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第87話 見知らぬ森の中

「なんだよこれ……どうなってるんだよ! これは!」


 速水さんの空間転移が発動したと思ったら、そこは見慣れた市ヶ谷の統合幕僚本部の詰所内……ではなく、見知らぬ森林の中だった。


 最初は、速水さんの空間転移術式が不発に終わったのかと思った。


 だが、先ほどの、殺気飛び交う戦場と化した森とは明らかに違い、小鳥のさえずりがする。


「速水少尉~! 速水さ~ん! 居たら、返事してくれ!」


 もし、ここが戦場なら大声を出して自身の居場所を知らせる愚行だが、今の俺はそんな事に構っていられない。



『マスター落ち着いてください。まずは、現況把握です』



 コンが内心に俺に落ち着けと声を掛ける。

 確かに、取り乱したこの状態はよろしくない。


「ああ、そうだな」


 そうは言っても落ち着かない俺は、その場の草地に胡坐をかいて座るが、その身体は勇み足のように絶えず振動している。


『ここまで感情的になるのは久しぶりですね。そんなに、あの女性副官の速水嬢が心配ですか?』


「感情的になんてなってない!」


『先ほどから、私との会話なのに声を発してますよ。あと貧乏ゆすり止めてください』


「あ……」


 コンに指摘されるまで、そんな事にすら気付かなかった。

 俺はバツが悪く、一先ず深呼吸をして呼吸を整える。


『マスターに余裕がないので、端的に今の状況を話します。まず、空間転移は不完全な状態での実行になりました。速水嬢は、日本の統合幕僚本部へ飛ばそうとしたのでしょうが、そこまでの力は無かったのでしょう』


『現在地はどこなんだ?』


『群生している植物からして、同じエリアの森林ではあるでしょう。先ほどの目標地点からは、そこまで大きく離れてはいないかと思います』


『速水さんの位置は? 森林エリアの全然別の場所に居るのかな? それとも、俺だけ森で落っことして、市ヶ谷に戻ってるのかもな』


 少し落ち着いて来た俺は、少しおどけて楽観的なケースについて口にする。


『いえ。速水嬢は、元の位置に留まっています』

『……なんで、そう言いきれるんだ? コン』


 楽観的なケースであって欲しい俺は、コンの断定口調の根拠を問いただす。


『単純なことです。あの時の空間転移術式は、最初からマスターしか対象になっていませんでしたから』


『……なんで、それがコンに解るの?』

『私もマスターと一緒に、幾度も速水嬢の空間転移の魂装能力で移動しています。そもそも、普段の空間転移の際は、速水嬢が契約している魂魄と、私が同調することで一緒の場所へ移動できているのです。人間に例えると、2人で両手を握り合って一緒にジャンプするようなイメージでしょうか』


『その感覚が今回は無かったと?』


『ええ。言うなれば、相手の魂魄に強引に手を掴まれて放り投げられたような感覚です。まったく、失礼なことです』


『じゃあ、速水さんは最初から……』

『阻害術式の影響下で、自身と一緒に飛ぶのは不可能と判断したので、一か八かマスターだけを飛ばしたのでしょう』


「くそっ‼」


 俺は、胡坐をかいた地面を拳で叩いた。


あの時の速水さんの言葉を思い返して、なぜ気付かなかったのかと悔やむ。

 だが、既に後の祭りだ。


『ちなみに、彼女が自分以外に1人しか移動させられないのは、相手の存在をきちんと自身で実感できる上限が1人なのでしょう。数珠つなぎにつながった人までは、自身の感覚が及ばないと思っている。正直、魂魄の能力的にはそんな制限は無いはずなので、これは契約している術者側の問題ですね』


『そんな考察は今はどうでもいい! 今は、どうやって速水さんを救い出すかだ』


『……彼女の生存可能性は低いと思いますよ。直接的な攻撃手段が彼女にはありませんし、逃走用の空間転移術式も阻害術式で使えないとなると、あの場に残された彼女はもう……』



『けど、可能性はゼロじゃないだろ!』


『……まぁ確かに、彼女が残りの魂魄エネルギーをどう使っているかで、生存している可能性は変わってきますね』


 俺のすがるような問いかけに、コンが光明が見えるような答えを返してくれた。


「なら、それに賭けよう! よし! まずは現在地の把握だ。ええと、こういう風に、戦場で単独で孤立した時のマニュアルはっと……」


 俺は背嚢の底にいつも入れっぱなしのボロボロの緊急時マニュアルをガサゴソと背嚢の中をまさぐりながら探し出して、お目当てのページを探した。



『仕方がない、付き合いますよ……』


 コンがため息をつくように、俺の行動指針に従ってくれることに、俺は内心で感謝した。





『両親の死亡報告を受けた時の衝撃には足らないかもしれないですが、近しい人を亡くした時のマスターの絶望で、またあの状態になるかもしれませんしね……』



 この時、コンが呟いた言葉は、目を皿のようにしてマニュアルの該当部分を探す俺の頭には、響かなかった。


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