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第59話 想い出の味

「はむっ……美味しい~~ 幸せ~」


俺の横で、ミーナが焚火で炙られた焼きマシュマロを口に入れ、頬を抑えて恍惚の声を上げる。


 幸せそうなミーナの顔を見て、作ったこちら側としても、思わず頬がほころぶ。


「ありがとねミーナ」


「え?」

「俺を沖縄旅行に連れて来てくれて。ミーナのおかげで、俺は今、凄い楽しい」


 ちょっと普段だと面と向かって言うには気恥ずかしい感謝の言葉も、焚火の明りだけが頼りの中なら、不思議と言葉として発することが出来る。


「ふふっ……それなら、テスト勉強そっちのけで頑張って旅の企画を練った甲斐があったよ」


「テストは大丈夫だったの?」

「平気、平気。授業は普段からちゃんと理解してるから、まぁ以前ほど熱は入れなかったから順位は下げてるだろうけど」


「それ大丈夫じゃないんじゃ……ミーナって学年筆頭で、成績もトップクラスだったんでしょ?」


 あっけらかんと言うミーナに、俺は当惑した声で聞き返す。


 途中から琴美が補助に入ったとはいえ、このペンションを予約したりレンタカーの手配準備や旅程のコースを考えたりと、ほとんどミーナ1人で企画と当日の運営をした訳で、かなり負担をかけてしまっていたという事に、今更ながら気付く。


「私ね。1学年の終わりまでは、とにかくガムシャラに頑張ってたんだ。中学生になって、自分に魂装能力の素質があるって解ってからは、それこそお父さんお母さんに心配されちゃうくらい。実際、何度かオーバーワークで倒れたりしてた」


「それじゃあ、学園での成績はミーナにとって重要なんじゃ……」


「私にとって学園での成績は、軍の中枢に食い込むための手段でしかなかったの。私の目的は、ユウ君を救いたかったからだったから」


「……俺を?」


「いつもの学校の帰り道で、ユウ君が突然、軍の奴らにさらわれた時に、無力で泣きわめく事しかできなかった自分が許せなかったから」


 そう言って、ミーナは横にいる俺のTシャツの袖をギュッと掴んだ。

 まるで、そこに俺がちゃんと存在することを噛み締めるかのように。


「そんな……ミーナは当時、ただの小学生だったじゃない」

「あの時の事は、何度も夢に見たんだ。その度に、当時の怒りを思い出して頑張った。その結果が、今の2学年筆頭の地位だね」


「そうだったんだ……俺と関わったばかりにミーナは……」


 俺との別れの瞬間を目の当たりにしたことが、その後のミーナの数年間を歪めてしまったのか……


 もし、ミーナの目の前でない別の場所で拉致されたなら。

そもそも、俺がミーナと仲が良くなければ。


或いはミーナもこの道を選ばなかったんじゃないか。


「ユウ君、今わたしに対して申し訳ないって思ってるでしょ? それはお門違いだから止めてよね。悪いのは軍の上の奴らなんだから」


 俺の考えている事なんてお見通しとばかりに、ミーナが笑って見せる。


「そりゃそうだけどさ……」

「私こそ、さっきユウ君が言ったように、今は毎日が楽しいんだよ。ユウ君が隣にいてくれて」


ミーナが頭を俺の肩に預ける。

 肩のあたりが熱く感じるのは、焚火のせいではないだろう。


 俺は無言で、反対側の手に持った火ばさみで焚火の山を少し崩す。

 別に日が弱まったりしていないので、まったくやる必要のない作業なのだが。


「一緒にいられなかった空白の5年間はもう戻ってこないよ。久しぶりに会ったユウ君は、こんなにたくましくなっちゃってたし。でも、それを嘆くより今のユウ君を楽しみたいし」


 おどけたように、俺の肩にミーナがもたげた頭をグリグリした。

 フワリと髪の毛から良い匂いが鼻腔に届き刺激される。


「身体はね……中身はガキのままさ」


「そこが不思議なんだよね。ユウ君は大人に囲まれてずっと過ごしてきて、少将さんなんて偉い地位にも就いてるのに、自由気ままっていうか」


「でしょ? ガキに少将なんて権力持たせるからだよね~」


「けど、何だかユウ君は、わざと意識的にそう振舞ってるように見えるんだよね」


 パチッ! と焚火が弾ける。

 薪に何か水分が含まれていたのだろうか。


「……鋭いねミーナ。流石は幼馴染のお姉さんだな~」


「最初は、軍での生活で鍛えられて強くなったから余裕を持って振舞ってるんだと思ったんだ。けど、最近は何か理由があるんじゃないかなって思って」


「…………」


 俺は、ミーナの顔を見ることが出来ず、しばし焚火の火を見つめる。

ミーナも俺に付き合って、同じく焚火をしばし見つめる。


 焚火の火は、ユラユラと常に変化し続ける。

 その移ろいでいく様をただボーッと眺める。


 人間もこの焚火と一緒だ。


 常に変化し続ける。

 昨日と今日の自分は違うのだ。


 じゃあ明日は……


「何がユウ君の胸につかえているのかは解らないけど……」


 ミーナが俺の目を真っすぐに見つめる。


「私は絶対に最後まで、ユウ君の隣にいるから」


 決意のこもった真っすぐなミーナの碧眼の瞳を、俺も見つめ返す。


 「絶対」と「最後」。


ミーナの決意が本気なんだなという事が、これ以上言葉を介さずとも、見つめ合うことで解った。


「あ……焼きマシュマロ冷めちゃったね。も、もう一回炙ろっと……こんな感じかな~?」


 先に見つめ合うのに耐えられなくなったのはミーナの方だった。

 照れ隠しなのか、手に持っていマシュマロ串を焚火に近づけて炙りだした。


「ミーナ」


「ん? なにユウく……んむ!」


 俺はミーナの肩をつかんで、やや強引に自分の方に引き寄せて、ミーナの顔に自分の顔を近づけると、腕の中に抱いたミーナの身体が瞬間、強張ったのを感じた。


 そろそろ日をまたぐ時刻だろうか。


 夜の闇に、薪が小さく爆ぜるパチパチ! という音だけが微かに響く中、焚火の前にいる2人の時だけが止まったようだ。


俺は唇に伝わる柔らかな感触に浸る。


「思ったより柔らかいね」


 むしゃりと齧った焼きマシュマロの甘さが口の中いっぱいに広がる。


「あ……う……そっち……?」


 ミーナの顔が真っ赤になる。


 肩透かしをくらったという感じで、一気に身体から力がヘナヘナと俺の腕の中で脱力する。


「そっちって?」

「それは……/// う~~何でもない!」


 そう言って、ミーナは俺に残りの焼きマシュマロを俺の唇に押し当てた。


「ちょっ! ミーナ、串がついてるんだから危ないよ」

「うるさい! 乙女の心をもてあそんだ罰ですぅ!」


 まだ紅潮した顔のままのミーナが、ポカポカと俺の胸元をグーで叩く。


 その叩く力は弱々しかったのでノーダメージだった。



「何やら楽しそうなことをやってらっしゃいますね」

「うひゃ!」


 リビングの方から声がして、パッ! とミーナが俺の腕の中から飛びのく。


「ま、真凛ちゃん。起きてたの⁉」


「トイレに起きたら虎咆先輩がベッドにいらっしゃらなかったので、てっきり神谷先輩のところに夜這いに行っているかと思ったんですが」


 そう言いながら、真凛ちゃんがレース地のナイトガウンを羽織りながらウッドデッキに出てきた。


 相変わらず中学生には見えない隙の無さだな。


「な……夜這いだなんて、そんな……」

「まぁ、そんなお可愛い健全パジャマだから、そんな訳ないと思ってましたけどね」


 真凛ちゃんに小馬鹿にされたミーナだが、実際、真凛ちゃんの女を前面に出した寝間着姿の前に何も言い返せないでいる。


 この格好の真凛ちゃんと同衾して寝てるんだよな? 周防先輩の奴。


 よく理性がもつな。


「真凛ちゃん、よくミーナのこと挑発するよね」


 俺は、言外に非難のニュアンスを混ぜて真凛ちゃんを諌めると、


「あら、俺の女をいじめるなってことですか? 失礼しました、以後気を付けます」


 おどけつつも、真凛ちゃんはしっかりこちらの意図を汲んだ返しをする。


 表面上は。


『とは言え、これは貴方のためでもあるのですよ。まぁ、一番は私とお兄ちゃんのいるこの世界を終わらせたくはないからですが。あ、でも終末世界でお兄ちゃんと2人きりのアダムとイブになるのもありかもしれませんね』


『…………』


 エスピオを介した真凛ちゃんの内心への語り掛けについては無視した。


 後半はヤバめな妄想というのもあるが、前半部分についても、俺は答えを今のところ持ち合わせていないのだから。


「ほら、真凛ちゃんも焼きマシュマロ食べるか?」


「いただきます。育ち盛りには栄養が足りてませんから」


 真凛ちゃんが、椅子を焚火の所に持って来て座り、俺からマシュマロの刺さった鉄串を受け取る。


 内心での事はお互い無かったことのように。



「なんだ、真凛がベッドにいないと思ったらこんな所にいたのか」


「あ、お兄ちゃん。お兄ちゃんも神谷先輩の焼きマシュマロ食べる? 美味しいよ」


 いい具合に溶けたマシュマロをミョ~ンと伸ばしながら、真凛ちゃんが起きてきた周防先輩を誘う。


「もう遅い時間だから、子供は寝なさい」


「私、もう子供じゃないよ。さっきベッドでお兄ちゃんにじっくり確認してもらったでしょ?」



「「⁉」」



 俺とミーナに雷撃のような衝撃が走る。


「うそ……周防先輩とうとう……」


「真凛ちゃん! ちょっと、今度、女子会で感想聞かせて‼」


 俺とミーナが驚愕の声を上げるが、


「なんの話だ? 俺に抱き着いてきた真凛を抱きしめ返した時に、背丈が大人になったなと俺がしみじみ言ったのを拡大解釈し過ぎだ真凛。そう言った誤解を招く文章は、入試の時に大幅減点されるから気をつけろよ真凛」


 と、こんな時でもバカ真面目な周防先輩に即座に否定される。


 ううむ……ツッコミどころは幾つかあるが、とりあえず周防先輩の貞操は無事なようだ。


「何ですか、皆さん真夜中に騒がしい……」

「ありゃ、琴美も起こしちゃったか」


 パジャマでチュウスケを抱えながら、眠い目を擦りつつ琴美もウッドデッキに出てきた。


「この人数になると、焼きマシュマロだけだと、ちょっと物足りないね」


 急なゲストたちの追加登場に、俺は慌てて鉄串にマシュマロを刺していくが、この人数では足らなそうだ。


「いっそ、外に食べに行っちゃう? 沖縄だと深夜にステーキを食べるのが文化なんでしょ?」


ミーナがワクワクした顔で、今思いついた深夜の脱走計画を披露する。


「こんな深夜に未成年で出歩いていると補導されるぞ」

「なによ。アンタは、相変わらず頭が固いわね」


 即座に計画を周防先輩に否定されて、ぶすくれるミーナ。


 っていうか、夕飯にバーベキューを食べた後に夜食でステーキって、さすがに高校生の胃袋でも重いのでは?


「そう言えば、速水先生が飲んだ翌日に食べたいからと、スーパーで買ったカップ麺のソーキそばがありましたね」


「「「「それだ!」」」」


 思い出したように言った真凛ちゃんの示した選択肢に、他の皆が即座に「それ正解!」とばかりに同意する。


 バーベキューで少し疲れた胃に、夏とは言え少し肌寒くなった屋外、何故か外で食べると美味さが倍増する温かい汁物。


 想像しただけで、お腹がクゥッ! と鳴った。


「けど、一応、速水先生が買った物ですから、本人にことわらずに勝手に食べていいのでしょうか?」


「私が起き出た時には速水先生ならグースカ寝てましたよ……ふわぁ」


 まだ少し眠そうな琴美から、敵は目下深い眠りの中だと情報がもたらされる。


「あの年増、よく見たらカップソーキそば5個も買ってるじゃない。微妙に全員分に足りない分を買ってる所が腹立つわね」


 ミーナがスーパーの買い物袋からカップ麺を取り出しながら、悪態をつく。


 きっと、日頃、年増年増言ってるミーナにはあげないつもりで、この個数にしたんだろうな。


「明日の朝になったらご馳走様でしたって速水先生に言おうか」


 もう、胃袋がカップ麺モードになってしまってるんだから、これをお預けにして寝るだなんて選択肢はどちらにせよ俺たちには無かった。


 結局、焚火で沸かしたお湯で俺たちは、綺麗にカップ麺をたいらげた。


 旅行では、色々と名物料理を食べて、どれも美味しかった。


けど、深夜に大人が居ないウッドデッキの焚火の前で、みんなと語らい合いながら食したこのカップ麺の味は、一生の想い出の味となった。


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長編連載継続の原動力になっております。

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