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第77話 コン様とのお茶会

【周防真凛視点】

「ハワワワワワ! ハワワワワ!」

「ちょっと、落ち着きなさいなエスピオ。せわしない」


 欧州の離宮を思わせる庭園のガーデンチェアで、真凛はゆるりと紅茶の香りを楽しみながら、先ほどから慌ただしくティーセットの準備や、庭園の花の剪定などで忙しく動き回っているメイドに声を掛ける。


「何でマリちゃんはそんな落ち着いてられるの⁉ あのコン様がこちらに来て下さるんだよ⁉」


 モノクルを左目にかけて、カーテシーを頭に乗せたメイドさんが、目にもとまらぬ動きで作業をしながら、息一つ乱さずに真凛に反論する。

 どうやら、メイドの格好をしてはいるが、真凛のことを愛称のマリちゃんと呼んでいる事から、主従関係がある訳ではないようだ。


「解ってますよエスピオ。まったく……急な話で面倒です」


 真凛はそうボヤキながら、少し不機嫌そうに園庭の花を眺める。

 剪定が終わったいつもより気合の入った庭園の整い具合を見て、真凛はエスピオの気合の入れようにはついて行けていないなと思う。。


「なんて事言うのマリちゃん! これはとんでもなく名誉な事なんだよ。魂魄の世界でのまさしく神である、あのコン様が私の魂魄フィールドに来て下さるなんて、本当に夢のような事なんだから!」


 園庭仕事を終えて、先ほどまでは作業用の厚いエプロンから、クラシカルなお客様を迎え入れるための正装のメイド服に瞬時に服装を切り替えたエスピオが、真凛をたしなめる。

 スラっと長身でモノクルを掛けている様は、有能お姉さんメイドという印象だ。


「はいはい。紅茶が冷めちゃうから先にいただきますね」

「もぉ~ マリちゃんったら、本当に解ってる?」


「ちょうどのタイミングだったようですね。お邪魔しますよ」


 真凛が紅茶のポットに手を伸ばそうとしたその時に、突如、真凛の座るガーデンテーブルの前に1人の男性が立っていた。


 服装は、洋装の黒い神官服のカソックで、神職の平服であるカソックであるにも関わらず、金の糸であしらわれた刺繡と、首にかけた長布のストラが、着る者の地位の高さを示す。


「これはコン様、いらっしゃいませ」


 真凛は眉一つ動かさず、断りもなしに自身とエスピオのみが居られる領域であるこの庭園に現れた者に対し、スッと椅子から優雅に立ち上がると綺麗に腰を折り一礼した。


「ハワワワワワ! コン様が、私のフィールドにいりゅ……」

「エスピオ嬢。急なこちらの要望で押しかけて悪かったな。それにしても素敵な庭園だ」


 庭園を見渡しながら、コンが感想を述べる。

 その辺りがエスピオの限界点だったようだ。


「きゅ~~~! 尊死……」

「あ、エスピオ! あなた、開幕早々に倒れないでくださいな。まったく、すいませんコン様」


 見た目は有能メイドなのに、限界オタクのような声を上げてダウンした自身の契約する魂魄に対し、真凛は呆れた声を上げる。


「いや、構いませんよ。むしろ話をしたいのは貴女とですからね、真凛嬢」


 ニッコリとした笑顔に、まるで猟銃の銃口を向けられて射すくめられた狩猟動物のような気分が沸き上がった真凛だが、素知らぬ顔でガーデンテーブルへ着席するようコンを促し、芝の上に幸せそうなニヤケ顔で転がっているメイドに代わってお茶を淹れる。


「コン様はそういった御容姿なのですね」


 白髪を短髪に刈り上げて、髭を綺麗に整えたダンディーなナイスミドルな神父然としたコンを見て、真凛は率直な感想を述べた。

 

「ああ。この姿は、エスピオ嬢のアドバイスに基づく姿です。人型での現界は私も初めてだったもので」


「うちの子の趣味ですか……」


 そう言えば、エスピオが度々、自分のネットショッピングアカウントでコソコソと、そういった類の本を購入していたなと、ブラウザのバナー広告がその手の本の宣伝に浸食されていることを真凛は思い出してため息をつく。


「魂魄に雌雄の概念はありませんからね。あくまで人間と話をする際に便利なアバターとしての肉体です。真凛嬢のご要望があれば、華奢な中性的アイドルでも、豊満ボディの妖狐でも、自由自在ですよ。そこに私のこだわりはありませんから」


「そのお姿のままで結構です。それで、御用事は何なんでしょう?」


 話を本筋に戻し、真凛がコンに今日の来訪の目的を確認する。


「小箱中佐について教えていただきたい」

「……神谷先輩が兄のように慕っている方ですわね」


 真凛は静かにソーサーに紅茶のカップを置くと、慎重に言葉を選びながら答える。


「さすがは高度な諜報能力を持つエスピオを駆る真凛嬢ですね。ただの一般兵の情報まで把握しているとは」


「世辞と捉えておきます。しかし、解りませんね……軍の部隊活動で長く時を共にしていたのですから、神谷先輩を通して小箱中佐の人なりはコン様も御存知なのでは?」


「それがですね……小箱中佐については、こちらの記憶に欠落があるのですよ」

「記憶についての欠落……ですか?」


 思いもかけぬ告白に、真凛のポーカーフェイスにほころびが生まれる。


「正確に言うと、マスターにはあの時の記憶が少しはあるようなんですが、酷くおぼろげな物らしいんですよ。あの時は平常時ではなかったので、私の方は完全に記憶が欠落しています」


「……あの時というのは?」

「この世界を滅ぼしかけた時と言えば、貴女なら解るでしょう? 真凛嬢」


「…………」


 とうとう沈黙した真凛を見て、コンは愉快そうに笑いながら。悠々とした所作で紅茶のカップを手に取りゆっくりと口をつける。


「なぜ、私にそんな重大な情報を伝えるのです?」


「だって、貴女方はこちらの旗下の者でしょう? 私は信用している相手には、それなりに内情を晒す方針なので」


 目上の者が口にする『信用している』という言葉は、だからお前も裏切るなよ? という警告であり、こちらを縛る鎖のようなものだ。


「私どもを受け入れていただいたのは、それが目的ですか?」


「そんな事は無いですよ。マスターも何やかんやあなた達兄妹を気に入ってますしね。だから、その時が来るまでは良き関係でいましょう」


 ニッコリと笑うコンを、しばし真凛が無言で見つめる。


「……解りました。私が知り得ている情報はお伝えします。ただ、こちらで把握できているのは、あくまで軍側の記録を盗み見たものだけです」


「一先ずはそれで十分です」


 首肯したコンに、真凛は身を乗り出して声を抑えて話をする。


 招かれざる存在が居るはずもない、このエスピオと真凛の内心のフィールドにおいて、それでも尚、声を潜めるのが、その話す内容の重要度を物語っていた。





「なるほど。当時の状況は分かりました。しかし、要領を得ないものですね」


「当時の記録が要領を得ないのは、事態に直面した軍側も酷く混乱していたからだと思われます」


「まぁ、世界が滅びかけたのですから当然と言えば当然でしょうね」


 そう言って紅茶のカップを傾けると、コンはソーサーにカップを置いて立ち上がる。


「お茶、御馳走様でした。美味しかったです」

「礼はお茶を淹れたエスピオに。あの子の事なので、コン様から御礼の言葉を頂戴しただけで、また卒倒しそうですが」


「では私はこれで。彼の事で何か解ったことがあれば、またお茶をご一緒させてください」


「はい、それでは」


 立ち上がり恭しく一礼して真凛が顔を上げると、すでにコンの姿は無かった。




「ふー――――っ」


 少々はしたないが、真凛はドッカリと席に身体を預けるようにして椅子に座り込んだ。


 世界のあらゆる中枢機関に忍び込むみ情報を盗ってくる任務よりも、何倍も神経を使った。


「あれ? コン様は?」


 真凛の深いため息で起きたエスピオがむくりと芝生の上から起き上がり、キョロキョロと庭園を見回す。


「あら起きたの、エスピオ。コン様なら先ほど帰られたわよ」

「え~~!?  マリちゃん、なんで起こしてくれなかったのよ! マリちゃんだけコン様とお話してズルい!」


 エスピオが芝生を掴んで悔しがる。


「起きても貴方はすぐに気絶するでしょ。それに、また来ると言ってましたよ」


「本当⁉ 次はいつ来て下さるかなコン様……」


 うっとりと恋する少女のように空を見上げるエスピオを見ながら、



「何か解ったことがあったら、またお茶をご一緒に……か……」



 それは、マスターの神谷先輩には内緒でまたここに来る、という意味なんだよなという事を、真凛はコンの言葉を思い返してため息をついた。


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