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第7話 帰国したらやりたかった事

「特務魂装学園。軍関係者や近隣じゃ『学園』で通じる。軍務省が開学させた魂装の資質のある者を集めて教育、訓練する学校。文部科学省所管の学校ではないにも関わらず学園と名乗っているのは、開学に際して民間資本も深く関わっているため……か」


 自宅のリビングで、俺はトーストにインスタントコーヒーという簡単な朝食を自宅リビングで摂りながら、学校のパンフレットを眺めていた。


『マスターと私が出会った後に設立された、ごく浅い歴史の学校なのですね』


「魂装という物が、人間に知られるようになって、まだ10年経ってないからな」


『私を初めて使ってくれた頃のマスターは、まだ小さかったですね。あの時のマスターの画像をあの女性副官に見せてあげたら卒倒するんじゃないですか?』


「嫌な事、思い出させるなよ……」


 そう言えば、強制徴兵された時の10歳の頃の軍服姿を見せてあげると、以前、速水さんにお願いされていたな。


 速水さんの内なる性癖を暴露された今となっては、何に使われるか分かった物ではないので、渡すのはかなり抵抗感があるな。


『これは失礼。おっと、朝から来客のようですよマスター』



(ピンポーン‼)



「おはよ。起きてる? ユウくん」


 玄関に迎えに行くまでもなく、玄関の扉を開けてバタバタと足音をたてながら、ミーナがリビングに入って来た。


 小さな子供の頃から何度もお互いの家を行き来していたし、俺が不在の間、何年も掃除に通ってくれたミーナだから、この家の中のことについては、現状、俺よりも詳しい。


「おはようミーナ」


「はう……」


 リビングに入って、ミーナが胸を抑えて苦しそうにする。


「ど、どうした⁉ ミーナ」

「ユウくんの制服姿、刺激的……」


 特に肌の露出はされていないが?

 ミーナは、在校生なんだから、男子の制服も見慣れてるだろうに。


「この間、見た時にも思ったけど、女の子の制服も可愛いな」

「むむ……褒めるのは制服だけ?」


 ミーナはぷぅっと頬を膨らませる。

 さっき、自分も俺の制服について講評してたじゃないか。


「軍の学校の制服だからシックなデザインだけど、ミーナの綺麗な銀髪が映えて、よく似合ってるよ」


「あ、ありがと……」


 プイッと横を向いたミーナの様子を見るに、どうやらご機嫌は直ったようだ。


「じゃあ、準備できたし行こうか」


「うん」


 俺は朝食の皿やコーヒーカップを流し台に置いて、荷物を持った。




◇◇◇◆◇◇◇




「お義父さん、お義母さん。今日は、待ちに待った人が来てくれましたよ」


 新緑の森を抜けた先。

 先導してくれたミーナが、目的の場所に到着したのか、立ち止まって声をかける。


「じゃ、じゃーん‼ お二人の大事な愛息のユウくんです。無事に2人のもとに帰ってきましたよ」


 両手をいっぱいに広げて、ミーナが後ろにいる俺の方へ注目を浴びせようとする。


「なんだ、その紹介は……ただいま、父さん、母さん。ようやく帰って来たよ。何年も帰らなくてゴメンな」


 俺はそう言いながら、花束をたむけて墓石を撫でた。


 『神谷家之墓』と書かれた墓石の裏には、俺の父と母の名前と、同じ没年月日が刻まれていた。


「ここも、ミーナが綺麗にしてくれてたんだよな。本当にありがとう」


 うちの墓の周りには雑草も生えていないし、クモの巣がかかっていたりもせず、墓石も綺麗に磨かれていた。


「月に1回くらいだよ」


「こんなに色々してもらってて、俺は一生、ミーナに頭が上がらないな」


「い、一生……これってプロポーズ……駄目よ、私たちまだ未成年だから結婚はちょっと早すぎよ」


「いや、それくらい大きな恩があるってことで、そういう意味じゃないんだけど」


「私は、あと2年だけど、ユウくんはあと3年経たないと結婚は無理か……あ、でも今度、魂装の資質を持つ人の婚姻可能年齢は特別に15歳に引き下げるって法案が出るなんて噂もあるから、ワンチャン……」


 相変わらず、この国は碌でもない事にだけは気が回るな。


「ここに来たら涙が出るかと思ったのにな……悲しいより、ここに来れた事の安堵の方が大きいな」


 俺はしばし、心の中で、親子3人で幸せに暮らしていた頃に思いをはせた。


 父さんと公園でドッジボールの練習をしたこと。

 家に帰ると、母が夕食にハンバーグを焼いていて、早く食べたくて配膳を手伝ったこと。


 ミーナたち家族と一緒にバーベキューをして、いつもの落ち着いた様子とは違ってはしゃぐ父さん母さんを、ちょっと離れたところからミーナと遊びながら眺めていた事。


 色んな思い出が蘇ってくる。


「ん……」


「ミーナ?」


「ん! おいで! ユウくん」


 ミーナが少し恥ずかしそうに、けど真剣な顔で両腕を広げて、迎え入れるような姿勢をとる。

 それを見て最初は、俺はミーナが何がしたいのかよく解らなかった。


「泣いていいんだよ、ユウくん。私の胸を貸してあげるから」

「ありがと、ミーナ。って、ミーナの方が泣いてるじゃないか」


 見ると、ミーナの目元には大粒の涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちそうだ。


「だって……あの頃のユウくんの気持ちになったら……子供なのに1人で知らないところに連れて行かれて、そこで両親の訃報を知らされるなんて……」


「そうだな。あの時は、さすがに荒れたな」


 グスグスと声を殺すように泣くミーナに、ハンカチを手渡す。


 何の戦線の時だったのか、もはや覚えていないが、逗留していたキャンプ地に軍から、両親が亡くなったとの訃報を告げる事務連絡が届いたのだ。


 当時、両親は軍の保護プログラムで、軍の施設に匿われていたのだが、運悪く、その軍施設がテロ攻撃の標的になってしまい、巻き込まれる形で亡くなってしまった。


「荒れたって……どんな感じで?」


「あの時は、魂装の力が暴走しかけてな。その時、文字通り命をかけて俺を止めてくれた戦友には、本当に迷惑をかけた」


「そっか……ユウくんの側には、ユウくんのことを気にかけてくれる人達がちゃんといて、慰めてくれたんだね」

「ミーナと言い、俺には一生頭が上がらない人が多いな」


 人の死が身近な物であった戦場という場所が、皮肉にも、両親の死と言う悲劇を和らげた……いや、別の悲しみを上から厚塗りされただけだな。


「じゃあ、父さん、母さんまた来るよ」


 そう言って墓石を撫でて、俺たちは早朝の霊園を後にした。


 帰国したらやりたかった事リストの筆頭が、ようやく「済み」になった。




◇◇◇◆◇◇◇




「へぇ~ 学園って駅からは随分と距離があるんだな。それも上り坂か」


「校舎は山の上にあるからね。まぁ、新入生にはちょっとキツイかな」


 最寄駅から学園への道順を教えてくれながら、ミーナが少し先輩面を覗かせた。


 学園では、魂装について学び、訓練・実習をする必要があり広い敷地が必要なので、周囲が山に囲まれているこの場所はうってつけだったのだろう。


「学園への案内ありがとな」

「全然大丈夫だよ。まだ春休み中だし。けど、随分朝早い時間だね」


「あ、ああ……ちょっと学園から指定されててな」

「ふーん」


「おー、見えて来た。あれが特務魂装学園か」


 坂を上ると、山の中には似つかわしくない現代的なデザインの校舎が見えて来た。

 山を切り盛りして広げられた広大な敷地に、整備された芝のグラウンドに、巨大な体育館や道場らしき建物が建ち並んでいる。


「教官室はあっちの事務棟だよ。ユウくん、本当に私が着いていかなくても大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「本当? 先生に変な事言われたら、すぐ私に言うんだよ。私、これでも学園ではそこそこ顔が利くんだから」


「ハハッ。いざとなったら頼らせてもらうよ。じゃあな、ありがと」


「私は図書館で自習してるから。帰りも一緒に帰ろ」

「別に道順は解ったし、1人でも大丈夫だぞ。ちょっと時間も遅くなりそうだし」


「ちゃんと連絡ちょうだいね♪」


 有無を言わせぬミーナの剣幕に押されて、俺は苦笑いをしながら手を軽く振ってバイバイして、教官室のある事務棟へ入っていった。



ブックマーク、評価等よろしくお願いいたします。

励みになっております。

ジャンル日間2位になっておりました。ありがたや。

お話の舞台はようやく学園へ。

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