第76話 ベッドで一緒に遊ぼ
「やっほ~トシにぃ」
「いきなりメールもなくWeb通話連絡をしてくるな祐輔。社会人として当然のマナーだぞ」
軍の内部ネットワークによるWeb映像通話をしつこくコールし続けること、たっぷり5分間。
根負けしたのか、ようやくトシにぃが応答してくれた。
「俺、子供だから、そんな大人のルールなんて知らないも~ん」
「都合よく少将と子供のロールを使い分けるなんて、嫌なガキだ」
ボヤキながら、画面の向こうのトシにぃが毒を吐いて来る。
「それで、今日はちゃんと用事があったから掛けたんだよ」
「なんだ?」
「トシにぃのいる軍の幼年学校での文化祭についてなんだけどさ」
「ああ。今、こっちもその準備で大わらわだ。おかげで、通常業務が圧迫されて教官も残業続きだ」
普段から寝不足気味でヨレヨレのトシにぃだが、確かにいつもより目の下のクマが濃いかもしれない。
「そんな愚痴、学生の俺に言って良いの?」
「お前が来るとなると、警備担当の連中にも警備体制の見直しを要請しないとな。ったく、仕事がまた増えた」
トシにぃが俺の前で弱音を吐いてくれるっていうのは、それだけ俺の事を信頼しているってことだよね。
そう考えると、何だかくすぐられてるように嬉しい。
「じゃあ、当日はそっちの文化祭に遊びに行くからよろしく」
「ああ。他にも特務魂装学園の生徒が来ると、うちの生徒が言っていたな。この間の合同実習で仲良くなったのか」
「トシにぃの成果じゃん。さすが、合同実習でオートマターで殺しにかかっただけあるね」
「そう言えば、桐ケ谷にオートマターの実習時のデータを送ってなくて、催促のうざいメールが来てたな。チッ、忙しいってのに面倒だ」
仕事を思い出したトシにぃは、顔をしかめながら頭をボリボリとかく。
「トシにぃは桐ケ谷ドクターとはよく連絡取り合ってるの?」
「一応、同期だからな。アイツは特殊な立ち位置だから昇進も早くて、辛うじて階級的に食い下がっている俺くらいしか、気軽に話せる相手がいないんだろう。お前と同じく、どうでもいいことで連絡が来るぞ」
「え? 俺と桐ケ谷ドクターって、トシにぃ的に同じ種類の扱いなの?」
それは正直、心外なんだけど……
「お前と桐ケ谷のメールは、一緒の迷惑フォルダに仕分けるように設定されてるという意味では一緒だな」
「ヒドイ! 琴美、トシにぃが俺のメールを開く設定にするよう、ちょっとトシにぃのパソコンに侵入してきてよ」
トシにぃの心無い言葉に傷ついた俺は、背後のベッドの上に座っている琴美に仕事を依頼した。
「え。私、そんな桐ケ谷ドクターみたいな器用なこと出来ないよ。精々、幼年学校のサーバに侵入して、情報セキュリティを全部破壊してグローバルネットワークからアクセスできるようにしたり、サーバ内の全データを完全消去することくらいしか出来ない……」
琴美は、情報セキュリティマネジャー試験と題された専門書から顔を上げて、困ったような顔で返答する。
最近の琴美は、情報処理技術に関連する専門書や資格試験の教本を読み漁っている。
電子戦が、今後の琴美の主戦場になるので、やはりその辺りの知識は頭に入れておかないと、とのことで頑張っている。
琴美はやっぱり真面目だな。
「おい、今物騒な話が聞こえたぞ。というか、その子……新しい特記戦力の子じゃないか」
「そうだよ。この間のWeb通話の時にもいたでしょ?」
前回、トシにぃと初めてWeb通話する時に琴美にパソコンのセッティングを手伝ってもらったからね。
もうやり方は覚えたから、今日は別に良かったんだけど、琴美が行くって言うから、放課後に連れてきたのだ。
勉強で忙しいからいいって言ったんだけどね。
「あの子か……しかし、桐ケ谷と組むのが祐輔の同級生とはな」
「魂装能力者の世間は狭いからね~」
「何だか嬉しそうだな」
「俺と同じ、ガキの内から責任を背負わされてる立場だからね」
「仲間が増えて嬉しいか」
「うん、そんな感じだね」
「そういう友は大事にしておけよ。じゃあな」
「うん、じゃあねトシにぃ」
トシにぃが通話ルームから退室した。
この間よりは雑談にも応じてくれたし、楽しかった。
「終わった? ユウ」
「うん。お待たせ琴美」
「ん、じゃあここ来て」
ポンポンと、琴美がベッドの上を叩く。
「はいはい、約束だもんね」
琴美に言われた通り、俺はベッドの上に腰掛ける。
ギシッと、ベッドのスプリングが2人分の重みを受けて軋んだ音を立てる。
狭いシングルベッド故に、膝と膝が触れ合うほどに近くなる。
「じゃあ遊ぼ、ユウ」
「うん」
琴美が待ちきれないとばかりにワクワクした顔で、ベッドの上でゴソゴソと準備を始める。
寝室というパーソナルエリアの最たる場所で膝を引っ付け合うほど接近した男女が、ベッドの上でする遊びと言ったら何か?
それはもちろん……
「こんにちはチュウスケです」
「コ、コンです。こんにちは」
そう、ぬいぐるみ遊びだ。
「ねぇ、僕はなんて呼べばいいのかな? コン君でいいかな?」
琴美が、顔をチュウスケのぬいぐるみで隠しながら、裏声で話を進める。
「あ、じゃあコン君でいいです」
俺の適当な返事に、すぐさま琴美が反応する。
「ちょっとユウ。ちゃんとキャラ作り込んでって言ったでしょ。コンはそもそも何でオスなの? 容姿からしてメスも有りだと思う。 コンは投げやりな態度だけど無気力キャラなの? 無気力になったのは過去に何か辛い体験があったから? ちゃんとキャラ表は書いた? キャラに体重を乗せてあげて」
「あ……えっと……サーセン」
「じゃあ、まずはコンと対話をしてみて」
「はい……」
俺は、琴美にゲームセンターのUFOキャッチャーで獲ってもらったキツネの縫いぐるみのコンと向き合う。
ぬいぐるみ遊びってこんなガチな感じなの⁉
何だよ、キャラ表やキャラの背負う背景や過去エピソードって⁉
キャラに体重を乗せるって意味が解らん!
『何やら面白い事になっていますねマスター』
『こっちのコンとなら対話できるから楽なんだけどな』
ぬいぐるみのコンと睨めっこをしている俺の内心に、魂装の方のコンが話しかけてきた。
『新顔のぬいぐるみのキャラ立てとは、この娘も無茶を言いますね。まるで新人漫画家のネームに駄目だしする敏腕編集者のようです』
『俺にはそっちの素養は無いよ。もう、コンのキャラをそのままぬいぐるみのコンのキャラって事にしていい?』
『浮気相手の若い子に正妻のキャラをトレースさせるとは、マスターは私の事が好きすぎなのでは?』
『その茶番、まだやってるのかよ。ゲーセンの時は浮気だなんだって騒いでたけど』
大体、正妻って何だよ。
お前とは契約で離れられないだけだ。
……って、あれ?
これって結婚と一緒だな。
『とは言え、この娘のぬいぐるみは魂魄としては興味深い例なのですよね。憑き物タイプに見えますが、装備タイプとも言える。分類がはっきりしない特殊な例です』
『そこら辺が、琴美が特記戦力に選ばれた理由でもあるのかもね』
『特記戦力というのは、国家機密扱いの存在なんでしたっけ?』
『そうだよ。この間の会議をコンも聞いてただろ?』
急に話題を変えてきたな。
今は手元に居るぬいぐるみのコンのキャラ立てを考えなきゃいけないのに。
『ええ。なので今気づいたのですが、なぜ先ほどのWeb通話をしていた中佐が知っていたのでしょう? あの娘が新たに特記戦力に選ばれたなんて最近のことを』
『……軍務上、知ってたんでしょ。俺が特記戦力だってこともトシにぃは軍務上、知ってたし』
『戦場で行動を共にしていたマスターの事はともかく、ただの士官学校の教官に最新の情報を伝えるのは何故でしょう? 何のために? 誰が?』
『知らない。あ~、桐ケ谷ドクターなんじゃない? 同期だって言ってたし!』
俺は少し苛立って、答えを短絡的に繋いだ。
「ほら、ユウ。コンとの対話は終わった?」
「えっと……もうちょっと……」
『やべ、何も考えついてない。ちょっと集中して考えるから、話しかけるなよコン』
琴美に話しかけられたのを幸いに、俺は内心での会話を打ち切った。
『わかりました、では』
終わり際のコンの声は、少し愁いを帯びていた。
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