0149・天然のスタンピード
「トモエも聞いたみたいだけど、俺も師匠から聞いたな。何でも経験が失われたら、意識は経験しているのに肉体は経験していない事になるって言ってた。長寿になると似たような事が起きるらしくて、肉体が忘れると記憶があっても出来なくなるらしい」
「…………話を纏めると、死ぬとログイン中に溜めた経験が失われる。で、おそらくだけど内部パラメータが作られてる。この場合はアバターに付随するデータ? の可能性が高い」
「どういう事?」
「肉体がしている経験を失うって言ってる。つまり私達のアバターに付いているデータが巻き戻される。……いや、セーブされてない? ログアウトまでアバターに付随する内部パラメータはセーブされない。こっちの方が納得できる」
「内部パラメータという隠しパラメータはログアウトまでセーブされず、死亡すると消えてなくなる。……ちょっと洒落にならないわね。このゲーム、ゾンビアタックとか相当マズい?」
「駄目だろうね。それをすると経験が失われるし、ここの運営だと、前で戦わないと良い経験は得られないようにしてると思う。つまり、しっかり戦いつつ死ぬなって事になる」
「いやいや、それが出来れば誰も苦労しないっての。表ではファンタジーでレトロって言ってるけど、中身は違うって事かよ。なかなかやってくれるじゃねーの」
「まあ、レトロ過ぎたらそれはそれで客が逃げる。ちょうど良い塩梅にするのはゲーム会社として当然の事。それに、気付かない奴は足を掬われるというのは悪くない」
「確かにね。そろそろ集まってる人達に話しかけるから、余計なお喋りはやめましょうか。今はスタンピードを乗り切る事に集中!」
僕達は北東の指揮をとってるっぽい人達の下に行き、それぞれのメイン職業とレベルを説明する。稀人であるという部分は歓迎されたけど、レベルが低いらしく、そういう意味では落胆された。
この人達は指揮に向いてないね。せっかく来た援軍に溜息吐いてどうするのさ? やる気を削ぐような人に指揮させちゃ駄目だろうに。そういう目で見てると慌てて取り繕ったが、もう遅いって。普通なら評価が下がる対応だ。
それはともかく好きにしていいらしいので、僕は北のバイゼル山寄りの所へと進む。危険な北東地域の中でも、特に危険な山寄りの場所。僕はそこへと進み、幾人か居る人達に挨拶する。
「ガキが何しに来たのか知らねえが、大人しく後ろに行ってろ。そのレベルじゃ邪魔にしかならねえ。……って、ネクロマンサーか。成る程。ただ、弱い奴は邪魔にしかならん、出来る限り大人しくしてな」
「そうそう。アタシ達みたいに百戦錬磨とは言わないけど、それぐらいのレベルはないとねえ。初心者をようやく脱した程度じゃ話にならないさ」
「まあ、いいじゃん。コイツ自身はともかく、召喚モンスターは弾除けになるっしょ」
……変だな? レベルが見えている筈なのに、僕の種族に気付いていない? 師匠もマリアさんも【魔闘仙】に驚いていたけど、この人達はまったくの無反応だ。普通の人は知らない種族なのか、それとも何がしかの誤魔化しが入ってる?。
よく分からないけど、まあいいや。目の前に土煙が見え始めたんで、そろそろ来るんだろう。先ほどの3人と周りの連中が緊張を持ち始めた。僕達はさっと前に出ると、スタンピードに対して突撃していく。
「行くぞーーっ!! ブチ殺せーーーっ!!!!」
「カタ!!」 「ブチコロセーー!!」 「ブルル!!」 「ク!!」 「ガンガン!!」
「久しぶりの大規模乱戦ねえ!!」 「今日は楽しくなりそうです!!」
僕達が一斉に突撃したからだろう、スタンピードの最前線にいる魔物が驚いた気がする。しかしそんな事には構ってられないし、気にしていられない。後ろから追いたてられてる魔物達は僕達を避けて走ろうとする。まあ、後ろから来る者達から逃げてるので当然だ。
そして僕達はその避けていく魔物の首筋などを撫で斬りにしていく。致命傷を与えられれば十分なのだから、わざわざキッチリ止めを刺す必要なんてない。【身体強化】を行いながら、近くを通る奴等を手当たり次第に殺していく。
ドースが走り回りながら【風魔法】と【疾走】を使った体当たりで吹き飛ばしているのは見えた。それ以外の皆は見えない、僕が最前線で戦っている所為だろう。最初は素早く殺す事に集中していたんだけど、段々楽しくなってきた。
これも乱戦の1つと考えれば、狂気はそこまで感じられないものの戦だと言える。まだまだ最後尾で追い立てている魔物は見えないが、ムクリと起き上がってきた。
そいつは少々億劫そうにしながらも、近くの敵を殺す為の最短距離と方法を僕の脳に直接教えてくる。何だかんだと言って、相手が何であっても殺し合いには興味があるんだよね”コイツ”は。
「………ッ!! シャッ! ……カァァァァァッ!!!」
作っておいて良かった笹穂槍、これなら斬撃も出来るから使い勝手がいい。ただ、乱戦だと両方が正しく出来た方が良いから、方天戟か矛、もしくはハルバードか長巻あたりを作った方がいいかも。
ただ【長柄術】か【剣術】が必要だろうから、レベルキャップが外れてスキルの所持量が増えてからだね。今は30個までしか持てないし、流石にこれ以上は難しい。必要になるかもしれないスキルの為に空けときたいし。
「チェェェェィ!!! ………フッ!! シャァァァァッ!!!!」
あっちもこっちもそっちも魔物だらけ。流石にそろそろスタミナが厳しい事になってきたけど、まだ頑張れる。少し落ち着いて息を整え、必要な力だけを込めて急所を突く。それだけで後は放っておけば死ぬ。
そうやって戦っていると土煙が無くなっており、大きな魔力の塊がこちらにゆっくりとやってきた。そいつは目が一つしかない大きな姿をしており、右手に巨大な丸太をもっている。どう見てもサイクロプスだろうね。今の内に緑仙桃を食べておこう。
「クソッ!! 何てこった、サイクロプスじゃねえか!! 何であんなヤツが居るんだよ、あれは山脈のもっと奥に僅かに居るだけだろう。そもそも<豪雪山>辺りに生息してる筈だぞ!!!」
<豪雪山>が気になるけど、今はそれどころじゃない。流石に壊れそうになったんで、既に笹穂槍は仕舞ったんだよ。今は六角棒なんだけど、コレでサイクロプスと戦うのは大変だなぁ。とはいえ方法が無い訳じゃない。
僕はサイクロプスの前に出ると、向こうはキョトンとした後「ニヤリ」としてくる。僕も同じように「ニヤリ」と笑い、お互いに前に出た。
サイクロプスは動きが遅いものの、それは錯覚だ。体が大きい所為で遅く見えるだけで、実際には非常に大きく普通の速度で動いている。僕は最初から【身体強化】を使って動き、相手の叩き付けをかわしつつ懐に突っ込む。
サイクロプスも反応するが、それよりも速く僕は脛を思いっきり殴りつける。当然ながら絶叫を上げるサイクロプス。身長5メートルもの体が尻餅をつき、大きな音を立てる。余程に脛を殴られたのが痛かったのだろう。気持ちは分かる。
だけど戦闘に容赦という二文字は存在しない。僕は尻餅をついたサイクロプスに一気に接近し、股間に六角棒を振り下ろす。その一撃はサイクロプスにかなりのダメージを与えたらしく、絶叫で僕の耳は使えなくなってしまった。
慌てて距離をとったものの、「キーン」という音が鳴るだけで耳が回復しない。コレはちょっとマズいかなと思いつつも、呼吸を整えてサイクロプスが立ち上がるのを待つ。
すると、赤いオーラを纏いながらサイクロプスは立ち上がってきた。あれは怒りのオーラなのか、それともHPが減った事による強化状態なんだろうか? そんな事を考えつつも、僕は憤怒に塗れたサイクロプスが動くのを待つ。




