第79話 ミスコンへ急遽出場することになっちゃう奴
「さて、腹ごしらえも終わったし、トシにぃを探そうかな」
「けど、これだけ学校の敷地が広いと見つけるのは難しそうだよユウ君」
一度、合同実習で来た事があるとは言え、なにせ幼年学校の敷地は広大だ。
ちゃんと少将権限で、トシにぃの当日の行動計画を事前に提出させれば良かった。
いや、いっそ今から真凛ちゃんのエスピオに協力を依頼して、トシにぃのパソコンに侵入してきてもらうか?
「あ、何かやるみたい。えっと……清掃展示って何?」
「ああ。駐屯地で見るあれか、凄いよ。ミーナが見たことないなら見てみようか」
軍の人は、幼年学校や教育隊で徹底的に自分たちが寝起きする宿舎の清掃をする。
その手際や出来栄えはプロの清掃業者にも匹敵しかねない。
俺も、たまに戦場から戦場への移動の合間に駐屯地の宿舎に泊らせてもらった時に見かけて驚いた。
「あと、役に立つアイロンがけ講座と靴磨き講座だって」
「平和だね~」
俺は今は、どっちも副官の速水さんに任せちゃってるしな。
前にトシにぃに駐屯地滞在の時にアイロンがけも靴磨きもやり方を教えてもらったけど、もう忘れちゃった。
なにせ、俺の職場はジャングルだったから、アイロンがけどころか戦闘服を何日も汚れた状態で着てたりしてたし、身だしなみなんて気にかけるのは無理だった。
「しかし、ここにもいないな~トシにぃ」
キョロキョロと顔を振りながら辺りを見渡していると、知っている人の顔が視界に入った。
「あ! 矢野兵長! こんにちは!」
「おお! 誰かと思ったら、特務魂装学園の虎咆上等兵と神谷二等兵か」
制服姿の何人かと深刻な様子で話し合っていた矢野兵長が、顔を上げて、声をかけた俺たちに挨拶してくれる。
「お久しぶりです」
「合同演習以来だな。元気にしていたか?」
「はい。矢野兵長もあの時よりも日に焼けて逞しくなりましたね」
「あの合同実習以来、皆鍛え直しているからな」
矢野兵長は、よく日に焼けて、前回会った時から数か月しか経っていないのに、一回りさらに身体が大きくなっているように見えた。
幼年学校の制服の胸周りが少し窮屈そうだ。
しかし、あの条約違反オートマターが抜き打ちで乱入する、死を覚悟させる合同演習にそんな効果が……
一応、これも合同演習を企画したトシにぃの成果なのだろうか?
「矢野兵長は学祭の実行委員なんですか?」
矢野兵長が腕に着けている「学祭実行委員」の腕章を見て、ミーナが訊ねる。
「ああ、そうだ。ちょっと今、トラブルで立て込んでいてな。悪いが……」
そう言って、矢野兵長が何か思いついたという風に、ミーナの顔をマジマジと見つめる。
「え、何でしょうか……」
ジーッと見つめてくる矢野兵長に、ミーナが怪訝な声を上げる。
いつの間にか、背後で協議していた他の学祭実行委員も、矢野兵長の背後からミーナに照準を合わせている。
屈強な軍幼年学校の生徒が何人も見つめてくるのは中々に圧があった。
「虎咆上等兵。ちょっと協力してもらえないだろうか?」
矢野兵長は、そう言うと制帽を脱ぎ、ザッ! と衣擦れのする音が立つほどの速さで腰を90度に曲げて頭を下げる。
特に号令もなしなのに、後ろの学祭実行委員の生徒も合わせて頭を下げる。
「あの、えっと……」
屈強な男たちに懇願されたミーナは、どうしていいか解らずにただ困惑するしかなかった。
「ええ~、ミスコン⁉ 私がですか!」
「頼む! 虎咆上等兵!」
矢野兵長の話によると、外部から募った参加女性が急遽来れなくなってしまったらしい。
「『新しく出来た彼氏が、そう言うのに出るのは駄目って言うんで~ ごめんなさ~い』 だとよ」
「何でよりにもよって当日の朝に言うんだ!」
「クソが! やっぱり気楽に会える娑婆の男には敵わないのか⁉」
「そんな人たちもひっくるめて守るのが我々、国防に携わる人間だ……」
矢野兵長の後ろの他の学祭実行委員の男たちから、ドタキャンした女の子への怨嗟の声が上がる。
たしかに、学祭実行委員としては、たまったものではないだろう。
「まぁ、ただ出るだけなら……」
学祭実行委員の人が困っているのを見て同情してか、ミーナがミスコンへの出場に同意する。
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「お~救世主よ! 女神よ!」
「では早速こちらへ! 時間が無いので!」
後ろの学祭実行委員たちからの感謝の圧にたじろぎつつ、ミーナは舞台裏へあれよあれよと連れて行かれてしまった。
「頑張ってねミーナ~」
まぁ、幼年学校の人たちだから、ヤバい筋のイベントじゃなさそうだったので、俺も大人しくミーナが連れて行かれるのを見送った。
◇◇◇◆◇◇◇
「はい。ありがとうございました~ 皆様、盛大な拍手をお願いしまーす」
パチパチと拍手が観客から湧き、出場者が一礼して舞台袖を降りていく。
時間が無かったというのは本当だったようで、ステージではすぐにミスコンが開始されたのだ。
「最後の出場者になります。エントリーナンバー 5番! 虎咆ミーナさんです」
オドオドとミーナがステージ袖から出てきた。
その恰好を見て、俺も思わず目が点になってしまった。
てっきり、特務魂装学園の制服のままで出場するのかと思ったら……
ミーナは二尺袖の振袖の着物と袴、足元はショートブーツという、所謂、大正ロマンの町娘という出で立ちで驚いた。
クリーム色の下地にオレンジや黄色の花咲く二尺袖の振袖に、ブラウンの袴で随分と落ち着いたデザインだが、それ故に、ミーナの銀髪が映えて美しい。
髪型はセットしている時間的余裕が無かったのか元のままだったが、振袖の花と同じオレンジ色の髪飾りが彩る。
「あの着物は、ミスコンのスポンサー協賛企業からの提供でな。どうしてもステージで使わなくてはならなくてな」
横にいた矢野兵長が俺に舞台裏を説明してくれる。
「なるほど。スポンサー様ご提供の衣装だから、ただ誰かが着ればいいってものじゃなくて、ちゃんと綺麗どころが着ないと駄目だったと」
それでミーナに白羽の矢が立った訳だな。
確かに、観客からも今日一の大きな声援が上がっている。
「そうだな。しかし、彼女は異国の血が入っているようだが、着物も見事に着こなすな」
矢野兵長たち学祭実行委員も、予想以上のミーナの出来栄えに感嘆の声を上げている。
「他の出場者は、よそのミスコンへの出場歴もある経験者だが、これは虎咆上等兵、ひょっとしたらひょっとするかもな。しかし、彼氏としては、彼女がミスコンで優勝してしまうのは、正直苦々しい思いなんじゃないか?」
「そんなんじゃないですよ。ミーナと俺は幼馴染なだけです」
矢野兵長の茶化しに、俺はおざなりな答えを返しつつステージ上のミーナに視線を戻す。
「それではミーナさん。何か自己PRをお願いします」
うわ……
これは、つい10分くらい前にミスコン出場が決まったミーナには酷だ。
いきなり忘年会で、酔っぱらった上司に急に一発芸をやれと言われるようなものだ。
「じゃあ、せっかく素敵な御着物を着せていただいているので、詩を吟じます」
うぇ⁉ 詩を吟じるって……詩吟?
ミーナの意外な発言に、俺含めて会場も、え? となって、ミーナに思わず注目が集まる。
「はるかぁぁ~~♪ なぁぁぁ~~♪」
ミーナがよく通る美しい声を響かせながら、ステージ中央でマイク無しで詩を吟じはじめる。
北欧銀髪美少女が着物を着て、和歌を独特な節で歌うという絵面に、観客は更に心を鷲掴みにされたようだ。
俺もそうだが、詩吟なんて純日本人でもほとんど観た事がある人なんていないだろうが、実際にステージで見ると凄く良い。
「鬼灯ぃぃいのおぉぉぉぉ~~~♪」
ミーナの魂装能力、虎咆は声を使った音響爆弾だ。
故に、声帯については魂魄の力により常人の何倍もの力が宿っている。
要は、ミーナは何を歌わせても超絶に上手い圧倒的な歌唱力を持っているのだ。
正直、先の出場者の、けん玉の凄技や体の柔らかさアピールの特技披露とは次元が違った。
「散るとぉぉぉ~~♪ 知ぃぃ~~~るぅぅう~~~♪」
一説を吟じ終えると、ミーナはゆっくりと正面に礼をした。
(パチパチパチパチ!)
観衆から大きな拍手が沸き起こる。
ミーナの容姿の美しさと、意外性抜群な大正モダン娘な服装と特技の披露は、観衆のハートをがっしり掴んだようだ。
「以上で、全ての参加者の審査が終了しました! 出場者の皆様、全員ステージにお上がりください」
ミスコンの司会者が、すでに出番の終わった他の出場者に登壇を促す。
しかし、他のミスコン出場者はどこか暗い顔で伏し目がちに登壇している。
その様は、既に審査結果の内容を悟り、心の整理をつけようとしているように見えた。
「それでは、発表します。軍幼年学校ミスコンテスト 栄えある優勝者は……エントリーナンバー5番! 虎咆ミーナさんです! おめでとうございます!」
え? 私が⁉ という風に驚いたミーナはドギマギとしながらステージ中央に招かれ、『ミス幼年学校』のデカいタスキを掛けられていた。
着物と袴の女の子イコール可愛い。
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