第75話 は⁉ 文化祭が無いとか有り得ないんだが⁉
「失礼しま~す。神谷入ります」
「おう、入れ」
二学期の始業式が終わり、俺は気だるげに、おざなりな入室の挨拶と共に、学園長室のドアを開けた。
そんな俺の態度を、学園の長であり、この部屋の主である高見学園長は特に咎めなかった。
それだけ、先ほどの始業式で疲弊したということだろう。
「あら、神谷先輩に高見学園長。お疲れですね。夏休みボケがまだ抜けてないのでしょうか?」
「そういう真凛ちゃんは元気だね。さすが若いね」
「自己管理は淑女の嗜みですから」
学園長室の応接セットに座って、優雅に紅茶を飲んでいる真凛ちゃんに飛ばした俺の嫌味は、鋼のメンタルを持つ女子中学生の真凛ちゃんに跳ね返された。
「しかし、今回のは色々と無理ありすぎでしょ。なんだよ、中学生から飛び級での特務魂装学園への入学って」
「1学期の民間派閥の粛清時に退学した生徒の枠を埋めるための方策です。限りある魂装教育現場のリソースを無駄にするわけにいきませんから」
素知らぬ顔で学園の制服に身を包む真凛ちゃんは、堂々としたものだった。
まぁ、特記戦力会議の時も軍の制服姿で堂に入った物だったし、学園の制服ごときでは今さらか。
「それで、その枠組みを作った自身が、その飛び級入学第1号と。相変わらずの剛腕っぷりだね」
突如、始業式にて壇上で紹介された飛び級入学者が、もろに知り合いであったことへの驚きと同時に、この子なら可能かと納得している自分がいた。
「高見学園長には感謝ですわ。よくぞこの短期間で、制度設計と飛び級入学者へのカリキュラムを策定してくださって」
「いえ、なに……これ位はお安い御用ですよ」
そう、力なく笑う高見学園長の目の下にはクマが出来ていた。
「ちょっと、高見学園長。相手はこの間まで中学生で、つい先月任官したばっかりのペーペーですよ。階級も少佐なんだから、もっとドン!と構えててくださいよ」
「無茶言うな祐輔! 相手が悪すぎるだろ。どんな秘密を握られてるか分かったもんじゃないんだぞ」
俺がコソコソと高見学園長に話しかけるが、このオッサンはすっかり牙が抜けている。
「一応、真凛ちゃんより格上の地位にいる俺にはもっと砕けた態度取ってるじゃないですか」
「それは、俺が部隊長時代に部下だったお前の粗相やらの秘密を握ってるから、精神的優位に立ててるからだ」
は? なんですと⁉
「部隊長時代の俺の粗相って何さ⁉」
「戦場で不衛生にしてたせいで男性シンボルが腫れたと、当時尉官の小箱に泣きついたりしてたろ」
「なんで高見さんがその事、知ってるのさ⁉ トシ兄ぃにしか相談してなかったのに!」
「当時の上官だったから、小箱からお前の事は報告を受けていたからな」
俺の下半身事情が、上に筒抜けだっただって⁉
あの時は、取り敢えず万能軟膏を塗ったら直ったんだよな。
オ〇ナインはマジで神。
「それ今後ぜってぇ周りに言うなよ高見准将! いいか、これは少将権限での命令だからな!」
「はいはい解りました神谷少将。なので、この場の仕切りはよろしくお願いいたします少将閣下」
「お二人とも、私とエスピオの能力はご存知でしょう? 女子生徒になんて話を聞かせているんです? あなた方は」
「「あ……」」
勝手に男のヒソヒソ話を盗み聞ぎしてたのは真凛ちゃんじゃん……という抗議の声も空しく、俺と高見学園長は15歳の女の子から説教を受けた。
思えば、年下に説教を受けたのは初めてだ。
俺に説教された人も、こういう気持ちだったのかなと俺は、真凛ちゃんからの説教を右耳から左耳に聞き流しながら、かつての部下たちに想いを馳せた。
◇◇◇◆◇◇◇
「卵焼きの味付けどうかなお兄ちゃん? ちょっと甘すぎたかな?」
真凛ちゃんが心配そうに、周防先輩の顔を覗き込む。
「いや、ちょうどいい。好きな甘さだ」
「ふふっ、良かった」
「いや良くないんだが」
2人だけの世界に入り込んでいる周防兄妹に、俺がつっこみを入れる。
始業式終わりで午後の授業は無いが、魂装研究会のメンバーで部室でランチミーティングを行うことになっていたのだ。
「あら、部長。先ほど、魂装研究会への入部届は提出していますので、私もこの部室を使う権利があると思いますが?」
「いや、そういうあからさまなのは禁止で。部長命令です」
「兄妹が仲睦まじくお弁当をつつきあう事に何の問題が?」
いや、そこを許しちゃうとさ……
「はい、ユウ君。きんぴらゴボウ、今日は味付け自信あるの」
朝から続いていたパイナップルの口元のしびれがようやく取れたミーナが、ズイズイっと身体を寄せてくる。
「ユウ。私のタコさんウインナーも」
逆隣からは琴美が身体を寄せてくる。
両サイドから挟まれる形になったので、逃げ場がなく、必然ミーナと琴美の身体に触れる形になり、2人の体温が伝わって来てドキドキする。
「ええとええと……これ、デザートのシャインマスカットです!」
部室の畳部分の座卓を挟んで、正面から速水さんが俺の口元にシャインマスカットの粒を俺の口元に突き出してくる。
「年増、なに年甲斐もなくアーンしようとしてるの!」
「速水先生、そういう自分だけ良ければいいという姿勢が、争いを生むんですよ」
うん、そうだね。
琴美の言う通りだね。
だから、ミーナも琴美も俺の口に、それぞれ、きんぴらごぼうとタコさんウインナーを俺の口の中にねじ込まないでくれないかな。
先に口の中に入ったシャインマスカットで、すべてが台無しだ。
争い乱れると結局誰も得なんてしないということが、今、絶妙にそれぞれの味がケンカし合っている俺の口内が物語っている。
「神谷先輩、モテモテですね」
「こうなるから駄目だって言ってんの」
色々味が混ざって口の中は最悪だが、無味で粘土を食べてるのかと見まがう、ゲロマズ戦闘糧食より食べれなくはないな。
「しかし、今日からまた学校か~」
「ユウ君は夏休みが恋しい?」
「いや、仕事と宿題しかやって無かった気がするから、学校があった方が気楽でいいや」
一応学生という事で、学校の授業がある期間は、多少は任務も抑えめにしてもらえるしね。
「もう少ししたら前期の期末試験があるけどね」
「うへぇ……また試験……何か楽しい行事は無いの? あ! 高校生なんだから、文化祭あるよね、あ、ここは学園だから学園祭か!」
マンガで高校生がよくやってる学園祭!
小学生の文化祭は、ステージで郷土の歴史研究の発表とか環境問題についての展示とか、面白くもなんともなかったけど、高校生になると色々と規模が違うはずだ。
「うちのクラスは何やるのかな~ 出来れば、食べ物の屋台とかやりたいよな~」
何しろ、クラスでは絶賛ボッチ状態なので、俺は何も知らない。
きっと、俺が任務とかで学校を休んでいる時に色々決まって話が進んでるんだよね。
「おい、神谷」
「あ、でもステージでダンスを披露するっていうのも格好いいよな。最近なら、ネット動画とか観て練習したりするのかな」
「盛り上がってるところ悪いが神谷、この学園に文化祭はないぞ」
「……は? なんで⁉」
せっかくキラキラした青春のシーンが浮かんでいたのに、突如、現実が牙をむく。
「魂装能力の知見を奪うためのスパイや、魂装能力者たる生徒に危害をくわえる目的の奴らが日頃から跋扈する、この学園だぞ。外部から人を招く文化祭なんて出来る訳ないだろ」
「ええ、そんな~! あ、じゃあ、学園内部だけでやるってのは? どうかな速水先生?」
学園祭を諦めたくない俺は、ナイスアイデアとばかりに教官である速水さんに水を向けてみるが、
「う~ん……今からだと、厳しいですね。学園の予算も確保されていないでしょうし……」
何とかしてあげたい気持ちは山々とういう感じで速水さんが思案するが、この学園の半お役所気質が作用し、かなり難しいようだ。
「日頃の魂装研究を学会形式で発表する行事なら冬にあるぞ。俺たちも魂装研究会と銘打っている以上、参加しなきゃいけないんじゃないか?」
「それじゃあ、小学生の頃の郷土史研究や環境問題の発表と一緒じゃないか!」
なんだって、高校生にもなってそんな事せにゃならんのさ!
いや、真面目に日頃から研鑽を積み上げている文化系部活の人には悪いんだけど、やっぱり憧れって止められないじゃん!
「しかしだな」
「俺はクラスで団結して出店やステージ発表をして、あわよくばクラスの皆と仲良くなりたいの!」
「クラスの子と仲良くなるの、まだ諦めてなかったんだユウ……正直無理だよ……」
「ユウ君に近づくクラスのメスがいたら潰す」
「大丈夫ですユウ様。担任教官の私がいますから、ペア決めであぶれても私がペアになります」
ちくしょう! 色々と詰んでる!
「フフッ、ちなみに私は転入初日ですが、ちゃんと同じクラスに火之浦先輩がいますから、ボッチではないですよ」
「こら真凛。そこを張り合うとお互い傷だらけになるから止めろ」
ああ……俺の青春のページにまたもや空白のページが出来てしまうのか。
いっそ、少将権限で押し通すか。
あと、真凛ちゃんに協力を要請して、主計局の偉いさんを脅して予算を……
「あ、それならさ、ユウ君。他所の学校の文化祭に行けばいいんじゃない? 今後の参考に」
俺が、権謀術数を張り巡らせ
ミーナが思い出したように、提案してくる。
「けど、ここの学園って特殊だから、普通の高校じゃ参考にならないんじゃないですか?」
確かに、よその普通の高校の文化祭に行って、文化祭の準備で急接近したカップルになるか否かの淡いイチャイチャを目にしたら、余計にダークサイドに落ちそう。
「だから、同じく特殊な学校の文化祭に行けばいいのよ」
「特殊な学校……あ! 軍の幼年学校」
確かに、将来は軍に入る前提で日頃から訓練をしているあの学校なら、俺たち特務魂装学園とも位置づけとしては近い。
それに、あの学校にはトシにぃがいる。
またトシにぃに会える。
そのワクワクだけでも、自分の学校に文化祭がないという悲劇を慰めるには十分だった。