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第8話 学園長はかつての上司で今は部下?

「失礼します」


 俺は、教官室の前は素通りして、学園長室の扉をノックした。


「入れ」


 ドアの向こうから懐かしい野太い声が響いた。


「おう、久しぶりだな祐輔」

たかさんもお変わりないようで。しかし、高見さんの制服姿って見慣れないっすね」


 そう言いながら、俺は学園長室のソファに、勧められてもいないのにドカッと座った。


「俺も戦闘服の方が楽な質だから制服は着慣れんな。というか、見慣れない恰好なのはお前も一緒だろ祐輔」


 そう言って、目の前にいるたか としあき准将は苦笑いしつつ、俺の対面のソファに座った。


 高見さんとは、戦場で何度かご一緒させてもらった。


 当時は高見さんが部隊長で上官だったが、戦地での派手な活躍による度重なる論功行賞により、階級が逆転してしまっていた。


「しかし、鬼の部隊長が准将で、学園長なんてしてるとは」

「現場で上げた論功行賞で階級を上げ過ぎて、上も俺の扱いに困ったんだろうな。統合本部の幕僚会議でも散々やり合ったからな」


「で、その結果、閑職に回されたと」

「元々、身に余る袈裟だからな。退官間際に、己の軍務経験を若いのに伝えるってのも悪くはないさ」


「そんな余生に思いを馳せる老兵が、かつての厄介な部下を押し付けられたという訳ですね」

「名前を見た時は、思わず噴き出したよ。お前と共に駆った戦場の事は、私の軍歴の中でも特に鮮やかに彩られているよ」


 感慨深げに遠くに目線をやりノスタルジーに浸りつつ、高見さんが話を切るように湯飲みに手を伸ばして茶をすすり出したので、俺も倣って、目の前の湯飲みに口をつける。


「それでだ。お前の処遇だが、学園ではあくまで表面上は一生徒として扱う。生徒はもちろん、教官連中にも、今はお前の特殊経歴は伏せてある」


「え? 教官の人たちには流石に伝えておいた方が良いのでは?」

「教官と言っても、全員が軍の者というわけではないからな。民間企業体から来ている人材も多いし、スパイも横行してる」


「随分キナ臭い話ですね」


「この学校を創立する際に、国に金が無かったから民間資本を頼ったツケだよ。おかげで学内は色んな派閥勢力が日夜いがみ合いだ」


 高見さんは、お手上げのポーズをしながら肩をすくめた。


「それで、おいそれと俺の素性は明かせないと」

「お前の正体を秘匿することが、お前が学園に来た最大目標だからな」


「俺は別にバレてもいいんですけどね。どうせ、為政者と上が詰め腹を切らされるだけでしょ?」


 そうすれば、高見さんも、上の席が空いて更に出世するかもな。

 俺は、もう出世とか要らないけど。


「お前の存在が世にバレたら、お前は徹底的に国の管理下に置かれるだろうな」


「絶対バレないようにします」


 折角、日本に帰ってきて、学生生活を送れるのだ。

 戦場に居続けるのも嫌だが、半分監獄のように居室と戦場を往復するだけの生活をさせられるのはまっぴらごめんだ。


「くれぐれも目立つようなことはするなよ」


「はーい。俺は無事に学生生活が送れりゃ満足なので」


 そう言って、俺は湯飲みのお茶を飲み干し、ソファを立った。


「どうだか……」


 退室する際に、高見さんがどこか不安そうな顔で俺を見ていたが、気付かなかったということにした。




◇◇◇◆◇◇◇




 俺はミーナにスマホで、用事が済んだ旨の連絡をしてみた。

 なお、スマホの操作にはまだ慣れていないので、ちょっとまごついた。


 俺が日本にいたのは小学生の頃で、当時スマホをまだ持っていなかったからな。


 そして、戦場ではスマホなんて軟弱な物はあっという間に使えなくなってしまうので、ゴッツくて重い通信機器しか使ったことはなかった。


 ミーナから返事が返って来たので、合流することにした。


「もう勉強はいいの?」


「ただの暇つぶしだったからいいの。それにしても、入学の手続は随分早く済んだのね」


「その辺の手続きは、本部の人が代行してくれたみたいだ」


「ふーん。まぁユウくんは元々軍の人だったんだもんね。って、あれ? 今思ったけど、ユウくんって軍歴が数年はあるのよね?」


「そうだね」


「ってことは……ひょっとして、上等兵の私より階級上なの?」

「階級で言ったらミーナより上……かな」


 う……また面倒くさい事に気付かれた。

 本当は、ちょっと上どころの話では無いんだよな。


 なお、この学園では1年生は二等兵で2年生は上等兵、3年生は兵長となるようだ。

 一般兵より1個飛ばしで昇格する。


 そして階級があるという事で、在学中でも正規の軍人として扱われて給料も支払われている。


「失礼いたしました。神谷……ええっと、ユウくんの階級って何? なんて呼べばいいの?」


 俺の方が階級が上だと解り、ミーナは慌てて敬語を使うが、まだ幼馴染への気軽さは抜けない。


「ま、階級なんてどうだっていいじゃん。学校の敷地を出たら、俺たちはただの幼馴染だよ」


「ただの幼馴染って言い方は、何だか引っ掛かりを覚えなくもないけど、それって私とユウくんの関係は特別な物ってこと……だよね?」


 モジモジしながら、ミーナは俺の方を上目遣いで見つめてくる。


「うん、そうそう」

「そっか……なら良いか!」


 ちょうど、学園の校門を出たので、俺はそれっぽいことを言って、上手く自分の階級を教えることを回避した。


 おまけに、何故かはわからないがミーナもご機嫌になったので、我ながらナイスプレーだ。


「昼食には時間早いけど、朝早かったから小腹が空いたな」


「じゃあ、帰り道にクレープ屋さんがあるから、そこに寄ろう!」


 弾むような声に合わせて、無邪気な顔で笑っているミーナの表情に、思わずこちらの顔もほころぶ。



「おい、そこのお前」


 そんなポワポワした雰囲気の中、突如差し込まれてきた不機嫌そうな男の声に、俺もミーナもすぐには俺たちに向けられた声だという事に気付けなかった。


「おい‼ 無視するな‼」


 背後から肩を掴まれかけたところを、俺は反射的に上段にはらった。


「ほぉ……まだ入学式すら終えていない新入生のペーペーが、上級生に盾突くとは良い度胸だな」


 ピキピキと音が聞こえてきそうに、眉間に青筋を立てる男子生徒が払われた右手をさすりながら怒気をこめた言葉をあげる。


「ミーナ。誰? この人」

おうだいくん。私との関係はただの同期生ってだけよ」


 先ほどの弾んでいた様子からは一転、ミーナがゲンナリした口調で話している様子からすると、どうやらお友達と言う類の関係ではないようだ。


「虎咆にタメ口で、おまけに下の名のミーナ呼びだと……おい、中坊。てめぇの中学ではどうだったか知らんが、ここは軍で、階級社会のガチガチの上下関係だ。ちゃんと、目上には敬語を使え」


 ドスの効いた声音で、不快感を感じるほどに俺の至近に顔を近づけて周防が凄んでくる。


 俺を新1学年と判別したのは、制服の上着の胸ポケットのラインが学年ごとにカラーが異なるからなのを見て取っただろう。


 それにしても、この先輩張り切ってるな。

 新2学年になって後輩が出来て、嬉しいのかな。


「そうですか。ただ、ここは学外ですから、階級差は学園内だけのものですよ周防さん」


 俺は、つとめて冷静に言い聞かせるように伝えた。

 俺の言った事は、一応、軍としての公式見解でもある。


 軍の上下関係が厳しいのは、命令系統の混乱を防ぐことを目的としたものだ。

 軍務以外の関係では適用されないのだ。


 事実、軍でも、プライベートでは階級差は関係無いと考えている人も多く、士官と一般兵士の歳が近い人たちで友人同士として遊んでいたりするのはよく見る光景だった。


 まぁ、俺は歳の近い同期もいなかったし、階級も上になりすぎて、そんな気兼ねない友人はいなかったが……


「お前は俺をなめているのか……」

「周防くん、そこまでよ。ユウく……神谷くんの言っていることに正当性があります」


 ミーナが不穏な雰囲気になっているところを、間に入ってくれる。


「1学年相手にこれじゃあ示しがつかんだろ。虎咆、知り合いだからと下級生に対してこんな弱腰の対応では、お前は筆頭候補を自ら辞退すべきじゃないのか?」

「あんたは、いつも筆頭筆頭って、うるさいわね。民間派なのに随分と上下関係や肩書にこだわるのね、貴方は」


 高校生女子としては長身な方のミーナだが、それよりも大柄な周防先輩に対して一歩も引かないミーナは格好良かった。


「いずれにせよ、筆頭が選ばれる始業式が楽しみだ。俺が筆頭になった暁には、ビシビシ下を締めていくから覚悟しておけ」


 そう捨て台詞を吐いて、周防先輩は去って行った。


「ゴメンね、ユウくん。変なのに巻き込んじゃって」

「いや、ミーナは悪くないよ。ありがとう、俺のために怒ってくれて」


「あれはユウくんをお手本にしたんだよ」

「お手本? 俺が?」


「うん。世界大戦が始まって、私が敵性国家の混血児だって周りからイジメられてた時に、ユウくん、上級生に殴りかかってたじゃない」

「あの時はボコボコにされたな~」


 戦争が始まった直後のまだ小学生だった頃に、ミーナが敵国家となってしまった国とのハーフという事で、周囲からイジメを受けていた。

 子供っていうのは「悪」と認定した物への容赦という物がないから、当時は色々大変だった。


「それで、あの先輩は何なの?」


「私と周防君は、1学年の頃から似たような成績で、よく突っかかってくるのよ。2学年からは『学年筆頭』っていう役職があるんだ。入学式の日には発表されるんだけど、彼は自分が選ばれるのか否か気になってしょうがないみたいね」


「へぇ~、筆頭ってただの成績的な意味合いだけかと思ってた」

「後ろ盾の民間企業だったり軍派閥の威信もかかってたりで、面倒なのよ」


 ミーナはため息をつきながら、周防が去っていった方へチラッと視線を向ける。


「ミーナはそういうバックとかいるの?」

「幸い、私は一般家庭の生まれだし、外国の血が入ってるから、そういう対象にならずに済んだの」


「バックがついてた方が、学園内では立場が上になるんじゃないの?」

「周防君なんて典型的ね。学園内では肩で風を切って歩けるし、周りもヘコヘコするけど、実際はただの操り人形よ」


「なるほど、バックが居ても色々大変なんだね」

「はぁ……あいつが学年筆頭になったら、当然私にマウント取ってくるだろうし、私が学年筆頭になったら重箱の隅をつつくようにネチネチ絡んでくるんだろうから、どっちにしろ憂鬱だな……」


「優秀なんだねミーナは。幼馴染として鼻が高いよ」

「えへへ、ユウくんに言われるなら悪い気はしないな」


「学校では、『虎咆筆頭』って呼ばなきゃだね」


「まだ筆頭になるか決まった訳じゃないけどね。って、あ! 面倒なのに絡まれてたら、ちょうどクレープ屋さんの営業時間が始まってる! あそこ並ぶから、走るよユウくん!」


「ほいきた」


 ようやく周防から絡まれていた状況から復帰出来たミーナは、当初の目的を思い出して駆けだしていった。




「はい。チョコブラウニーアイスクレープとイチゴクリームクレープです」


「ありがとうございます」


 俺は、カウンターで2人分のクレープを受け取ると、お店の前で待っているミーナのもとへ向かった。


「はい、ミーナの分。イチゴのね」

「ありがと」


「近くに公園があるから、そこのベンチで食べよ」

「そうしようか」


 日も暮れるから、俺とミーナは小走りで公園に向かって、ベンチに腰掛けた。


「あ、しまった」

「どうしたの? ユウくん」


「俺のクレープ、アイス入りだから溶けてきちゃってる」


 今日は春の陽気で気温が平年より高めで、思ったよりクレープに載ったバニラアイスが溶けるのが早い。


「じゃあ、急いで食べないとだね」

「そうだね。はい、ミーナ。あ~~~ん」


「う、うぇ⁉」


 俺が、クレープに付属したスプーンにアイスを乗せてミーナの口元に近づけると、ミーナが素っ頓狂な声をあげた。


「溶けちゃうから早く」


「え……? なんで私にくれるの?」


「ミーナ、俺のおごりだからって、アイス付きの遠慮したでしょ」

「う…… それは」


「俺が食べる前じゃないとスプーンが汚れちゃうし、早く食べて」


「ってことは、私がア~ンされた後のスプーンをユウくんが使うってこと⁉」

「俺はそういうの気にしないし」


「私が気にするの‼」


 あ~、押し問答をしている間に、ますますバニラアイスが溶けて白い液体が滴り落ちそうだ。


「えい!」


 俺は、ミーナが何やら俺に反論しようと口を開けたのを見計らい、ミーナの口元にスプーンを差し入れた。


「うむ……‼」


 急に差し出されたスプーンを反射的に咥えこんだミーナは、声にならない声を上げる。

 とろけたような顔をしているのは、バニラアイスの甘味が疲れた脳に染みわたっているからだろう。


「むぅ……ユウくん強引……」


「まだ食べる?」


「欲しい♪ 代わりに私のイチゴもあげるね♪」


「こういった放課後のひと時ってい……モゴッ!」


俺が感慨に耽っていると、お返しとばかりに俺の口にミーナが指でつまんだイチゴがぶち込まれた。


 その時、勢い余ってミーナの指もしゃぶってしまったら、ミーナは顔を真っ赤っかにして、公園のトイレへ駆け込んでいった。


 ゴメンよミーナ。


ブックマーク、評価ありがとうございます。

励みになっております。

ジャンル日間1位ありがとうございます。皆様の応援の賜物です。


ついでに自作の宣伝を

U-15サッカー日本代表だけど部活は幼馴染と一緒の文芸部です

→スポーツラブコメ。書籍化企画進行中です

▲トゲトゲ▲聖女と呼ばないで!

→ハイファンタジーラブコメ。即死トゲトゲで頑張る女の子のお話です

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