0148・仙人と桃
酒場でウルフマンが撃沈した後はユウヤも普通に食事をし、終わったら僕達は宿に戻る。雑魚寝部屋に戻ったので泉木の桃をインベントリから取り出し、それを座禅を組んでから両手で持つ。
見ていても何も無いので、試しに魔力を流すも反応は無し。次に練気を流すも、残念ながらこちらも何の反応も無かった。桃を持って目を瞑り、ゆっくりと仙力を練り上げていく。魔力を細かく解き、練気を細かく解き、それを捩り合わせて束ねていく。
自分の体をゆっくりと循環させつつ、両手で持っている桃を間に挟んで循環させていく。泉木の桃は仙力を弾く事も断ち切る事も無く、まるで当然のように通している。不思議だと思いつつも通しながら循環させていると、肩を揺すられた。
「おい、コトブキ! 変わってる! 変わってるから目を開けろ!!」
ユウヤが肩を揺らしながら大きな声で言うので目を開けると、皆が驚いた顔をしているのが見える。僕も皆が見ている物を見る為に視線を下げると、そこには淡い緑色に輝く桃があった。……元々の色は普通の桃と同じ色だったんだけど?。
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<果実> 緑仙桃 品質:6 レア度:8 耐久1
仙人が食する桃に仙力を与え続けた結果、仙桃となった物。HPやMPにスタミナや闘気まで回復し、色によって状態異常も治す。これは緑色なので毒に対する高い治癒効果を持つ。貴方が仙人だというならば、様々な桃を仙桃にしてみよう
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「………」
「これ、今現在だと最高の回復アイテムなんじゃないの? 流石にちょっと外には出せない品よねえ……」
「うん、無理。私達に1つずつくれるなら、とても口は堅くなると思う」
「そうだね。保険で1つ欲しいかな? 何処までの毒を治せるか分からないけど、魔法じゃ治せない毒とかあるらしいし……安心の為にも欲しい」
「えっ、魔法で治せない毒とかあんの? ……何か強力な毒ほど魔法じゃ治せなさそうだなぁ。レトロゲームの中には毒のレベルがあるヤツもあるし、毒消し使っても毒のレベルが下がるだけってゲームもあんだよなー」
「病気の場合は魔法が変わるっていうゲームも無かった? このゲームにもありそうだし、病気だと薬じゃないと難しいでしょうねえ。とりあえずコトブキは全部その桃にしちゃいなさいよ」
「まあ、そうだね。今の内にしておく方がいいかな? それに一度変えるとそのままみたいだし」
僕は9個の桃全てを緑仙桃にし、トモエ達に1個ずつ渡した。残り5個だけど……そう思っていたら、ラスティアとキャスティに1個ずつ取られた。仕方ないなと思いつつ、代わりにお菓子は出さずにログアウトする。本日はここまで。
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2000年 9月11日 月曜日 AM8:21
今日も元気にログインするんだけど、何故かスマコンが鳴っている。見たらメールが入っていて、「早くログインしろ」って五月蝿い。トモエからだけじゃなく、ユウヤやナツにイルからも来てるね。何かあったのかな?。
ちなみにスマコンをVRマシンに繋いでおくと、ゲーム中にメールを送る事も出来る。有線なのは安全性の為らしい。
いったい何があったんだと思いログインすると、何故か町中が騒がしかった。僕が起きたのに気付いたトモエ達が慌てて話し掛けてくるも、落ち着かせて1つずつ聞いていく。
「とりあえず落ち着く! 皆が一斉にワーワー言っても分からないからさ。ユウヤに聞くよ。で、何があったの?」
「簡単に言や、スタンピードだ。それも珍しい天然のスタンピードだってよ。ダンジョンから溢れる事はよくあるらしいが、天然の場合は食い合いをするから簡単には起きないらしい。生態系があるからな」
「でも今回はその珍しい事が起きたらしいのよ。こういう時には町に居る戦える者は全員参加なんですって。私達はあんたが起きるまで待ってもらってるだけだから、早く行かなきゃいけないのよ。とりあえず朝食買いなさい」
「分かった。とりあえず宿を出ようか」
僕はプレイヤーマーケットで朝食のサンドイッチを買い、それを食べつつ水筒の水を飲む。宿の外に出たらドースを召喚し、町の入り口へと歩いていく。何故か皆がジト目で見てくるけど、何かあったかな。
「何かも何も、魔法を手足のように自由に扱いやがって。右手にサンドイッチ、左手に水筒持ってる癖に当たり前の様に魔法を使ったな。普通は手を翳したりするだろ」
「そうなんだけど、【精密魔力操作】になってからは問題ないし、これで発動出来るから必要ないんだよね。手とか足とかだけじゃなく頭の上から魔法陣を出したりできるよ。まあ、元々の【魔力操作】でも出来たけど」
「私、無理なんだけど? そもそも魔法陣を頭の上から出そうなんて考えた事もないわよ。自由自在に使えるようになるのが【精密魔力操作】の第一歩なのかしら?」
「あんまり深く考えない方がいいわよ? そもそも私達だってコトブキの御蔭とはいえ【精密魔力操作】を持つけど、わざわざやる意味の無い事をしなくても習得できたから、変に横道に逸れない方がいいわ」
「ですね。昨日の桃も訳の分からない魔力と闘気が渦巻いていましたし。凄く美味しかったですけど、色々と飲み込むまでに時間が掛かりましたね。美味しかっただけに」
仙力を巡らせたら出来たんだから、文句を言われても困るんだけどね? そう設定してあるんだからさ。それよりも入り口に来たら、屈強なムキムキのモヒカンが居るんだけど、どういう事?。
「おっ、貴様らが町に来たら巻き込まれた運の無い奴等か! 私は狩人ギルドのギルド長カッシスだ。お前さん達には北東側を担当してもらう。ネクロマンサーが居るらしいからな、すまんが一番危険な所だ。ただし危なくなったら逃げていい」
「僕がネクロマンサーですけど、本当に逃げてきて良いんですか?」
「ああ。昔にもあったらしいが、数が多いなら最後は町に篭もっての篭城戦だ。こればっかりはどうしようもない。打って出るのは数を減らす為と町に被害を出さない為。しかし町は人が居れば復興出来るが、命はどうにもならんからな。お前達も無駄にはするなよ、いいな!」
「ええ、分かっています。英雄願望なんてありませんよ」
「……ははははははっ!! それが分かってるならいい! 北東側に行ってきてくれ、頼んだぞ!!」
僕達は見送られながらも北東へと移動して行く。どうも北東のバイゼル山の麓の辺りから押し寄せてきているらしい。何かの魔物に追われるように出てきたかな? 場合によってはそいつがボスって可能性もあるね。
「そうだな。他のゲームでもよくあるパターンだ。一番最後に出てくるボスがスタンピードを起こした犯人って感じでな。昨日コトブキに貰った桃、もしかしたら今日使う羽目になるかもな。それでも死ぬよりゃマシだ」
「それはそう。もし死んだら報酬も受け取れないし、おそらく<屍人の森>まで戻される。流石にそれはイヤ」
「頑張ったのに死んじゃって居なくなるとか、何の為に戦ったか分からなくなるもんね。生き残って喜ぶ事がスタンピードだよ」
「帰るまでが遠足みたいに言われても……って気はするけど、死ぬと損しそうな気がするのよね。前にエンリエッタさんが言ってたけど、稀人は死ぬとその日の経験が失われるらしいのよ。おそらくログインしてからの経験が失われるんだと思うけど」
どうやらトモエも師匠からあの話を聞いたらしいね。となると、弟子だから云々っていう情報じゃないみたいだ。知ってる人は多いのかな?。
38話への誤字報告ありがとうございました




