第95話 男には『キツイな……』って思っても付き合わなきゃいけない時がある
『今日の特集は! 戦場の歌姫。虎咆ミーナさんです。彗星のように現れた軍の音楽隊所属の歌手の彼女の秘密にズバリ迫ります! 本日のミーナさんは呉駐屯地の公開イベントに音楽隊の一員として出演されるという事で、早速行ってきます!』
帰宅して夕飯準備中の狭間の時間に何気なくつけると、テレビの夕方のニュースの芸能コーナーで、ミーナの特集をやっていた。。
「またミーナの話題が上がってるね」
テレビではミーナが呉の駐屯地の公開イベントに訪れて、例年以上の大盛況で、入場制限がかけられ、入場できなかったファンの人たちが残念がっている様子が、インタビューとして流れていた。
「出来ました、ユウ様。冷めないうちに」
「ありがとう速水さん」
夕飯を作ってくれた速水さんに御礼を言って、俺はテレビを消した。
「うん。美味しい」
「良かったです」
手羽先の醤油煮はテラテラとした照りがあって、一緒に炊かれた大根にもよく味が染みていた。
「いや、ホント。最近は格段に美味しくなってるよ。最初は料理失敗して、戦闘糧食の缶詰になってたもんね」
「あれは忘れてください……」
ギャーギャーとミーナと朝食を作る役目を奪い合っていた速水さんだったが、実は料理があまり得意ではなかったようだ。
それなのに自家製カルボナーラだとか、ガレットといった難しい料理に挑戦しては、失敗して凹んでいた。
煮込み料理は、調味料の分量さえ間違えなければ失敗しないとミーナが以前言っていたので、その事を速水さんに教えたら上手くいったようだ。
無論、ミーナからの受け売りだという点は伏せてだが。
「小娘が居ないおかげで、料理の当番をずっと担えて至福のひと時です。この間に、短期集中でお料理の勉強をします」
朝食の当番は結局輪番制になったんだよな。
けど、ミーナは音楽隊に行ってしまって、またもや帰れていない。
「うん。あ、でもたまには俺も作りたいな」
「ユウ様がお料理してくださるんですか⁉」
「うん。唐揚げとか得意だよ」
「是非食べてみたいです! 楽しみにしています!」
トシにぃを通じて、軍の幼年学校の屋台で出ていたカエルの揚げ焼きの、カエル肉の仕入れ先を聞けたんだよな。
トシにぃはカエルは無理派だったから、メールの文面はいつもに増して事務的で、件名無題で、本文にお店のURLが貼られただけのメールが来た。
屋台の揚げ焼きも美味しかったけど、何と言ってもから揚げが美味しいんだ。
是非、速水さんだけじゃなく、周防先輩たちや琴美も呼ぼう。
◇◇◇◆◇◇◇
「ふー――っ」
湯船につかり、天井を見上げる。
今日も一日お疲れさまだ。
「ユウ様、湯加減はいかがですか?」
「うん。丁度いいよ」
「ユウ様、シャンプーなどが空になっていませんか?」
「大丈夫だよ」
「ユウ様、シャンプーが目に染みて辛くないですか?シャンプーハットをお持ちしましょうか?」
「大人用のシャンプーハットなんてあるんだ……っていうか、速水さん、脱衣場でずっと待機してられると俺、風呂から上がれないんだけど?」
「し、失礼しました!」
まったく……まるで、過保護な母親だよ。
思春期男子に構いすぎると嫌われちゃうぞ。
脱衣場から速水さんの気配が消えたのを確認してから、俺は湯船から上がって脱衣場に出る。
バスタオルで身体を拭きながら、ふと見ると、見慣れぬキャラメルブラウンの寝巻がキチッと畳まれて置かれていた。
「あ……これ」
新品のナイトウェアに触れた手触りの心地良さで思い出した。
これは、速水さんのナイトウェアと同じブランドの物だ。
「あったかい……」
そう言えば、メンズのナイトウェアがあったらお願いしようかなって話してたな。
俺の何気ない一言をちゃんと憶えていてくれたんだと、素直に嬉しい。
夜は冷える季節になってきたし、俺の体調を慮って暖かい寝巻を用意してくれたんだ。
「ちょっと過保護だけど、速水さんはきっといい母親にな……」
ると言いかけて、俺は固まってしまう。
「テディベアフード……だと?」
畳まれたナイトウェアを広げたら、フード付きでさらにクマ耳がついていた。
なにこれ? 本当にメンズ用?
「ははーん……速水さん、さては自分のナイトウェアと間違えて置いちゃったんだな」
そう思ったが、試しに着てみると、ピッタリのサイズだった。
ここで、脱衣場の化粧台にある鏡に映る自分と目が合う。
「いや、これキツイだろ……」
俺が反抗期まっさかりの男子だったら、「こんな可愛い寝巻なんて着れるか!」って間違いなく母親にこのナイトウェアを投げつけてるぞ。
とは言え、このブランドのナイトウェアって、素材の上質さから察するに、結構お値段が張ると思われるんだよな。
この辺が、非情になれない俺の甘さか……
「キャア! ユウ様かわいい!」
ええ、着ましたとも。
ちゃんと恥ずかしがらずに、クマさんフードも被ったさ。
以前、赤ちゃん帽子とよだれかけを着用して写真を撮られたのに比べれば、造作もないさ! ないさ‼
「って、速水さんも可愛いの着てる⁉」
「ピョンピョン♪ つい可愛いのに目が行って買っちゃいました」
速水さんは、俺と同タイプのナイトウェアで、ピンク色のウサギ耳バージョンだった。
速水さんがフードを被ると、より小顔さが目立つな。
「可愛いね」
「ちょっと、年甲斐もなく可愛すぎるのを選んじゃいました……」
今さらながら恥ずかしくなったのか、速水さんはフードの両端を摘まんで、顔を覆い隠す。
その仕草が、小動物っぽくて可愛い。
「いや。年上の綺麗なお姉さんがそういう乙女なのを着てはしゃいでるのって、何か可愛い」
「あ、ありがとうございます。ユウ様も可愛いですよ」
「アハハ……ありがと」
「あの、良かったらここにおしゃぶりが」
「さぁ! 湯冷めしない内に、歯磨きして早く寝よう!」
俺は聞こえないふりをして、洗面所へ急いだ。
実際、このナイトウェアはモコモコで暖かかったので、その日の俺は直ぐに赤ちゃんのごとく秒で寝付いた。