魔女に認められるのかな? それとも同族嫌悪で嫌われるのか。果たしてどっちだろう。
神のみぞ知る、って言いたいところだけど、運営にも分からないだろうね。




