第93話 なんで女の子のあったかナイトウェアってあんなモフモフなんだろ
「おはようございますユウ様」
「ん……」
寝起きで視界がボヤけて頭も寝ぼけている中、目の前にモコモコしたものが見える。
秋になって、日中はそこそこ暖かくても、朝は冷えるようになってきた。
俺は、つい反射的に目の前のモコモコを掴む。
てっきり、琴美がプレゼントしてくれたコン2号のぬいぐるみかと思って手繰り寄せたのだが、
「あ……ユウ様、そんな」
と、掴んだモコモコが、強張った動きをした後に明らかに熱を発する。
手に感じる感触は、明らかにぬいぐるみのそれとは別種の柔らかさだった。
「ぬわぁぁ⁉ ごめん! 速水さんだったのか」
明らかに生ものの感触に、俺もびっくりして意識が覚醒する。
恥ずかしそうに目の前にいる速水さんは、モコモコの可愛らしいナイトウェアを着ていた。
寝ぼけまなこで勘違いした。
「いえ……そうですよね。ユウ様も少将という重責を担いながらも、思春期男子なんですから、朝はその……アレなんですよね……」
速水さんが顔を赤くしながら、俺から目線を逸らす。
綺麗なお姉さんなのに、意外とそちら方面は奥手でいらっしゃる速水さん相手だと、何故かすごく罪悪感を覚える。
「いやゴメン。ぬいぐるみと間違っちゃって」
「……ユウ様は、寝る際には縫いぐるみと一緒に寝てらっしゃるのですね」
枕元に置かれたコン2号の縫いぐるみを見やりながら、速水さんが呟く。
「ああ。まぁそうだね。見られちゃって、ちょっと恥ずかしいな」
俺は速水さんの問いかけに適当に誤魔化しの返答をした。
別に縫いぐるみと一緒じゃないと寝られないとかいう繊細な話じゃない。
そんな特性があったら、戦場で寝れない。
一緒に寝ているのは、琴美からきちんと俺の匂いをコン2号に沁み込ませるようにと厳命が下ってるからなのだ。
定期的に琴美がチェックしに来て、匂いが薄いと怒られるんだよな。
けど、自分の匂いって感じられないから加減が全然わからないので、最近は寝る時に抱き枕代わりとして使っている。
それが一番効率が良いから。
「いえ、そんな……ユウ様のこういうプライベートなところを見せていただいて、私は嬉しいです」
「それにしても、そのナイトウェア可愛いね。モフモフしてて」
「もし、ユウ様が気にいったなら、ユウ様の分も用意いたしますよ」
「へぇ、男性用もあるんだね」
「ええ。女性用が主ですが、男性用のペアルックパジャマから、赤ちゃんの寝巻用として評判の高いブランドですから」
「……赤ちゃん用じゃなければお願いしようかな」
実際、凄く手触りが良くて暖かそうだったし、こういうお洒落なブランドなら、流石に速水さんの俺をバブらせたい欲求を満たす倒錯した物は売っていないだろうけど、一応速水さんに釘を刺しておく。
「はい。後程、ネット通販で注文しておきますユウ様」
速水さんが嬉しそうにスマホを開く。
「そういえば、家の中でも軍での上下関係を引きずるのは良くないな」
「は? ですが、すでにユウ様呼びを許していただいていますし……」
速水さんが当惑したように答える。
いや、実際俺も自宅ではのんびりグデーッとしたいしね。
「それだと速水さんも息が詰まるでしょ? いいよ。家の中ではフランクに、そうだな……俺の事は甥っ子みたいな感じで接してよ」
「甥っ子……ですか?」
「そうそう」
「私がユウ様の叔母……ジュースをこぼして汚れた身体をお風呂で一緒に洗いっこ……思わず反応してしまう身体……そして筆下ろ」
「うん。やっぱり叔母は止めようか。叔母という役割の解釈に大きな乖離があるみたいだから」
ボボッ! と蒸気が上がりそうなほど興奮している速水さんだが、ちょっとその手の本みたいな展開を現実でやって貰っては困る。
赤ちゃん属性だけでも厄介なのに、叔母属性を乗っけちゃダメだと俺が反省していると、玄関のドアを開ける音と、ドタドタと廊下を走る足音が聞こえてきた。
「おはようユウ君~学校行こう」
「おはようミーナ早いね」
いつも朝に来る時間より随分と早い。
「たまたま早起きしたからね。まぁ、年増ったら、まだ朝ご飯作ってないの? 仕方がない。私が作らなきゃね」
ミーナが、まだパジャマ姿で、俺との叔母・甥プレーの妄想の世界に行ってしまってポケーッとしている速水さんを、フンッと鼻で笑ってキッチンに向かう。
「な……小娘。なんでアナタがここにいるのです?」
「なんでって、ユウ君の朝ごはんを作るのは私の仕事だからよ」
一拍遅れて意識が現実に戻って来た速水さんが、慌ててミーナを止めに行く。
「はぁ⁉ ユウ様の朝ごはんを作るのが許されるのは叔母の私の役目よ」
「叔母? 何言ってるの年増? 本格的に病院に行った方がいいんじゃない?」
ワーギャーやっている2人を見て、今日の朝ごはんはレーションの缶詰になっちゃうかなと思いつつ、俺は顔を洗いに洗面所へ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ムーーーッ!」
「いい加減、機嫌直してよミーナ」
ミーナは頬をプクーッと膨らませて不服な態度を露わにする。
教官は生徒たちが来る前に準備を終えていないといけないので、速水さんの出勤時間に合わせてだと、いつもより20分ほど早い登校になった。
なお、朝早めの登校になっちゃうから、早起きが厳しいなら登校は別々にする? とミーナに提案したら、秒で却下された。
なので、少し早い登校の俺たちは、始業のチャイムが鳴るまで魂装研究会の部室に来ていた。
決して、クラスだとボッチなので、ここに避難している訳ではない。
「家だと、あの年増が邪魔で、いつものが出来なかった。私、兼務の音楽隊でずっとお預けだったのに……ユウ君に電話しても電波通じなかったし……」
「ああ、ゴメンね。ちょっと仕事でね」
「ナァーーゴ♪ グルグル」
任務の内容を誤魔化すために、ミーナの喉を撫でると、嬉しそうにミーナが目をつぶって喉を鳴らす。
「そう言えば、音楽隊の方はどうだったの?」
「うん、凄く楽しかったよ。スタジオ内で本格的にポイストレーニングしたり、ダンスを習ったり。早速、駐屯地イベントにも参加したんだ。軍の公式チャンネルで動画もアップされてるから観る?」
「それは観たいな」
ミーナが動画アプリを起動して、動画を開く。
「軍の音楽隊の動画チャンネルなんてあるんだね。お~、カッコいい。式服だ」
動画の中のミーナは、セレモニーや式典用の白色の式服を着て、ソプラノのコーラス部分を歌いあげていた
「緊張したでしょ?」
「うん、ちょっと。でも、歌うのが楽しかった」
兼務となって大変そうだと思っていたが、どうやら音楽隊の水が合ったようで一安心だ。
「ミーナが歌ってるのは6年前くらいに流行った女性歌手のJ-POPの曲だね。てっきり軍歌を歌わされるのかと思った。或いは、思いっきりアイドル売りされるのかと」
「そっちも練習してる。幅広い年齢層に受けて、最終的には若年層も取り込みたいからって。動画にアップして広報してるのもそういう目的なんだよ」
軍がわざわざ音楽という、直接は国土防衛に役に立つ訳ではないものに予算や人員を割いているのは、要は軍のイメージアップ戦略のためだ。
軍のイメージがアップすれば、色々と他の活動もやりやすくなるし、若い人への軍のリクルート活動にも一役買うのだ。
「俺、あんまりネット動画のことはよく解らないんだよな。クラスメイトが雑談で好きな動画チャンネルのこと喋ってるけど、さっぱり解らなくて」
「まずは自分の趣味についてのチャンネルを観てみるのが一番だよ」
「じゃあ、ネコの動画とか探してみようかな」
「……ユウ君、浮気?」
「え、これって浮気になるの⁉」
「そういう動画を観るのは、ネコを飼いたくても飼えない人が、代償行動として鑑賞するものなの! ユウ君にはすでに私がいるでしょ!」
自分を愛玩動物と同列に語るのは、色んな意味でどうかと思いつつも、その後何とかミーナのご機嫌取りをした。
ネコ動画は家で一人の時にこっそり観よう。