不完全な魔法
「先生。早く降参した方がいいですよ。」
先生が反撃しないのをいいことにどんどん調子に乗る生徒。しかし、他の生徒は皆この状況に飽き始めていた。
「おい、お前もうそのくらいにしておけよ。」
「そうだよ。式に遅れたら怒られちゃう。」
皆口々に男子生徒を非難する。
「あ?黙ってろよ。俺のやることに口出しするなら───」
「黙るのはあなたの方です。」
「っ!」
生徒どうしでもめているうちに先生は炎の壁の中から出てきた。
「フローガ!」
慌てた男子生徒はもう一度火の玉を放つが先生が手を少し動かしただけで、炎は一瞬にして消えていってしまった。
(あぁ、これはもうダメね。)
先生に一瞬でフローガを消された男子生徒はかなり焦っているようだった。
まぁ、男子生徒には自分の魔法が突然消えたようにしか見えなかっただろうが。
先生はおそらく水魔法を使った。今のほんの一瞬だけ水の結界を作り、それでフローガをかき消した。
(すごいコントロール。魔力もかなり強いわね。)
他の誰が見ても先生が魔法を使ったことは理解できないような、そんな繊細なコントロールと魔力の消し方だった。
「いいですか、ここは学校なんです。魔法を習うための。」
「だからなんだよ。」
「魔法というのは正しく使わないといけません。大きな力を持っているのですから。教室と言う、木で出来た空間で火魔法を使えばどうなるか、そんな簡単なことも分からないような子供に、ここにいる権利はありません。」
先生の勢いに圧倒されたのか男子生徒はただそこに立っていることしかできなかった。そんな生徒を横目に先生は他の生徒たちに向きなおった。
「さぁ、皆さん。早く移動しますよ。」
先生に促された徒たちが移動する。皆、自業自得だと考えているのか誰も男子生徒に声をかけない。
「なんで、だよ。」
男子生徒が何か言った気がした。その時───
「何もかも全部燃えればいいんだよ!!」
男子生徒が叫んだ。
「イーリオス・ラーヴァ!!!」
空中に大きな炎が現れ、どんどんと膨張していく。しかし、膨張は収まらず、熱風が教室中に広がっていく。
(不完全な上位魔法!危険すぎる!!)
身の丈に合わない魔法を無理に使えば、死ぬ可能性がある。ましてや、不完全な魔法は、自分にも周りにも、普通以上の被害が出る。
(結界を張ればクラスメイトを守ることは出きるけど、それだけではあの人は確実に死ぬ。助ける義理もないけど、目の前で見殺しにはできない。)
『ルカ、先生とクラスメイトに結界を張って。』
『それはいいけど、あの魔法は不完全だよ。今のレインじゃ、消すのは難しいでしょ?』
『えぇ、だから上書きする。』
『ふふ、分かった。』
今の私では、全魔力をつぎ込まれた不完全な魔法を打ち消すのは難しい。打ち消そうとすれば必ず大きな被害が出る。ならば、あの魔法を上書きして、私のものにするしかない。
「イーリオス・ラーヴァ」
私が上書きしようとした、その瞬間、炎が大きく揺れた。男子生徒は少し抵抗を見せたが、不完全な魔法なんて簡単に上書き出来てしまう。
『ふぅ、これで大丈夫だね。』
『レイン!今のすっごくよかった!!』
『え?』
『あそこまで完璧に上書きできると思ってなかったんだよ~!ボクが手を貸すようかな~って思ってたし!』
せっかく上手く上書きできたのに、ルカからの反応は複雑だった。私だって小さな頃から毎日練習しているのだから、これぐらいできて当然なのに。
「大丈夫ですか?」
先生が男子生徒の様子を確認する。気絶はしているようだが、大きな怪我はしていなかったようだ。
「ねぇ、今何が起きたの?」
「分からない。魔法が急に消えたのか?」
幸いクラスメイトたちには私が魔法を消したことはバレていないみたいだった。
「詳しいことは後で説明します。とりあえず広間に移動してください。」
先生が指示を出し、皆が急いで広間に向かう。なんとか式に間に合い、私たちは怒られることはなかった。
式がおわり教室に戻った私たちは先生が来るのを待っていた。
「はぁ~、疲れましたね~。」
「先生、説明してください。」
メガネをかけた真面目そうな男子生徒が先生に問いかけた。
「う~ん、あの子が使った魔法は上位魔法だったのよ~。でも、あの子の力じゃまだ制御できなくて~未完成だったのよ~。だから、途中で力を失って自然に消滅したの~。」
そういうことにしたらしい。先生なら私がやったと分かっているだろうけれど、大事にしないでおいてくれるようだ。
「今日は色々あったから、もう終わりにしますね~。自己紹介はまた明日!さよなら~」
あっという間に先生の話しは終わり、クラスメイトたちは諦めて帰っていく。私も帰ろうとしたが、先生に呼び止められてしまった。
「レインさん、少しお話しがあるの!」
「あ…はい。」
「一緒に来てくれるかしら~。」
先生の後をついていくと、小さな部屋に案内された。
「この部屋はね~、防音なのよ~!」
(誰も会話を盗み聞きできないから、全部話しなさいって感じね。)
「さぁ、沢山お話ししましょうね~!」
嫌な予感しかしないけれど、逃げることもできないし、私は諦めて先生と話すことにした。