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第73話 夏休み最終日と花火

『それで、あらためて確認するけど、本当なんだね? コン』

『マスター。何度も言っている通りです』


 俺が何度も念押しするように同じことを聞いて来るから、内心のコンの声は少々うんざりしたような声音だった。


『とは言え心配で……』

『魂魄の適合者が出産時に、母体を害するという事はあり得ません。魂装能力者との契約は、血を依り代とするので、胎児のへその緒が切られて完全に母体と切り離されてからでないと、母体の血が混じってしまい契約が上手くいきませんから、胎児の時点では魂装能力者はただの一般の人間と何ら変わりありません』


『という事は、琴美の親戚のお姉さんたちが出産時に亡くなったのは』

『ただ不幸な偶然が重なっただけです。まったく、とんだ言いがかりです。』


 プリプリと怒っているコンの声を聞いて、俺はようやく安堵する。


 良かった……

 琴美が危惧するようなことは無いんだな。


 じゃあ、この事を……


『コン。じゃあ、この事実をいつもみたいに国の魂装研究所にリークしようか』


『はいはい。そう言うだろうと思って準備していますよ。今回からは、エスピオに協力依頼をしていますし』


『真凛ちゃんのとこのエスピオ経由で拡散するってことか』

『情報についての扱いは、専門家に任せる方が良いかと』


『そうだね。真凛ちゃんのことだろうから、この内容を見たら、琴美に早めに情報展開してくれるだろうしね』


『マスターから直接伝えれば良いのでは?』

『こういうのは、権威のある第三者からの情報の方が安心するのさ。俺からじゃなくてね』


『マスターの言葉ならば、あの子は信じると思いますけどね。と、そろそろ内心の会話を打ち切りますよ。限界時間です』


『ああ。じゃあ、またなコン』


 そう言って、俺は内心の会話から意識を目の前に戻した。




「ほら、ボサッとしないユウくん! 計算を解く手を止めない!」


「うへぇい……ごめんよミーナ」


 今俺は、自宅リビングで鬼教官のミーナの監視下で夏休みの宿題の追い込みをかけていた。


 別に近視でもないのに伊達メガネをかけて、白いブラウスとタイトロングスカートという女教師のような出で立ちで、ミーナが教鞭を手元でペシペシしながらプレッシャーをかけてくる。


 明日から学園の二学期が始まるというのに、俺の夏休みの宿題の進捗が、崖っぷちどころか崖から落ちている状態だったからだ。


「二学期の登校初日に提出しなきゃいけない教科は少ないから、提出が早い科目から優先順位をつけて片付けましょう」


「まさに綱渡りだね……」

「まったく……沖縄旅行から帰った後も、何だか色々仕事でいなかったから仕方がないんだろうけど」


 結局、純粋な意味での夏休みは、魂装研究会の皆で行った沖縄合宿旅行くらいで、後はギッチリと任務やら何やらが詰め込まれていた。


 宿題は当初、琴美にヘルプを頼もうと思っていたけど、琴美も特記戦力第3席に選ばれた関係で夏休み後半は忙しくしていた。

 今も沖縄の桐ケ谷ドクターの所に行っているらしく、琴美の助力は得られない。


「小学生の頃のユウ君は、早めに夏休みの宿題なんて終わらせてたのにね」


「人は変わるものさミーナ……あ! そう言えば夏休みの終わりと言えば!」


 苦笑いしつつ、昔の想い出に浸っていると、それを呼び水として、ある記憶が掘り起こされる。


「……駄目よ」


「まだ何も言ってないじゃん! 今日、地元の花火大会でしょ。屋台で焼きそばとか食べたい!」


 8月の最終週の日曜日に、うちの地元では花火大会が開催されるのだ。

 打ち上げ花火が終わると、夏休みも終わりか~とセンチメンタルな気分になりつつも、二学期が始まる学校に気持ちを切り替えたものだ。


「この惨状で、花火大会になんて行ける訳ないでしょ? ユウ君」


 ミーナが笑顔で、壁に貼った大きな紙を教鞭でペシペシする。

 紙には、俺の宿題の進捗状況が棒グラフ化されていた。


 まだ、どの教科もグラフの棒がこじんまりとしている。


「そんなぁ……」

「はい、ボサッとしていないで手を動かす!」


 その後、スパルタ銀髪女教師に監視されながら、俺の夏休みの最終日は更けていった。





「ふぅ、何とか明日提出する分は終わった……」


 何とか宿題に目途がついた頃には、窓の外は日が落ちきる寸前だった。

 今頃出かけても、花火のメイン会場には間に合わない時間だ。

結局、花火行けなかったな……


 あれ? そう言えば、ミーナが着替えてくると言って結構時間が経ったけど、まだ戻って来ないな。


「お待たせ」


 カチャリとリビングのドアが開く。


 するとそこには、夏の終わりを告げる深紅の彼岸花が咲いていた。

 大輪のそれは、まるで打ち上げ花火のようにも見えた。


「ど、どうかな? この浴衣」


 白地に水彩画調で描かれた深紅の彼岸花の浴衣を身に着けたミーナが恥ずかしそうに、姿を見せた。


 髪型もいつもと違って、ヘアアイロンでウェーブがかけられている。


「いい……」

「む……感想それだけ?」


「人間って、本当に美しい物を見た時は、言葉にならないものなんだな……」

「あ……ありがと」


 ミーナが恥ずかしかったのか、プイッと顔を背けた。

 ウェーブがかったロングの髪が、後ろでシニョンのように束ねられて、白いうなじを覗かせる。


「え、ミーナが浴衣ってことは花火大会の夜店に行くの?」

「いや、ユウ君の勉強はまだ終わってないでしょ」


「え~」


 最初はミーナの浴衣姿に心奪われていたが、浴衣イコール花火大会という事で俺のテンションは俄かに沸き立ったが、即鎮火させられる。


「でも、花火大会が始まって音が響いたら、どうせ集中できないでしょ? だから、庭から花火一緒に観よ」


「やった~!」


 俺は問題集を放り出して、早速庭の縁側へ向かった。


「うん、ちゃんと明日提出する分まで出来てるね」

「早く早く!ミーナ!」


「もう、ユウ君ったら子供みたいにはしゃいじゃって」

「花火を見るの数年ぶりだからね。テンション上がって来た」


「戦場では花火の慰問とか無かったの?」

「無かったよ。戦場で打ち上げ花火なんてしたら、敵の攻撃かと思われて皆、臨戦態勢になっちゃうからね」


 火薬の音と光と、かすかな煙の臭いは、色んなものを想起させる。


 そういう意味では、煙の臭いが届かない位置からの花火見物は却ってよかったのかもしれない。


「はい、これ食べてユウ君」


 俺がつい戦場のことを想い出しかけたのを察してか、ミーナが俺の口に何かをやや強引に突っ込んできた。


「むぐっ! これは……冷やしパインだ!」


「そっ、懐かしいでしょ?」


 少し凍ったパインのシャリシャリ感と、口の中に広がる甘さとわずかな酸味が、子供の頃の記憶を想い起こさせる。


 割りばしに刺さったパインというのが、屋台で食べ歩きをしていた場景を思い起こさせる。


「あったね! 子供の頃、屋台でよく食べたな~ 焼きそばやたこ焼きの後に食べると、口の中がさっぱりして美味しいんだよね」


「焼きそばとかの鉄板物は、家で作っても何故か屋台の味にならないからね。これなら再現できると思って、準備してたの」


「これミーナが用意してくれたの?」

「ちゃんとパイナップル一玉から切り出して作ったよ」


「へぇ、パイナップルを一玉」

「だから、いくらでもおかわり自由だよユウ君」


「何か子供の夢が叶ったな~ありがと、ミーナ」


 屋台で買うと結構高いから、当然ながら1本しか買ってもらえなかったからな。


「あ、あのね……私の夢はね……昔も今もユウ君のお嫁さ」



(ヒュルルル……ドーーーンッ!)



「お、始まった!」


 一発目の花火が打ちあがって、近所からも歓声が上がる。


「むぅ……タイミング……」

「さっき、ミーナ何か言ってた?」


 第一幕が打ちあがった間奏部分で、先ほど花火の音でかき消されたミーナの言葉を聞き返すが、


「な、なんでもないっ!」

「そう? けど、今日のミーナは本当に綺麗だね。彼岸花の柄がまるで今打ちあがってる花火みたいでピッタリだよ」


「きゅ……急に不意打ちで褒めないでよ」


 ミーナが浴衣の柄の彼岸花と同じく、顔を朱に染めつつ、扇子で口元を隠す。


「そんな綺麗な浴衣で外に出ないのは勿体ないよ。だから、花火が終わったら、一緒にき出した屋台に繰り出し」


「それが狙いだったのね……駄目よ。花火が終わったら宿題再開よ」

「え~、浴衣着つけるの大変だったでしょ? お祭りに繰り出して、他の人にも見せたいもんじゃないの?」


「前に浴衣でお祭りに行ったら、男たちからのナンパがいつも以上に激しかったし、女の人に3回も飲み物を浴衣にかけられそうになったから行きたくない」


 あ~、まぁ銀髪ハーフの楚々とした浴衣美人なんて、破壊力抜群だから確かに衆目の視線は半端無さそうだ。


 飲み物を引っ被られそうになったのも、多分ミーナに嫉妬した女の人がよろけた振りして故意にだろうな。


「じゃあ、ミーナの浴衣姿は俺が独り占めってわけだね」

「そうだよ。今の私はユウ君だけのものだよ」



(ド――ンッ! パラパラッ)



 再び打ち上げが始まった花火に2人共顔を向ける。

 何だか照れくさいやり取りだったので、花火が再開してくれて正直助かった。


 花火中に、チラリとミーナの横顔を見やる。


 花火の光に照らされて、暗闇に一瞬だけ浮かぶミーナの顔はとても綺麗だった。




 なお、花火の後は本当に勉強が再開されたが、横に座る銀髪浴衣伊達メガネ女教師とかいう、属性が渋滞しているミーナのせいで集中力を欠いた。




【おまけ】


ミーナ「ただいま~」

ミーナの母のミリアさん「おかえりミーナ。遅かったわね」



(ジーッ……)



ミーナ「……何よお母さん。帰って早々人の事、ジロジロ見て」

ミリア「な~んだ。帰宅が遅かったのに、ユウちゃんと特に何も進展無かったのね」


ミーナ「んな⁉」


ミリア「浴衣、私が着付けた時のまんまじゃない。浴衣脱いだら解るように帯紐の結びをちょっと変わった結び目にしておいたのに」


ミーナ「なにそのトラップ⁉」


ミリア「うなじも綺麗に見えるようにヘアセットしてあげたのに……貴女がもうちょっと色気を出して迫れば、ユウちゃんも墜とせたんじゃない? 私とお父さんの時なんて」

ミーナ「あー! あー! 親のそういうの聞きたくない!」


ミーナは耳を塞ぎながら浴室へ避難するのであった。


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特に☆☆☆☆☆→★★★★★評価まだの方はよろしくお願いします。


新作

『夢の国テーマパークのダンスのお兄さんの俺と一人ぼっちな白兎さん』


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