第67話 第2空挺団
「なるほど。そういう事があったのか」
『は、はい……そうなんです』
時は再び戻り、沖縄の海上の無人水陸両用小型高速艇の船上で、拡声器マイク越しに名瀬副会長から話を聞かされて、周防先輩は今の状況について理解をしたようだ。
なお、琴美が軍略上特記魂装能力者に選定されることがほぼ内定していることに関しては、現況説明を担当した名瀬副会長が、意図的に周防兄妹への説明を避けた。
とは言っても……
「へぇ~、桐ケ谷所長ったら、相棒を見つけて益々パワーアップって感じなんですね~ 1世代前の割に頑張りますね~」
『そうなんでござるよ、真凛殿~。吾輩、まだまだ現役ピチピチウーマンですからな~ 若さだけが売りの世代には、まだまだ負けませんぞ~』
どこかトゲのある言い方の真凛と、それを真正面から受けて立つ桐ケ谷所長とのやり取りに、周防先輩は首をかしげる。
「それで、さっき俺と真凛を襲った賊たちは何なんでしょう?」
『周防殿から聞いた特徴から察するに、隣国さんでしょうな』
『顔はアジア系でしたが、こちらを攪乱するための欧米国の外国人部隊という線は?』
『隣国さんに罪を被せたいなら、武装は日本刀タイプでなく素直に青龍刀タイプを使っていたでしょうな。半端に偽装するために、日本刀タイプを使った所は向こうさんのやらかしですな』
「なるほど……」
周防先輩が桐ケ谷所長の分析力に感嘆をもらす。
確かに今思い返すと、兵たちはどこか太刀筋に迷いがあったように見えたが、あれは慣れない得物での戦闘であったからとも考えれば説明もつく。
『まぁ、相手さんの正体は、先ほど吾輩の魂装能力 電脳ブルーオーシャンで覗き見したからなんですけどな~。周防殿ったら、あっさり信じちゃって、チョロインですな~』
「むぐ……」
してやったりと笑う桐ケ谷所長の種明かしに、周防先輩は少し恥ずかしそうに口をつぐむ。
『それで、今回の陸戦部隊の周防兄妹略取作戦はどうやら、大規模主要作戦の裏でコッソリ行う手筈だったのが、本国との通信が途切れて連携が不可になったために、暴発的に実施されたようですな』
「大規模主要作戦とは?」
『ふふ~ん。聞いて驚くがよい~、実は』
「隣国が日本との国境警備の名目で展開させている第6艦隊が、突如こちらへ向けて舵を切った。ですよね? 桐ケ谷所長」
『むむ……』
得意げに、スピーカーマイクの向こう側で、ドヤ顔で暴露しようとしていたであろう桐ケ谷所長が、話の腰を真凛に折られて不服そうな声を漏らす。
「隣国海軍の侵攻⁉ ここ数年大人しかった隣国が、なぜ今……」
『奴らなりに、勝算があると見込んでの侵攻なのでしょうな~』
「奴らなりの……ですね」
敵国のあからさまな侵攻への疑問を呈する周防先輩に、桐ケ谷所長と真凛は、事の重大性には不似合いな、緊張感のない含み笑いで答える。
「沖縄は防衛拠点上、重要な場所だ。これは、第一次即応体制で俺たちも、軍属として前線に……」
事態の深刻さに周防先輩は、1人で盛り上がっているが、
『あ~、大丈夫大丈夫。奴ら、前回の反省を踏まえて、こちらの艦が軍港を出航する時間を与えずに攻め込めば行けるっしょとか思ってるんでしょうな~ 浅はかですな~』
「それについては同感ですね。奴ら、数年前にゴリゴリに海軍戦力を削られたトラウマをもう忘れてしまったんでしょうかね?」
『恐らく、速水殿の能力を過小評価しているんでしょうな~ ご愁傷様ですな~ ナモナモ』
桐ケ谷所長と真凛には、一つの緊張感も無い。
「火之浦。そちらで、何か情報を掴んでいるのか?」
『ちょっと、機密につき言えないです。けど、我々には神がついてますから』
「……どうした火之浦? 急に信心深くなって……街角で、変な宗教にでも勧誘されたか?」
『いえ、すいません。ただ、神様って本当にいたら、こんな感じなのかなって思っただけです』
「……?」
そう言って、何を意味した発言なのかさっぱり解らない周防先輩を置き去りに、琴美は口を噤んだ。
先程、仮の軍略上特記魂装能力者として認定されたことにより開示された国家機密について、琴美は頭の中で反芻していた。
(早く済ませてきちゃってよ、ユウ)
琴美は心の中で、届かない想いを虚空へぶつけた。
◇◇◇◆◇◇◇
【時は数刻遡る】
「久しぶりね、まどか」
周防兄妹と琴美をそれぞれの目的地に降ろした後、速水少尉は同期の友人を訪ねて陸軍知念分屯地を訪れていた。
分屯地の士官専用食堂で少し居心地悪く待っていた速水少尉に、気安い言葉がかけられる。
声を掛けられた方へ速水少尉が視線を向けると、よく日焼けしたショートカットの迷彩服を着た女性士官が手を振りながら、こちらに向かってくる。
「伊緒! 久しぶりです。何だか下の名前で呼ばれるの久しぶりすぎる……」
「社会人あるあるね。けど、その様子だと彼氏はいなさそうね。速水少尉」
「うるさいですよ的井少尉! まぁ、そのとおりですが……」
「ようこそ、知念の分屯地へ」
速水少尉は久しぶりに士官学校時代の同期である、的井伊緒のもとを訪ねて来ていた。
伊緒は勤務日だったため、昼休みの時間を見計らって駐屯地に来ていたのだ。
「伊緒は、この駐屯地には昨年度から配属でしたっけ?」
「そうだよ。マリンスポーツ三昧で最高」
そう言って、伊緒は迷彩服の袖を腕まくりする。
顔と手は焼けているのに、腕はそんなに日に焼けていないのは、マリンスーツを着ているからだろう。
「伊緒の肌を見れば解ります。士官学校の遠泳行事の時並みに日焼けしてますね……あ! そう言えば伊緒、何か良い日焼けの炎症止めを知らないですか?」
「日焼けの炎症止め? あ~、あるわよ。一般のドラッグストアには売ってないマリンスポーツ用のが。手持ちの1本あげるね。けど、まどかはそんな日焼けしてるように見えないけど?」
「ありがとう伊緒、助かります。いえ、引率している特別手間のかかる生徒が今、重い日焼けでダウンしているので」
伊緒のくれた日焼けの炎症止めの薬剤瓶を礼を言って、速水少尉はいそいそとカバンにしまい込んだ。
「そう言えば、今回は特務魂装学園の合宿の引率で来てるんだっけ? しかし、あのまどかが、教官か~」
「な、なんですか? ちゃんと先生やってますよ」
「ほんとに~?」
「これでも女性魂装教官として、生徒たちからキャーキャー言われてるんですから」
つい、同期の友人の前で見栄を張ってしまう速水少尉だったが、
「あ、目を逸らした。ホラだな。アンタは、ウソつくと解りやすいんだから」
「うぐ……」
何年も一緒に同じ釜の飯を食って寝起きを共にした伊緒少尉にはバレバレなようだ。
「でも、残念だったわね。この間、憧れの君と仕事が一緒になった! って、電子メッセージではしゃいでたのに、すぐに学園の教官へ異動だなんて」
「それは兼務という形になったので大丈夫です」
「兼務⁉ そりゃ大変ね。まぁ、でもまどかが魂装能力者として認められたって事だから、私も嬉しいな」
「まどか……」
「前は、いいように上層部に足としてこき使われてたから」
「あれは、しんどかったですね。アイツは実は高官の愛人なんだとか陰口を叩かれるし……」
「まどかの性癖知ってたら、脂っこい中年の相手なんてする訳ないって解るのにね」
「あの時は、本当に大々的に自分の嗜好を公開してやろうかと思っていました」
「それ、結局まどかが大ダメージじゃない」
手を叩いて伊緒少尉が笑う。
「上層部に囲われてたおかげで、卒業後は、まどかのように全国転勤することもなく統合幕僚本部勤めだったことだけが、強いてあげればメリットでしたかね」
速水少尉が遠い目をして、あの頃を思い出す。
「私は空挺団所属だからね。どうしても、こういう国境最前線に送られがちなのよ」
「まどかはやっぱり凄いです。士官でレンジャー徽章まで取って、空挺へ行くなんて。流石は我が代の首席です。望めば、統合幕僚本部でエリート街道だったでしょうに」
「私は統合幕僚本部勤めなんて性に合わないからさ。青空の下で汗と土に塗れるのが好きなのよ」
「伊緒も、私の性癖うんぬん言えない変態じゃないですか」
「アハハ! この仕事は、どこか頭のネジがぶっ飛んでる奴しか生き残れないからね!」
「そういえばマリンスポーツにハマってると言ってましたが、ダイビングは続けてないんですか?」
「海の方はともかく、空の方はそれが仕事になっちゃったからね。足が遠のいてるかな」
「アハハ! 趣味が仕事になっちゃった悲哀ですね。士官学校ダイビング部の主将の名が泣いてますよ。まぁ、私もダイビングはご無沙汰ですが」
速水少尉と伊緒が特に仲が良い同期なのは、1学年次に寄宿舎で同部屋であったことに加えて、部活動も一緒のダイビング部であったためだ。
2人が入部したダイビング部は、スキューバダイビングとスカイダイビングの両方が出来るとの触れ込みで、楽しそうだと思って2人仲良く入部したのだ。
とは言え、普段の平日の放課後はひたすら筋トレをさせられるので、何だか詐欺にあった気分だったものの、何やかんや居心地がよく、その後卒業までダイビング部に在籍し、伊緒に至っては主将まで務めた。
「何なら、まどかも1本飛んでいく? 今日は、午後から空軍との合同実地訓練だから」
「今日は休暇中なんですから、遠慮しておきます」
旧知の友人と話していると、あっという間に時間が過ぎる。
士官食堂の中は、いつしか座っている人もまばらになって来た。
「じゃあ、そろそろお暇しますね。伊緒、久しぶりに会えて話せて楽しかったです」
「私もよ。また、お互い生身で対面できるように努めましょ」
縁起でもない……と苦笑しながら、速水少尉は伊緒少尉の差し出してきた手を力強く握り返す。
こうして触れ合いを大切にするのは、次に会う時はどちらかが、或いは両方が冷たい石碑になってしまっているかもしれないので、しっかりとその熱を憶えておきたいという理由からだ。
(ガガピーッ!)
『第二空挺団、その場にて待て!』
昼休みの終わりを告げる予鈴が放送されるかと思われた食堂内のスピーカーから、努めて冷静な声がかかる。
速水少尉と伊緒少尉は、手を握り合ったままピタッ! と、その場で動きを人形のように止める。
『非常呼集! 直ちに持ち場につけ!』
敢えて一拍置いてから、指令が告げられる。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。御武運を」
伊緒は、先ほどまでの旧交を温めていた時の顔とは対照的に、軍人士官としての険しい顔で、配置場所へ駆け足で向かっていった。
「何だか、さっきのお別れの挨拶をしたのが変なフラグにならなければ良いのですが……」
図らずも、別れと再会を誓った直後に同期の友を見送る形になり、何だか安い戦争映画のシナリオの流れに乗っているようで、速水少尉は何だか嫌な予感がした。
(ブーッ! ブーッ!)
と、速水少尉のスマホにメッセージが届く。
その特有のバイブレーションパターンから、速水少尉は即座にスマホでメッセージを開き、内容を読み込む。
「……どうやら、一緒に飛ぶことになりそうですね、伊緒」
そう呟くと、速水少尉は非常呼集によりザワついている知念分屯地から、一瞬で忽然と消え失せた。
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