第85話 特記戦力第一席と第三席の合同作戦
「はぁ~、空気が美味しい」
夜が明けたばかりの朝日に目を細めた先に、綺麗な雲海が見える。
「世間は三連休なのに任務か~ これって代休出るんだよね?」
「ユウ。たとえ代休を貰っても、学生の私達は授業を休めないから意味無いよ」
「ちくしょう!」
隣にいる琴美に指摘され、俺は肩を落とした。
今日は、琴美と合同の任務で隣国の某所へ任務で来ている。
「まぁ、三連休を使って海外旅行に来たと思えばいいじゃないですかユウ様。こんな海外の秘境なんて、早々旅行でも来れませんよ」
「俺はこの間の沖縄みたいに、近くても、美味しい名物料理を食べないと旅行って気がしないの」
宥めてくる速水さんに、俺は手に持ったエネルギーバータイプの戦闘糧食を齧りながら呟いた。
雄大な自然の景色は、感動はするけど、景色で腹は膨れない。
「しかし、琴美と一緒に大自然を一緒に歩く任務を一緒にする日が来るとはね」
「何だか、学園の実習を思い出すね」
琴美が言っているのは、実習で初めてペアになった時に、オリエンテーリングと称してブービートラップが仕掛けられた実習林を歩かされた時のことだろう。
「ああ、そうだな。あの時の琴美は、まだツンツン生徒会役員キャラだったな~」
「あの時、急に後ろから抱きしめられてビックリしちゃった……今だから言うけど、耳元でトラップのことを囁かれた時点で、かなり私的には下半身に来て」
「はいはい。私が教官だってことを忘れないでくださいね。お2人とも」
艶めかしい目で俺を見つめつつ、足元をクネクネしだした琴美の前に速水さんが立ちはだかる。
「今は、特記戦力としての任務中ですから、学園の立場を持ち出すのは不適ですよ、速水少尉」
琴美が、自身の特務少佐という肩書を前面に出して、速水さんを制しようとする。
一応、琴美の言っている内容は、内紀的には正しくはある。
「いえ、これは軍の階級原理ではなく、大人としての注意です。何気に、貴女は性に関して妙に積極的な所があるので、ユウ様をパクッと行きかねないですからね。今は、小娘が音楽隊に行っている手薄なところを狙って」
速水さんは倫理に基づいた主張で琴美に対抗する。
ミーナと速水さんが犬猿の仲なのは、最早公然とした事実になっているけど、意外や意外、琴美と速水さんの組み合わせでも駄目なんだ……。
「俺は、この3人で一緒にお仕事出来て嬉しいよ。2人共優秀なんだから期待してる」
「ユウ……」
「ユウ様……」
険悪な雰囲気だった2人だが、俺の言葉で何とか和んだようだ。
褒めてやらねば人は動かじとはよく言ったもんだ。
もし当時、SNSにこの格言が上がってたら、いいねボタン押したい。
「それにしても、今回は特記戦力の合同任務か。特記戦力を2席も同じ任務に投入ってかなり珍しいんだよね」
「そうなの?」
「実戦では、俺の知る限りだとユーロ第3首都陥落作戦くらいしか無いかな。俺と桐ケ谷ドクターが組んだ。いや、あの時はまだ桐ケ谷ドクターは特記戦力の指定を受ける前だったかな?」
たしか、ユーロ第3首都陥落作戦の功績で桐ケ谷ドクターは特記戦力入りしたんだから、やっぱり作戦時は違ったか。
「ユーロの為替・株式市場を物理的にもシステム的にも破壊して、経済破綻に追い込んだ作戦だっけ?」
「そうそう。桐ケ谷ドクターがシステムの侵入とシステムハック担当で、俺がその護衛と最終的な物理破壊担当だったんだ」
「あの作戦のおかげでユーロ戦線の停戦が3年は早まったと言われていますね。日本の兵の命を多数救うことになったユウ様は、まさしく英雄です」
「あれは桐ケ谷ドクターの功績だよ。システム化が進んでいたユーロの財政出動システムと為替と株式市場システムを乗っ取って、ユーロの主要産業企業の株券を全世界に子供のお小遣いで買える駄菓子みたいな価格で売りに出したり、ユーロの敵国の国債を全力買いさせたりとか、無茶苦茶やったんだよね」
あの時のドクター桐ケ谷、楽しそうだったな……。
機械音痴の俺は、彼女が何やっているのか当時はさっぱりわからず、横で見ていただけだった。
「取引無効を主張したら相手国から戦争を吹っ掛けられるしで、どちらにせよ戦費が賄えないということでユーロは詰んだんだよね。歴史の教科書に載ってた」
琴美が目を輝かせている。
優等生で勉強もできる琴美にとっては、歴史の当事者だった俺の話に知識欲を刺激されたようだ。
「お金がないと戦争は続けられないからね」
国の金庫が空っぽで、借金を返し切れない程抱えたら、その国はもはや戦争は続けられない。
まぁ、俺のようなワンマンアーミーな存在が唯一の例外だが、特記戦力級の魂装能力者なんて、どの国もそうそう抱えてなんていない。
「ねぇねぇ、他に何か当時の裏側の話ってないの?」
「う~ん、後は初対面時の桐ケ谷ドクターがひたすらウザかった印象しか残ってないな。ウザすぎて、マジで戦場に置いて行こうかと思った」
「あはは……そうだね」
その事については、最近、桐ケ谷ドクターと任務を共にしている琴美には痛いほど解ったのだろう。
何とも言えない表情で苦笑いしながら、俺の感想に同意を示す。
「大体、あの作戦は隠密作戦で、ユーロ第3首都だって陥落させるつもりは無かったのに、ドクター桐ケ谷が興味深い機械やシステムを見つけたら、構わずに弄り回したりしてたせいで、追手に追われて市街地戦に発展しちゃいそうでさ。ユーロの市民を巻き込まないように、脅しでレールガンを使ったら、ビビり散らかした第3首都側が即、白旗上げて全面降伏してきちゃったんだ」
「あ……第3首都陥落は物の弾みで、ついでだったんだ……今世紀最大の無血開城で多くの民の血が流れずに済んで、敵ながら英断だったって教科書では書かれてたのに」
「そうしておいた方が、お互いのメンツが立つってなったんだろうね」
後世の歴史なんて、所詮は編纂の際に脚色の加えられた創作物語だ。
人は、物語を欲するし、結果に意義があって欲しいと願うものだ。
実際、当事者には深い考えなんてなくて、その場のテンションやノリで行動している結果でしかないのだ。
「それにしても、今回の第三席は火之浦さんだけの参加なんですね」
「今回の戦略目標は相手国の秘匿システムのサーバーがあるデータセンターと有線通信ケーブル破壊ですからね。破壊だけなら、私だけで事足りますから。」
後は、貴重な特記戦力第三席の2人共を戦場に送って、万が一にも全ロストしないようにという上層部の考えだろう。
「今回は試験任務だしね。俺と速水さん、琴美の連携を確かめるのが目的だから」
「速水少尉の空間転移は凄いですね。ただ、1人ずつしか移動できないのがネックですが。護衛の名瀬さんに残るように言うのに骨が折れました」
「ぐっ……それは……」
琴美は何気なく愚痴を述べただけだが、自分以外に1人しか移動させられないのは速水さんが本気で気にしている所なので、俺は慌てて話題を変える。
「しかし、こんな山奥に、よくデータセンター何て設置したよね」
「今、ネットワークにつないだら、即時で桐ケ谷ドクターに補足されて、私に破壊されるか、桐ケ谷ドクターにデータを抜かれて、よそのシステムにも飛び火させる踏み台にされるのがオチですからね。敵さんも必死なんでしょ」
「隣国も、一般市民の生活に影響が出て不満が爆発寸前らしいですよ」
「じゃあ、そろそろ隣国もギブアップする頃合いかもね。そのためにも、とっとと介錯してあげるために、今回の三連休中の任務で念入りに心を折っておこう」
世界情勢の歯車が大きく動くかもしれない事を、移動中の暇つぶしの会話の話題としながら、俺たちは山の中を分け入って行った。
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