第72話 特記戦力協議会
「定刻となりました。本協議会の注意事項は資料に記載の通りなので割愛させていただきます。それでは、議事の進行役を事務局から橘元帥へお渡しします。橘元帥、よろしくお願いいたします」
そう言って、事務局の担当官が着席する。
「それでは、本協議会を開始させていただく。まずは、それぞれの職責で忙しい中、今日集まってくれた事に感謝する。それにしても……特記戦力のメンバーがここまで一堂に会するのは壮観の一言に尽きるな」
橘元帥が、会議室全体を見渡しながら感慨深げに呟く。
おそらく、これは事務局の用意した議事進行の台本には無い、橘元帥の率直な感想なのだろう。
事務局側がピクリと反応して、忙しく元帥の発言内容を筆記する。
「橘元帥、俺はこの会議での平場の出席は初めてだから、あらためて自己紹介させてくださいよ。あと、新顔の人も何人かいるんだし、各々自己紹介を……って言っても、第2席の人は今回も欠席か。俺もずっと欠席だったけど」
「神谷少将……こちらにも段取りがあるんだが」
橘元帥が顔を顰めながら何とか議事を台本の流れに戻そうとするが、俺はそれを意図的に無視して自己紹介を始める。
「特記戦力第1席 神谷祐輔 軍での階級は少将。世界を転戦してて、協議会発足時からのメンバーなのに、今までは会議の結果や議事録だけが後日送られてくるだけだったので、実質初参加です! よろしく‼」
俺のぶっちゃけ話に、事務局の顔が益々曇る。
こちとら、はなから今日の場は荒らすつもりなのだから、先制パンチだ。
「じゃあ、次は吾輩の番ですな~ 特記戦力第3席 桐ケ谷燈子 軍の階級は大佐で、国立沖縄魂装研究所の所長でござる。今は新たな相棒である、火之浦琴美氏と組んで益々パワーアップゥ~! よろしくですぞ」
「よ、よろしくお願いいたします。火之浦琴美 特務少佐です」
俺の意図に乗ってくれたのか、はたまた会議でもいつもこの調子なのか、相変わらず桐ケ谷ドクターはウザったい喋りである。
琴美の自己紹介奪ってるし……
それにしても、琴美は特務少佐からスタートなんだ。
二等兵から超ジャンプアップ出世だ。
「ほっほっ。若い者は元気だのぉ」
「すいません先輩……お騒がせを……」
この会議室の場で一番の老人に、橘元帥が申し訳なさそうに謝る。
「ほっほ。お主は、今や軍のトップである元帥なんじゃ。再任用少佐のワシに敬語なぞ使うと軍の規律が乱れますぞ、橘元帥閣下殿」
「し、失礼しました! 安座名第4席」
橘元帥は、どうやらこの安座名の爺さんと、かつては先輩後輩で頭の上がらなかった関係だったようだ。
階級ではなく、特記戦力の席次で呼んだのは、自分より下の階級の者への態度を取らずに済むからだろう。
まぁ、この会議の場ではそれが正しいが。
「安座名家って、確か名瀬家の更に上の防御魂装術の総本山で、国土防衛を担っているあの……」
「ほぉ、嬢ちゃん詳しいのぉ。確か名瀬家の次期当主が特務魂装学園に通っておるんじゃったか?」
「は、はい! 名瀬副会長には学園でお世話になっています」
「あ奴に何か粗相があったら、じいじに言いつけるのじゃぞ、嬢ちゃん。じぃじは引退して久しい身じゃが、軍の中では多少顔が利くからのぉ」
「は、はぁ……」
ニコニコしながら、安座名ご老公が孫娘を相手にするように、琴美に冗談を飛ばす。
「琴美氏、気を付けるでござるよ~ 安座名のご老公は、こう見えて現役の大将時代は、バリバリの軍人で、そりゃおっかない人だったでござるよ」
「それは、お主がふざけた言動ばかりだったからじゃろ桐ケ谷よ。貴様に唯一無二の力が無ければ、とっくに貴様なんぞ、軍から放り出しておったわ」
フンッ! と、安座名のご老公は鼻息を吹き出す。
「ご老公も、もう御歳なのにまだ現役なんですね。俺がガキの頃から爺さんなのに」
「まぁな。しかし、最強の矛たる神谷第1席が出て来てくれたから、防御担当のワシの重要度が薄れて、一線から退かせてもらえたからのぉ。主には感謝しとるぞ」
「俺が世界で暴れ回るようになってから、国土防衛戦は起きてないですからね」
「とは言え、まだ国土防衛陣だけはワシが管理をしなくてはならんから、現場に請われて、再雇用のシルバー人材雇用じゃ。早く、若いのが育って正真正銘の隠居生活をおくりたいわい」
腰をトントンと叩きながら、安座名のご老公が笑う。
「凄い……まさに、今日までこの国を護って来たレジェンドの会話だ……先日まで、二等兵だった私が本当にこの場にいていいんでしょうか?」
琴美が、俺と安座名のご老公の会話にすっかり気後れしてしまう。
俺や安座名のご老公の功績は、公にはされていない。
今回の特記戦力入りによりアクセスできるようになった国家の機密情報を、琴美は真面目に目を通して勉強してきたようだ。
「嬢ちゃん。桐ケ谷の阿呆とセットでとは言え、嬢ちゃんは第3席なんじゃ。この、じぃじより、この国の役に立ってもらわねば困るぞ?」
「ひゃ……ひゃい!」
「ご老公、吾輩の相棒の琴美氏をあまりイジメないでいただきたい。あと、吾輩は阿呆ではないですぞ」
安座名のご老公と琴美の間に、桐ケ谷ドクターが割って入る。
「まったく……新たな情報系統の特記戦力級魂装能力者が現れたと聞いた時は歓喜し、真っ先に貴様の特記戦力からの除名に向けて動こうと思っておったのにな」
心底残念だという風に、安座名のご老公は椅子の背もたれに背中を預ける。
「徒労乙でござる~」
「まったく……こういう時の嗅覚は、流石は情報系統能力者というところか……それで、新参の嬢ちゃんは神谷第1席の知り合いなんじゃろ?」
安座名のご老公から水を向けられ、俺の方から紹介する運びになる。
「ええ、第5席の真凛ちゃんです。腹黒なんで、皆注意してくださいね」
「初めまして。この度、栄誉ある特記戦力 第5席を拝命いたしました周防真凛です。階級は少佐です。よろしくごひいきの程を」
席から立って、真凛ちゃんが俺の紹介は無視して恭しく礼をしながら挨拶をする。
「あ~、真凛ちゃんがいてくれて良かった~! 私たち同期だね。最初に真凛ちゃんが凄い諜報能力を持った魂装能力者で、空席だった特記戦力第5席に座るって聞いた時は、死ぬほど驚いたけど」
「すみません火之浦先輩。皆に内緒にしていただいてありがとうございます」
琴美と真凛ちゃんがキャイキャイ喜び合う。
「なんだか俺の半径2メートルの範囲の人間関係に、特記戦力が多すぎない?」
「ユウ……強者は惹かれ合うものなんだよ。私とユウが出会うのは運命だったんだ」
「初対面の時は生徒会であんなにツンツンしてたのに」
「そ、それは昔の話! というか、夏休み明けの学園生活はどうなるんだろう……」
「おっほん! それでは自己紹介も済んだことだし、議題に話を移らせてもらうよ」
進行役の橘元帥が、少々強引に話の流れを戻し、会議の場を引き締める。
「まずは議題1 魂装能力者の婚姻可能年齢の引き下げ、及び重婚を可能とする法改正についての意見をまとめます」
待ってました。
早速、予定調和の議事進行をぶっ壊してやるぜ!
「異議あり! 未成年に早期婚姻を強いることが目に見えているため反対です!」
俺は颯爽と挙手をして自論を述べた。
「無論、婚姻や子作りについては本人たちの意志が全てで、国から如何なる圧力もかけないと声明を合わせて出す」
「あ……そうなの?」
「神谷第1席が強制徴兵された頃とは違って、情勢は安定している。ここで、過激な改正案を出すほど政府は愚かではないよ」
それなら、まぁいいか……
いや、けどやけに今回の件については素直だな。
何か裏があるのか?
『その点は問題ないですよ神谷先輩』
『真凛ちゃんか。君が何か裏で圧力をかけたの?』
真凛ちゃんの魂装能力エスピオの力で、俺の内心に語り掛けられる真凛ちゃんからの密談に俺が、内心で問いかける。
『圧力なんて人聞きの悪い。この法案、当初は過激な内容でしたが、私が色々とよろしくないお写真を片手に関係者に説得に出向いたら、内容を骨抜きにすることに喜んで同意していただいただけです』
『こっわ……』
よろしくないお写真を片手に、顔に貼り付けたような笑顔で迫る真凛ちゃんの姿が目に浮かぶようだ。
女子中学生に脅迫され屈服させられるとは、関係者のプライドはズタズタだろう。
『そもそも個人的に、本件改正案には反対でしたし。当初案では、魂装能力者は二世代連続でないならば、近親者との婚姻すら可能とするつもりだったらしいので』
『うへぇ……生命倫理はどこ行ったんだよ……って、あれ? お兄ちゃんと結ばれたい真凛ちゃんにとっては、むしろ千載一遇のチャンスだったんじゃないの?』
『何度も言っておりますが、私は近親愛のタブーをお兄様に侵させるのが人生の目標なんです。それが、法改正で社会的にOKが出てしまっては、心理的ハードルがだだ下がりです。そんな結末、私は絶対に認めません』
ブレねぇなこの子は……
っていうか、自分の性的嗜好のために法案改正に介入したのかよ。
『とは言え、次の議題に比べたら、こんな議題は小さなことですから、早く上も片付けたいのでしょう』
『次の議題?』
『神谷先輩は早くいらしてたんですから、資料をご覧になっていたのではないのですか?』
『いや、琴美の相談に乗ってたから議題1の資料しか読み込んでない。それに議題2ってただの報告事項じゃないの?』
テーブルの上に置かれた資料を摘まんで、議題しか見ていなかった資料2を広げる。
『まったく……議題2は、先の沖縄侵攻に関しての報告ですが、おそらくは、とある方向へ話が進むはずです』
『とある方向?』
『新たな戦争が始まります』
資料をめくる手がピタリと止まった。
『そっか、またか……』
俺が心の中でそう呟くと、ちょうど橘元帥が議題1の総括をして、議題2に移る旨の議事進行を行っている所だった。
ブックマーク、☆評価よろしくお願いいたします。
特に☆☆☆☆☆→★★★★★評価まだの方はよろしくお願いします。