第78話 軍幼年学校学祭へ
「お~、凄い人だね」
幼年学校の駅前にあるバスターミナルは人でごった返していた。
幼年学校は駅から遠く徒歩は無理なので、ここからはバスを使うのだが、そのバスを待つ人たちの列が長く、一体どこが列の最後尾なのかが解らない。
「幼年学校の学祭は昔からすごく人気なんだって。今日は臨時のバスも出てるみたい」
「結構、早くに家を出てきたのにね」
今日は、軍の幼年学校の学祭の日だ。
俺とミーナで、結構朝早くに家を出て電車に揺られてきたのだけれど、こんなに大人気とは。
「普段は関係者以外は立ち入れない場所だからね。生徒の保護者や、入学を検討している受験生とか、あと玉の輿狙いの女子がワンサカ来るんだって」
「玉の輿?」
「軍人の社会的な地位って、開戦前と比べたら一変したでしょ? 軍人の奥さんって、今のママ友マウントで最上級カードらしいよ。夫に何かあっても、残された家族は国がしっかり面倒見てくれるし」
「なんだかな……」
「命をかけてくれる本人に対して敬意を払う分には正常だと思うけどね」
苦笑いするミーナは、自身が戦場に立つ道を覚悟している身として、そういう勝ち馬に乗ろうとしている女性たちには、あまり良い感情は持っていないようだ。
その後、バスロータリーの長い列に並び、何便かのバスを見送った後にすし詰めになって、ようやく軍の幼年学校の正門前に到着する。
「ああ、やっぱりセキュリティチェックがあるみたいだね。これも凄い列だね」
「いや、その辺は大丈夫なはずなの。確かここが待ち合わせ場所なんだけど……」
「ようこそおいでくださいました、虎咆さん!」
学校敷地側から、詰襟の制服に制帽を被った生徒が、ミーナの名前を呼びながら駆けてきた。
「あ、加賀見上等兵だ」
「げっ! なんでお前がここにいる⁉」
こちらに駆けよって来たのは、軍幼年学校と特務魂装学園との合同実習で、俺とミーナで一緒の班だった加賀見上等兵だった。
「今日はお出迎えありがとうございます加賀見上等兵。VIP仕様の招待状なんてありがたいです」
「い……いえ……」
ミーナがニッコリと笑いながら、加賀見上等兵に御礼の言葉を述べる。
何故か、俺の腕に抱き着きながら。
加賀見上等兵の顔は引きつりながらミーナにチケットを渡す。
「じゃあ、後で加賀見さんの所のブースにも顔を出しますね。それじゃあ」
そう言って、にこやかに笑うミーナに引っ張られて、俺たちは関係者ゲートから悠々と入場した。
「あれ、加賀見上等兵はミーナと一緒に学祭を回りたかったんじゃないの?」
「合同演習の後にも、事あるごとに連絡が来ててしつこかったのよね。こうすれば流石に諦めるでしょ」
「かわいそ……」
憐れな加賀見上等兵について話しながら、俺とミーナは学祭のメインストリートを歩く。
人が多いが、幼年学校の敷地の広さは特務魂装学園の何倍も広大なため、各屋台の間も十分なスペースが開けられていて余裕があった。
「まずは腹ごしらえかな。ホントは、まずはトシにぃに会いたいんだけど、連絡しても出ないんだよね」
「さっきからユウ君が鬼電してるの、例のユウ君が親しい幼年学校の教官の人なんだ……」
「うん。学祭中なら、各所と連絡を取り合うために携帯端末の電源をOFFにはしないと思って連絡しまくってるんだけど、さっきからずっと通話中で忙しいみたい」
「それってユウくん、着信拒否されてるんじゃ……って何でもない。よし! じゃあ、まずは屋台に行こうか。この間の花火大会では我慢したんだし、ここはミーナ先輩がおごってあげる」
「やったー! ミーナ先輩大好き!」
「ふへへ……お姉さん何でも買ってあげちゃうからね」
まぁ、国の機関である幼年学校の屋台なので、採算は機材のレンタル代等の必要経費さえ賄えれば良いよいう考えでの値付けなので、破格の安さなんだけどね。
という訳で、俺も遠慮なくリクエストする。
「じゃあ、焼きそばと、フランクフルトと、カエルの揚げ焼きと」
「カエル⁉」
おお、予想通りの良い反応。
けど、カエルというのは別に俺がジョークでぶち込んだ物ではないのだ。
「カエルの揚げ焼きは、戦闘飯研究会っていう団体が出してる屋台みたいだね。あれ結構美味しいんだよね。鶏のから揚げみたいで」
入場ゲートでもらった学祭の冊子の食べ物屋台の一覧で見つけたんだよね。
こういう珍しい物を食べるのも、お祭りならではだよね。
「じゃあ、鶏のから揚げを食べたらいいんじゃない⁉」
「それはそれ。カエルは戦場ではご馳走だったんだよ。ミーナにも是非食べてもらいたいんだ」
「うう……頑張ってみる」
不安そうなミーナを連れて、俺は学祭の冊子でお目当ての屋台の位置を確認する。
「ほら、ミーナ。手」
「んえ⁉」
「屋台エリアは人が多くてはぐれちゃうでしょ? だから手、握ろ」
「う……うん」
おずおずと伸ばしてきたミーナの手を握って、俺はワクワクしながらお目当ての屋台の方へ向かった。
「たしかにユウ君の言う通り、意外とカエル、美味しいわね」
ミーナが、カエルの足の肉にかぶりつきながら、感想を述べた。
焼いて塩コショウをしただけのシンプルな味付けが、ミーナのお口に合って何よりだ。
しかし、うら若き制服姿の女子高生がカエルの足を持って食べ歩きをしているのは、中々にシュールな光景だ。
カエルの足って結構長いから、どう形を取り繕っても、THE カエル って感じなんだよね。
人によっては本当に無理! って人もいる。
「でしょ? けど、屋台の生徒さんに聞いたら、このカエル肉は食用に育てられた輸入冷凍物らしいからね。獲れたてはもっと肉厚で美味しかったと思うんだよね。今度見つけたらミーナに御馳走するよ」
「わ……私は今食べたから、今度、火之浦さんにでも食べさせてあげて」
「そう? 琴美も今日、来れれば良かったんだけどね」
俺もカエルの足の肉を齧りつつ、ボヤいた。
「女の子との文化祭デートで、他の女の話は御法度よユウ君」
「さ、さーせん……」
ミーナの冷え切った声で思わず縮み上がって謝ってしまう。
っていうか、ミーナが自分で琴美の名前出したんじゃん! 理不尽だ!
「それにしても、火之浦さんも週末なのに課外活動があるって何なんだろう? この時期の1学年や生徒会は大して忙しくないはずだけど」
「ああ……何か色々忙しいみたいだよ。俺もよく解らないけど」
「最近、平日も体調不良じゃなく都合休で休んだりしてるしね。まぁ、私的には火之浦さんが居ない方が、ユウ君を独り占めできるから良いんだけど」
たしか、今日の琴美は桐ケ谷ドクターと一緒に任務だって、この間のぬいぐるみ遊びの後に憂鬱そうに言ってたな。
琴美も真凛ちゃんも特記戦力としての仕事が本格化すると、色々大変だよな。
しかし、もうちょっと統合幕僚本部には、2人とも学生なんだから配慮してもらわないとな。
今度、少将権限を使って、向こうのスケジューリングに介入するかと、綺麗に食べ終わったカエルの足の骨をゴミ箱に投げ入れた。
駄目だ……手でも握って文化祭デートっぽくさせようとしたのに、直後にヒロインがカエル食いだしたから、全て台無しになった。
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