第64話 琴美の憂鬱
(ビイイィン!)
青い大海原と青い大空の下を、ジェットエンジンの軽快な音で駆け抜ける。
沖縄の海のクルージングは、魂装研究会の旅のしおりには全く企画されていなかった。
それは、如何に給料を貰っている身の上だとしても、クルージングの個人チャーターは少々お値段が張るからだ。
そういう意味では、タダで沖縄の海のクルージングを楽しめるのは役得と言えた。
まぁ、乗っている船がクルーザーではなく、軍用で灰色の艦艇で、機関銃などの物騒な武装アタッチメントがあることに目をつぶればだが……
「それで、火之浦。助けてもらってあれなんだが……どうしてお前が、軍用の最新鋭の無人水陸両用小型高速艇を操舵してるんだ?」
「火之浦先輩は実は海軍のお人だったんですか?」
『えっと……どこから説明したものか……』
艇についたスピーカーマイクに向かって訊ねる周防兄妹に、スピーカーの向こう側から琴美の困った声が届く。
『吾輩が説明しよう! 実は、火之浦氏は悪の組織に攫われて改造手術を』
「「チェンジで」」
『なぜゆえ⁉』
割り込んできた桐ケ谷ドクターが説明をしようとするが、周防兄妹は揃って語り部のチェンジを要求した。
『私の方から説明したげる』
すると、スピーカーの方から思いもかけない人物の声が聞こえた。
「その声、まさか名瀬か⁉ 何でここにお前がいるんだ⁉」
素っ頓狂な声を上げて、周防先輩が驚きを口にする。
沖縄という、学園から文字通り飛行機の距離ほど離れた場所で、しかも学園の生徒会副会長が軍用通信で呼びかけてくる。
訳が分からない状況だった。
『マイクの感度は良好なんでギャーギャー騒がないでくれますか~? 負け犬く~ん』
この、人を小馬鹿にした語り口はまさに名瀬副会長だった。
のだが……
『名瀬副会長、まだそのメスガキキャラ続けるんですか? 正直、私の前でそのキャラは最早、むずがゆくて辞めて欲しいんですけど』
『はい、申し訳ありません、ことっち!……じゃない、火之浦様!』
本当に一体、何があったんだ?
2学年で生徒会の先輩である名瀬副会長が、1学年の火之浦に様づけ?
『俺の方から説明する』
スピーカーから今度は男性の声がした。
『土門会長まで……もう、何が何なのやら……』
益々訳が分からないカオスな状況に、周防先輩はいくつも浮かんだ?(ハテナ)マークで頭がいっぱいになった。
◇◇◇◆◇◇◇
【時は数刻遡る】
「はぁ~ 気が重いな……」
国立沖縄魂装研究所の門の前で、思わず琴美は大きなため息をついた。
一昨日前に、全身を桐ケ谷所長に撫で回されたのは、まだ記憶に新しい。
本音を言うなら、もちろん琴美はここに再び来るのは嫌だったのだが……
『ちゃんと学園に依頼文は出したでござるよ~ はい、これ学園長名と公印の入った回答書の写しですぞ~』
電子メッセージに送られてきた添付文書は、確かに高見学園長名のものだった。
内容は、お役所文書の回りくどい物だったが、要は軍から給料を貰っている身として、火之浦二等兵は、魂装研究者として名高い桐ケ谷所長に出来る限りの協力をする事と書かれていた。
正式な学園長からの業務命令という事なので、琴美に拒否権はなかった。
「しかし、昨日の今日で回答文の返しが早過ぎる……事務官の名取さんが、きっと桐ケ谷所長に無茶振りさせられたんだろうな……」
生徒会役員として、学園の事務仕事の一部を担っている琴美は、無謀な期限で各方面にペコペコ頭を下げる羽目になった事務官の名取さんの事を思うと、他人事には感じられなかった。
「いらっしゃいやし~ 火之浦氏~」
研究所正門前の受付で用件を伝えて待っていると、直々に事の元凶がわざわざ迎えに来ていた。
「おはようございます、桐ケ谷所長。本日はよろしくお願いいたします」
今日は公務となるので、大佐で所属長である桐ケ谷所長に、琴美は表面上キチンと仕事用の態度を取る。
「火之浦氏と吾輩の間で、そういう堅苦しいのは抜きでござるよ~ さささ、ゆっくり休める所に行きましょうぞ」
ハァハァ鼻息荒く、琴美の肩に手を置きながら桐ケ谷所長がグイグイ来る。
「桐ケ谷所長、セクハラです」
「え~、名取氏。女同士なら、身体的接触はこれくらいセーフですぞ~。この間、読んだ少女漫画にも、そう描いてあったで御座候」
「仮にも所属の長が、少女漫画で労務管理を学ばないでください」
桐ケ谷所長の後ろに控えていた名取さんが、こめかみを抑えながらやんわりと、琴美から桐ケ谷所長を引き離してくれた。
「あーん、御無体な……あ、そう言えば名取氏。この間、送ったデートのお誘いのメッセージがまだ既読になってな」
「セクハラです、桐ケ谷所長」
「名取氏は恥ずかしがり屋さんなんだから。もぉ~♪」
この人のメンタルが馬鹿強い所は見習うべきなのだろうか?
琴美がそんな事を考えていると、
「そもそも、本日この時間は先に他の来客の予定があるのですから、所長室で待っていてくださいと朝一で伝えておいたでしょ」
「うおっと! そうじゃった! 火之浦氏が到着したと聞いて、居てもたってもいられなくて」
「も、申し訳ありません。予定の時刻より早く着いてしまって」
失礼のないようにと、アポイントの時間より少し早く来てしまったのが裏目に出てしまったかと、琴美は顔を青ざめさせる。
「いえ、火之浦さんは悪くありません。軍での5分前行動が徹底できていて、さすが琴美さんは模範的な学園生徒ですね。お迎えは私がする予定だったのを、これが勝手に所長室を飛び出していったのが悪いのです」
即座にフォローを琴美に入れる名取は流石は有能な事務官だ。
不安に思っていた琴美を落ち着かせて、すかさず称賛の言を入れて円滑に事を進めようとしている。
「ジト~ッ」
「なんです? 桐ケ谷所長」
「ジト~ッ」
「湿気でも感じてるんですか? 後で、押し入れ用の強力除湿剤を所長室に置いておきますね」
「違わい! 私の前で他の女子に優しくするとか、吾輩、思わず嫉妬しちゃうかな~なんて」
どうやら桐ケ谷所長は、嫉妬の眼差しの効果音をわざわざ口に出していたようだ。
「はい。では、火之浦さんは申し訳ありませんが、別の案内の者が来ましたらラボにて先約の用が終わるまでお待ちください」
「は、はい」
「おい、無視すんなし~‼ 名取氏~」
「先方をお待たせしているのですから早く行きますよ桐ケ谷所長」
所長の白衣の首根っこをつかんでズルズル引きずっていく名取さんとを引きずられていく桐ケ谷所長を見て、琴美は息の合った夫婦漫才だなと思いつつ、
「大人の恋愛ってこんなんなの?」
とも思ったのであった。
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