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第88話 舌戦

「何で、戻って来ないのよ、あの2人は……」


 市ヶ谷の統合幕僚本部の詰所である指令室で、琴美は苛立ちを隠せないように、室内を意味もなくウロウロと歩き回っていた。


「火之浦氏、ちょっとは落ち着いたらどうですかな~? 日頃、名取氏に落ち着きがないと言われる吾輩に言われるなんて相当ですぞ~」


「すいません……桐ケ谷ドクター」

「火之浦様、こちらの椅子にどうぞ」


 指摘を受けた琴美は、慌てて護衛役の名瀬さんに勧められた椅子に座る。


「お~、火之浦氏と京子氏の関係は良好なようですな。まぁ、吾輩と名取氏との関係の深さには負けますがな」


「セクハラです桐ケ谷所長」

「ほら、こうやって軍での上下関係を飛び越えて、冗談を飛ばし合える仲なのですぞ」


 ワハハッ! と豪快に笑う桐ケ谷ドクターは、本当に折れない鋼のメンタルを持っている。


「陸さん。今は軍務の場なのですから、主君のことは立てるべきかと」


「ああ、失礼、京子さん。お見苦しいところをお見せしました。いえね……貴女が火之浦様の護衛役に据えられてしまった兼ね合いで、貴女が学園を卒業するまでの間だけのはずだった、桐ケ谷所長の護衛役の任の期限が無期限に延びてしまって、私も心的負担が大なのですよ……今は真面目に転職を考えている所です」


 それぞれ、特記戦力の護衛同士で親戚同士であるという気安さのため、名瀬さんが名取を諫めるが、名取は更に主君に対する心情を吐露する。


「あ、仕事が嫌になったなら、名取氏は軍なんて辞めて家庭に入って、専用主夫として吾輩のサポートをしてくれれば良いのですぞ。こちらはいつでもウェルカ~ム」


「それ、何の解決にもなってないどころか事態が悪化してます」


 桐ケ谷ドクターの求婚をウザったそうに払っている名取さんには、確かに以前より元気が無いように見えた。


「そんな事より重要なのは、ユウたちが戻って来てない事ですよ! もしかして何かあったんじゃ……」

「火之浦氏、そう焦りなさるな。神谷殿は特記戦力第一席ですぞ。そうそう、やられたりはしますまい」


 ヤキモキする琴美を見ながら、桐ケ谷ドクターが苦笑していると、突如、指令室が騒がしくなる。



「特記戦力第一席より、第二次緊急事態通知!」

「発信地点特定! 敵地のど真ん中です」

「状況は⁉」

「不明! 第一席から通話チャンネル開通要求です!」

「我々だけでは許可できん!至急、元帥をお呼びしろ!」


 漏れ聞こえる状況の慌ただしさから、琴美たちにも切迫したトラブルが発生したことがすぐに察せられた。


「やっぱり、ユウに何かあったんだ……」


 自身の悪い予感が当たったことに、琴美が悲鳴のような声を振り絞るように出す。


「本人に何があったか直接開きましょうかねぇ」


 慌てる琴美に対して、桐ケ谷ドクターが端末を操作しながら、冷静に言葉を返す。


 日頃、落ち着きがない桐ケ谷ドクターのうざったいテンションの高さは、こういった緊急事態においては、むしろふり幅が少なく、周りを安心させるプラスの作用が働いていた。


「え? でも、どうやって……」

「ちょちょいと、軍事専用通信回線をハッキングしましたですぞ。今、コールしとります」


「それ大丈夫なんですか⁉」

「大丈夫ですぞ。後で脆弱性診断レポートも上げておきますし」


 またもや奔放な上司に振り回される名取さんは悲痛な声を上げるが、桐ケ谷ドクターはいつもの調子で、勝手に実行してしまう。


 こちらの様子に気付いた指令室の人たちが、勝手に通信回線を開いた桐ケ谷ドクターを凄い顔つきで見ている。


「もしもし」

「へ~い、神谷殿。どうしました~?」


「……統合幕僚本部の緊急連絡先に電話を架けたのに、なんで桐ケ谷ドクターが出るのさ?」

「その辺は、今は気にしない気にしない。緊急事態なのでしょ? 元帥が来ないので、吾輩が話を聞きますぞ」


「速水少尉とはぐれたから空間転移による帰還が出来ない。敵の手に落ちたと思われる速水少尉を奪還する。ついては、そちらで位置特定を願う」


 祐輔は桐ケ谷ドクターが相手であることに一抹の不安を覚えているようだが、時間がもったいないと思ったのか、その後、端的に内容を伝える。


 それは、短い内容だったが、統合幕僚本部の司令室を混乱のつぼに落とすものだった。


「特記戦力第一席が敵戦地で孤立だと⁉」

「元帥はまだ来ないのか⁉」

「位置特定急げ!」

「神谷少将、速水少尉どちらのですか?」

「両方だよ!」


 指令室で怒号が飛び交う中、桐ケ谷ドクターが口を開く。


「神谷少将、意見具申よろしいでしょうか?」

「……なんだ桐ケ谷大佐。手短に頼むぞ」


 珍しく桐ケ谷ドクターが真面目な物言いをしていることに、琴美も副官の名取さんや名瀬さんも驚いた顔を見せる。

 そして、それだけ今の状況が切迫した物であるという事についての絶望感も、セットで押し寄せていた。


「神谷少将の現在地は把握しました。比較的、海に近い位置です。そのまま、海側に神谷少将には単独移動していただき、我が軍の海上勢力にて救助を」


「却下だ。桐ケ谷大佐の案では、速水少尉の救出という重要ファクターが抜け落ちている」


 桐ケ谷ドクターの提案を、祐輔は即座に被せるように拒否の意志表示をはっきりと示す。


「孤立した桂馬を救うために、王将がお供も連れずに前線に出るなんて手は、誰も考慮検討すらしないでしょう。今、神谷少将が仰っているのは、それくらい馬鹿げたことです」


 桐ケ谷ドクターも一歩も引かずに、祐輔に考え直すように詰める。


 緊迫した2人の通信のやり取りに、先ほどまで半恐慌状態だった指令室の面々も黙ってしまい、指令室内は誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえるほどの静寂に支配される。


「俺が聞いているのは、速水少尉の位置だ。これは、特記戦力権限に基づく、軍リソースの活用に基づくものである」


「特記戦力に火急の事態が発生した場合には、元帥の命令の下、当該特記戦力者の同意を経ずとも、その生存を第一とする。本件は、当該条項を適用する事態であると考えます」




 2人の特記戦力同士の攻防に、しばらく重苦しい沈黙が流れるが……



「あ~、もう堅苦しいのは止めだ止め。俺はワンマンアーミーの権限があるんだから、俺は自分の意志で決定して実行する。速水さんは俺が救い出して2人で帰る。これで決定。いいね?」


「はいはい。どうせそう言い出すと思って、さっき速水殿の位置座標データはそちらの携帯端末に送っときましたぞ~」


 こういった緊迫した空気には2人も耐え切れなかったのか、急にくだけた調子になり、場の空気が弛緩する。


「ありがと桐ケ谷ドクター」

「まぁ、立場を抜きにすれば、吾輩も速水殿は救い出してあげたいですからな。こっちは何とかしておきますんで、あとで元帥から怒られる時はヨロですぞ」


「わかった」


 そう言って通信は切れた。


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