第6話 ご相伴
「うおおおおぉぉぉん! よく帰って来たなユウちゃん!」
「お父さん。それ、何本目のビールですか? ちょっとピッチ早すぎなんじゃ……」
「こんなめでてぇ日に、飲まずにいられるかってんでぃ!」
ミーナの親父さんである悟志さんが泣きながら、江戸っ子みたいな口調で、酒をカパカパ飲んでいる。
ミーナの親父さんて、こんな泣き上戸だったっけ?
「そんな飲んでると奥さんのミリアさんに怒られ……」
「うおおおおぉぉぉん! ユウちゃんが帰って来てくれて本当に良かったよぉぉぉぉ‼」
って、こっちもかよ……
駄目だ、この場にブレーキ役の人なんて一人もいない。
あの後、ミーナに連れられて虎咆家に連れて行かれ、夕飯のご相伴にあずかっている。
俺は、色々と諦めて目の前の料理を口に運ぶ。
根菜の煮物だ、美味い。
「あ、それ私が作った煮物だよ。ど、どうかな?」
隣の席に座ったミーナがもじもじしながら、俺の感想を待っていた
「戦場では何年も口に出来なかった味だ……美味しいよ」
「良かった」
ミーナは嬉しそうに微笑んだ。実際、めちゃくちゃ美味い。
今、俺はミーナの家で夕飯を御馳走になっている。
今日はただの平日だし、急に押しかけたので、作り置きの総菜しかないとミーナの母であるミリアさんは恐縮していたが、逆に俺にとってはこういう手作りの料理の方が、久しく味わっていないため、嬉しかった。
「ユウちゃん、ユウちゃん。ミーナはね、料理もそうだけど、頑張ってたんだぞ」
完全に出来上がっている悟志さんが、酔っ払い丸出しで俺に絡んでくる。
明日も平日なのに、この人、明日ちゃんと仕事に行けるのだろうか?
「はい。うちの家の掃除もしてくれてたみたいで、本当に感謝しています」
「そうじゃなくてなユウちゃん。ユウちゃんが軍の研究所に連れていかれてからな」
「けんきゅ……? ああ、ハイハイ」
帰宅にあたって、軍の上層部から直々にレクチャーを受けたのだが、俺のご近所さん等の周囲には、俺が魂装能力に目覚めたので軍の研究所に協力しているという事になっていると教えられたな。
実際は、無機質な研究所ではなく、緑あふれるジャングルなどの過酷な戦場の最前線に投入されていたんだけど。
「ミーナはユウちゃんを取り戻すんだ! って、軍の基地に乗り込もうとしたんだ」
「ちょっと、お父さん! 私の恥ずかしい昔話するのやめてよ!」
ミーナは椅子から立ち上がって慌てて止めに入るが、酔っ払いにそんな声は届きはしない。
「あの頃は、まだ色々と国内も余裕のない時期だったから、軍の基地に乗り込む寸前でミーナを止めれて、本当に良かったわね~」
しみじみと杯を傾けながら、ミーナの母のミリアさんも当時を懐かしみながら呟く。
俺が徴兵された直後なら、まだ日本が世界大戦で負け続けで、国内がドンヨリ暗い時期だったからな。
軍も余裕が無かった頃だろうから、小学生女子の子供相手だって、軍を直接批判するような行動に対して容赦しなかったかもしれない。
「私たちに止められて、ミーナは、ユウちゃんを助けられなかったって泣いて泣いて、泣き続けてな」
「ミーナ、そんなに俺のことを心配して……」
「お、幼馴染なんだから、心配するのは当然だし……」
ミーナは、そっぽを向いて顔を見せようとしなかったが、耳だけは真っ赤っかなのは見て取れた。
「それだけじゃない! それだけじゃないぞ~ ユウちゃん。この子は、有名なあの学園に通ってるんだ」
「有名な学園……? すいません。俺、高校の名前はさっぱり知らなくて」
酔っ払い特有の脈絡のない話題転換に、俺は適当に相槌を返す。
どうやら、戦場でも平和な場所でも、酔っ払いの性質に変わりはないようだ。
「やだお父さん。日本に帰って来たばかりのユウちゃんは、そんな略称じゃ解らないわよ。ちゃんと正式名称で言わないと。ええと……なんだっけミーナ?」
「お母さんも飲みすぎ……特務魂装学園よ」
「ブフッ‼」
「ど、どうしたの⁉ ユウくん大丈夫?」
「だ、大丈夫。その特務魂装学園って、魂装の資質がある子たちが選抜された学校のこと? ミーナに魂装能力が発現してたの⁉」
「ユウくんは、軍にいるだから正式名称の方がピンと来たのね。そうよ。私も魂装の資質があって、4月から2学年になるの。これでも学年ではトップクラスの成績なんだよ」
エッヘン! と、得意げなミーナ。
そう言えば、ミーナは幼馴染だけど1学年年上なんだよな。
「ユウちゃんを助けられなかったって家の中で泣き続けていたら、突然すごい衝撃が我が家を襲ってな」
「あの時は、家がハリケーンにでも飛ばされたのかと思ったわ」
聞いた限りだと、ミーナの魂装能力はどうやら攻撃系統のようだな。
それにしても、まさか俺とお別れした後に、ミーナに魂装能力が発現していたとは……
「実は、俺も4月から、その学校に配ぞ……通う事になったんだ」
「え⁉ ユウくんも学園に通うの⁉」
ミーナが、勢いよく俺に振り返って問いかける。
とても喜んでいることが、声の弾み具合からも良く解った。
「そうか、そうか! ユウちゃんは4月からミーナの後輩になるのか」
「じゃあ、ユウちゃんは学校では、ミーナの事を『ミーナ先輩』って呼ぶのね」
お母さんのミリアさんが、お酒の缶を傾けながら、娘であるミーナを茶化す。
それを受けてミーナは、
「ミーナ先輩……良い響き」
駄目だ。
完全に別の世界へ行っちまった。
「入学式まで、もうそんな日がないよな? ユウちゃん、制服は用意できたのか?」
「いえ、まだ……」
「あ、さてはお金のことを心配しているんだな? よしっ! ここはお父さんのヘソクリでユウちゃんの制服を仕立ててやろう!」
「きゃ~、お父さん太っ腹~! 流石、私が愛した人~!」
「だろ~? 俺もやる時はやるんだよ。そうとなっては善は急げだ。あ、もしもし? 制服の仕立てなんですが、なる早で空いてる日はありますか?」
ミリアさんの入れたヨイショの声に悟志さんが気を良くしたのか、はたまた酔っ払っている時の謎のフットワークの軽さによるものなのか、あれよあれよと俺の制服を仕立てる算段が進められてしまう。
「ちょ……悪いですよそんな」
「子供が遠慮するな!」
「そうよユウちゃん」
多分、制服は入学前に軍側で用意された物が届くと思われるので、正直わざわざ買ってもらう必要は無いと思うのだが、今の酔っ払い2人を上手く説得する理由も思いつかない。
なお、ミーナは
「ミーナせぇ~んぱい♪ ミーナ先輩、今だけは、後輩じゃなくてただの男と女だから……ウへへ……ユウくんとまた、同じ学校……」
と、妄想の世界へ意識を飛ばしていたため、何の役にも立たなかった。
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