第71話 市ヶ谷での結婚相談
お久しぶりです。
沖縄夏合宿から無事に戻ってきた所からのお話だよ。
「まだまだ暑そうだな」
8月の終わり。
ピークは過ぎたとは言え、まだまだ照りつける日差しはギラギラと暴力的だ。
「夏休みが終わってしまう……なのに俺は、なんでこんな暑苦しい格好してるんだか」
市ヶ谷の統合幕僚本部の控室から出た廊下から窓の外を眺めて、俺はボヤいた。
「私としては、制服姿の神谷少将の格好は眼福ですがね」
「速水さんの制服姿も久しぶりだね。あ、俺の分も靴磨きしてくれてありがとう」
「これも秘書官の務めですから」
速水さんが磨いてくれた革靴は、顔をかざせば鏡面のように顔が映るくらいに黒光りの光沢を放っている。
「何かキチッとしてる速水さんを見ると、初めてバディを組んだ頃のガチガチに緊張してた速水さんを思い出すな~」
「私はいつでも貴方の有能な副官であろうと思っています」
いや、沖縄の合宿旅行の時の色々な速水さんの醜態を見ていたから、今更そっち路線のキャラに振るのは無理なんだけど……
と思ったが、まだ本人は有能お姉さん女性士官路線を諦めていないようなので、ここは敢えて俺の評価は伝えないでおこう。
「なら、何で速水さんは、国からの指定を断ったの?」
俺は、既に何度も速水さんに訊ねた問いかけをした。
「……私が、神谷少将と並び立つことなどおこがましいにも程があるからです」
毎回、速水さんの回答は同一だ。
俺の言う事なら何でも聞くという感じの速水さんなのに、何故かこの点に関してだけ、速水さんは強く我を通している。
「そんなことないんだけどな。俺の魂装能力の運用が今の形になったのは、間違いなく速水さんの功績なのに」
「神谷少将のはからいで、給与等の待遇面で実質、佐官待遇を受けられるようになっただけで、十分に報われてます」
「夏のボーナスの補填になるといいんだけど」
「それは、もう忘れてください……」
速水さんが、沖縄旅行で抜け駆けしようとしたホテル代や飛行機代をドブに捨てたのを思い出したのか、渋い顔をする
それを見て俺が笑っていると、目的の会議室の前に到着した。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
速水さんが淑やかに腰を折り、礼をするのを横目にして俺は重厚な木製の扉を押し開けた。
◇◇◇◆◇◇◇
「お、琴美、先に着いてたんだ。制服似合ってるじゃん」
「ユウ……! 良かった……知らない人が来たら何を話せば良いのか不安だったの」
統合幕僚本部の広くて立派な会議室の中には、琴美が不安そうな顔でポツンと座っていた。
学園ではなく、正規の軍の制服でネクタイ姿の琴美の姿はとても新鮮だった。
そして、小柄で童顔な琴美は、見事に制服に着られている感じだ。
おまけに、カッキリした軍の制服だけど、ぬいぐるみのチュウスケはやっぱり腕に抱えているのが、更なるアンバランスさを演出している。
出会い頭で俺が言った『制服似合ってるじゃん』は正直、半笑いのからかいだったのだが、どうやら今の琴美にその辺の冗談を拾う余裕は無いようだった。
「何だかクラス替えで知合いがいて、ホッとしたようなもんか?」
「いや、クラス替え如きと次元が違うでしょ……」
「琴美は市ヶ谷は初めて?」
「ただの学園生徒が統合幕僚本部に来る用事なんて無いわよ」
俺の質問に、琴美が答えるが、その声は緊張がまだ完全には和らいでいないのか、微かに震えていた。
「大丈夫だよ。今日の集まりは、元帥も参加するらしいけど、ただのオッサンだから」
「そこが問題なんじゃない! 生で元帥のお姿を拝見するのも初めてなのに、いきなり同じ会議に出席するなんて!」
「琴美も偉くなったね〜」
「まるで望んでなかったんだけどね……」
「それは俺も一緒だよ。だから、琴美がこっち側に来てくれて、実はちょっと嬉しいんだ」
「ユウ……」
琴美は、俺と同じく国家戦略の特記戦力に数えられている。
最初に聞いたときは、まさかそんな事になるなんて考えてもいなかった。
初対面時に、桐ヶ谷ドクターが琴美に興味を唆られていたから、何かあるとは思っていたが、まさか特記戦力の一人に名を連ねることになるとは……
「ねぇ、知ってるユウ? 今、世論では魂装能力者は次世代適格者の早期育成のために、早期年齢での結婚や重婚等の民法の家族法上の制限を撤廃するような運動があることを」
「相変わらず、この国はやる時には極端に方針を振るよね」
俺は呆れながら、会議テーブルの上に置かれた、なぜか会議の場でしか見ない微妙な容量のお茶のペットボトルのふたを開けて、お茶を一口飲む。
一体どこの誰が、マスコミに働きかけてるんだか……
「ユウは赤ちゃん作るの興味ある?」
「ごふっ!」
危うく、俺は口の中のお茶を吹き出しかける。
ゴキュゴキュお茶を飲んでいたら、間違いなく会議机の上にお茶をぶちまけていた所だろう。
「な、なんで、こんな所で、そんな事聞くの⁉」
「ちょっと言い方が誤解を招く感じだったね……ごめん」
そう言いながら、琴美も自分の言葉足らずさに思い至ったのか、胸元にいるチュウスケをギュッと恥ずかしそうに抱きしめる。
「まぁ、赤ちゃんは可愛いよね」
きっと琴美は、これから始まる会議への緊張から突拍子もない事を言ったのだと思った俺は、無難な回答を返した。
つもりだった。
俺の返答に、琴美はみるみる顔に影が指していく。
「私は、赤ちゃん怖い」
「……? 赤ちゃんが怖い?」
『赤ちゃん』という名詞に、『怖い』という形容詞がかかるのは、あまり聞いたことが無い。
「私の叔母2人がここ数年で立て続けに、赤ちゃんを産んだ後すぐに亡くなってるの」
「そうなんだ。それは……」
産科医学の発展した現代においても、出産にかかる母体のリスクは完全には無くなってはいない。
人工子宮や試験管ベビーで母体に負担を掛けずに子を産み出すなんて、まだまだSFの世界。
だからこそ、先ほどの魂装能力者への早婚や重婚やらが推し進められている。
魂装能力者の数を増やすことは、国力に直結する。
故に、今の力なき者は滅ぼされる世界では、生命倫理はどうしても軽視されてしまう。
「そして、産まれた子供……私からしたら従兄弟なんだけど、いずれも魂装能力の素養ありなんだって」
「ってことは恐らくは……」
「うん。従弟たちは私と同じ、毒の生成をする系統の魂装能力者だった」
以前、コンが言っていた話だ。
魂魄は、能力の適格者の血を依り代にして契約をする。
故に、血の繋がった親族は、同系統の魂魄と契約することになり、結果、発現する魂装能力も同系統になると。
チュウスケを抱きしめながら、ポツリポツリと琴美が話を続ける。
「ひょっとしたら、この毒の能力が、妊娠・出産の時に母体を害しちゃうのかな……そう思うと怖くて……」
「琴美……」
まだ、魂装についての謎は多い。
故に顕在化していなリスクというものがあるのかもしれない。
俺達、魂装能力者は、今まさにデータを集めるためのモルモットでもある。
「でも、国の方は魂装能力者で、しかも特記戦力になっちゃったら尚更、次世代を生み出すことを期待してくるだろうし……」
「それは大丈夫だよ琴美。だって、俺もまだ結婚だ子供だなんて、さらさらする気なんて無いから」
琴美の抱いている不安を打ち消すように、俺は強い言葉で何でもないことだと、琴美の世間の潮流に流されてしまう未来を否定してみせる
「そ、そうなの?」
「ぜ~んぜんだよ。俺たちは、世間的に見ればただの15、6歳のガキンチョだよ? 結婚なんて早すぎだってば~ 世の中、晩婚化してるらしいってのにさ」
努めて明るく、俺は最近見たワイドショーで聞きかじった知識をもとに持論を展開する。
「でも、周りからのプレッシャーが……」
「結婚なんて、周りのためにするものじゃなくて、自分が幸せになるためにするものだよ。周りがうるさく言うなら、俺を引き合いに出せばいい」
「ユウを?」
「特記戦力 第1席の神谷少将が結婚したら、私も考えます~って言ってやりな」
悪戯を提案する悪ガキのように、俺は意地悪い笑顔を琴美に向ける。
「なるほど……ユウってこういうレスパ強いよね」
「アハハッ! 俺には、上からの婚活やお見合い圧力に屈して来なかった実績があるからね」
「え……それって、いったいユウがいくつの頃からそういう圧力が……」
「まだ声変わりする前だから、12、3歳くらいの頃からだね」
「うわぁ……」
ここでの琴美のうわぁ……は、いろんな意味が込められていると思われる。
「ハニートラップみたいなのも何度かあったけど、俺が本気でブチ切れたら、さすがに恐れをなしたのか、その手のちょっかいは無くなったね」
「ハニトラ……どうりで、ユウは女子からのモーションあしらいが上手いわけね」
「ワハハッ! でしょ?」
「いや、誉めてないから」
お、いつものツンツン優等生の琴美の調子が出てきた。良かった。
「だから、結婚の圧力に何年も負けなかった俺の背中に続きなよ。さて、そうすると今日の会議も荒れるなこりゃ。そろそろ、他の奴らも来るから心してかかれよ琴美」
琴美の緊張が解れてきたみたいで何よりだ。
俺は琴美に先輩面が出来たのが嬉しくて、上機嫌に今更ながら資料に目を通しだした。
なので、
「うん……けど、ユウが赤ちゃんが欲しいって言ったら私は……」
と、琴美がチュウスケに顔を埋めながら呟いている声は、俺の耳には可聴域の音としては聴き取れなかった。
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