第58話 焚火の前で2人きり
「到着~~」
「疲れた~~~~」
海でたっぷり遊んだ後、俺たちは宿泊先のペンションに戻って来た。
「ほら、帰って早々寝そべるな。スーパーで買って来た食材を冷蔵庫に入れるぞ」
几帳面な周防先輩の声が、ソファや床に寝そべった俺たちに降り注ぐ。
海で1日遊んだ疲労感で、このまま直ぐにでも寝てしまえそうだが、今日はまだまだ楽しいイベントがある。
「よしっ! バーベキュー用の炭起こししようか。炭壺は無いから、バーベキューグリルで直接火起こしかな」
「じゃあ炭係はユウ君お願いね。私は食材切るから」
身体は重いけど、まだまだ今日を楽しみたいと俺たちは直ぐに立ち上がった。
「なんだか、神谷先輩と虎咆先輩、手慣れてますね」
「よくミーナの家でバーベキューしてたしね」
バーベキューの時の炭起こしは、男衆の仕事だったから、ミーナのお父さんの悟志さんや父さんがやっているのを横で見ながら、よく俺も手伝っていた。
この、火を育てる感じが俺は結構好きだ。
なので、戦場で飯盒炊飯する時も率先してやっていたのだが、階級が上がると、そんな下働きはやらせてもらえなくなってしまったので、正直ちょっとテンションが上がっている。
そんなこんなで、俺が炭の着火具合や火加減を火吹き棒で調整したり、炭の位置を調整して強火と弱火のエリアを作ったりして自己満足に浸っていたら、どうやらバーベキューの食材も準備が出来たようだ。
「じゃあ、部長。乾杯の音頭お願いします」
準備が整ったところで、合宿幹事のミーナが俺に乾杯の音頭を促す。
「はいは~い。じゃあ、魂装研究会 合宿2日目の夜も楽しもう! 乾杯~~!」
「「「「「かんぱ~~~い!」」」」」
挨拶は手短にして、バーベキューが開始される。
「ほい、この肉焼けたよ。あ、焼けたお肉を取る時は自分の箸を使ってね。トングは生肉掴んでるからね。あ、このバゲットはまだ裏面焼いてないから待ってね」
ほぼトングを占有しつつ、バーベキュー奉行と化す俺。
「お肉美味しい~~!」
「あ! それ、俺がミーナたちにお詫びで買ってもらった、高い霜降り肉! こっそり網の隅で育ててたのに!」
「バーベキューの網の上に国境なんてないんだよ~ユウ君」
「豚肉も良いの買ったし美味しいね」
ミーナも琴美も、次々にお肉を平らげていく。
まぁ、みんな力いっぱいビーチバレーで身体を動かしたから、そりゃお腹空いてるよね。
「ちくしょう……焼き役だと不利だ……」
「別に誰に頼まれた訳でもないのに、焼き役やってるからだ」
「お肉美味しいね、お兄ちゃん」
だって、炭の火加減も見なきゃだから、俺が焼き役やるのが効率いんだもん。
「はい、ユウの分のお肉、取り置いておいたよ」
「サンキュー琴美。お、アヒージョもバゲットもいい感じになった。食べて食べて」
先程からアヒージョのにんにくの匂いが漂っていたので、皆こぞって手が伸びる。
マッシュルームと燻製カキのアヒージョはあっという間に売れていく。
「これ美味しい……これで一緒にあれが飲めれば……」
速水さんがチラチラッとバゲットを片手に俺の方を見てくる。
「はいはい。ビールどうぞ速水さん。今日も運転お疲れ様でした」
先程のスーパーでの買い出しの際に、速水さんこっそりビール缶6本をカゴに入れてたもんね。
昨夜の速水さんの醜態は記憶に新しいが、まぁこの料理のメニューでお酒無しっていうのも酷だろう。
「ああ……ユウ様が注いでくれた沖縄ビール美味しい」
クリアカップに注がれた沖縄ご当地ビールを、速水さんは美味しそうに飲みほす。
「今日は飲み過ぎないでよ速水センセ」
気持ちよく快哉を上げる速水さんに、ミーナが意地悪な笑顔でチクッと釘を刺す。
「う……解ってますよ」
まぁ、今日は昨日の桐ケ谷ドクターとの酒盛りみたいに、泡盛みたいなアルコール度数の高いお酒は無いし大丈夫だろ。
「ほんと、この人は何度醜態を晒せば気が済むのかしら……」
ミーナの氷のような蔑みのボヤキが響く。
「でへへ……今日は酔ってないでふよ……わたし……」
リビングの床に転がっている物体はこのように申し開きをしているが、床でグニャグニャになっている姿を見るに、一切の説得力はなかった。
「速水さんって、お酒に弱いのかな?」
「流石に連日だと、こちらもフォローするのがきつくなってきたぞ……」
「疲れていると酔いが回りやすいらしいよ、お兄ちゃん。きっと日中のビーチバレーが原因なんじゃないかな」
「お酒こわい……」
最早、生きた負の教材として、生徒たちに活用されている速水さんだが、一応フォローしておくと、今日の酔い具合は昨夜の寝ゲロによる窒息を心配する程ではない。
……これ、フォローになってるかな?
「仕方ないわね、寝室に運ぶわよ。琴美、真凛ちゃん手伝って」
ミーナが女性陣に声を掛けて、へべれけな速水さんの腕を肩に担ぐ。
「重いようなら、俺と周防先輩で運ぼうか?」
「昨夜ほどは酩酊してないから、両肩抱えれば歩けるでしょ。ほら、早く立つ!」
何やかんや世話焼きなミーナが、速水さんのケツを叩いて立ち上がらせる。
もう片側の腕は、身長差の関係で真凛ちゃんが肩に担ぎ、琴美が補助という形で速水さんは女性陣の部屋に運ばれて行った。
「さて、じゃあこっちはバーベキューの後片付けしとこうか」
よっこらせと、俺はテーブルの紙皿や空きコップを集めるためのボリ袋をバサッと広げると、
「お前は先に休んでて良いぞ」
周防先輩が、俺からポリ袋を取り上げて、代わりにゴミを集め出した。
「え、いいの? 周防先輩」
「お前は炭起こしから、焼き役までやってくれてたからな」
「や……優しい、周防先輩。真凛ちゃんが惚れるのも解るわ~」
「真凛と俺は実の兄妹なんだから、変なこと言うな」
やっぱ、そこのボーダーはしっかり守ってるんだな周防先輩。
少なくとも、第三者に向けては。
まぁ、他人の内心なんて解んないけど。
「じゃあ、お言葉に甘えて先に休ませてもらうよ」
バーベキューの網とか洗うの重労働なんだよね。ありがたい。
ずっと炭火の前にいたから、全身が炭火で燻されているので、まずはシャワーだなと思いながら、俺は自分の部屋へ戻った。
◇◇◇◆◇◇◇
「うむ……あれ、いつの間にか寝ちゃってたか……」
俺は、ペンションのシングルルームのベッドの上で、目が覚める。
シャワーを浴びてちょっと横になるつもりが、涅槃の世界に連れて行かれていたようだ。
電気を点けたままだったので、その明るさで目が覚めたようだ。
「時間は……もう23時過ぎか」
喉が渇いたので、リビングの方に飲み物を取りに行く。
リビングにはすでに人の気配はない。
皆、昼間にビーチで力一杯遊んだためか、今日も就寝は早めだったようだ。
「ええっと、紙コップはどこかな……」
冷蔵庫から出した2Lペットボトルからミネラルウォーターを注ごうと、ガサゴソと紙コップを探していると、
(カチャッ)
と、ドアがそろりと開く音がした。
「あ、ユウ君だったんだ」
「ごめん。ミーナ、起こしちゃった?」
ミーナが女性陣の寝室から寝間着姿で出てきた。
光沢のある黒色のサテンシャツにショートパンツで、銀髪をシュシュで束ねたいつもの寝巻姿だ。
「ううん。何だか暑くて寝付けなくてベッドの中でゴロゴロしてたの」
そう言って、ミーナはソファに腰を下ろす。
「ミーナも、水飲む?」
「うん、ありがと。ちょうど、喉が渇いてたんだ」
紙コップに注いだ水を、ミーナが美味しそうに飲み干す。
「リビングで話してると他の皆も起こしちゃうかもだから、あっちで話さない?」
俺はそう言って、ウッドデッキを指さして、ミーナを誘う。
「うん。あ、ウッドデッキにある間接照明点けようか?」
「いや、それだと虫が寄って来ちゃうからこっちにしよう」
俺はウッドデッキの上でいそいそと準備する。
実は、やりたいことがあったのだ。
「何してるの? ユウ君」
「ん? いいこと」
焚火シートの上に焚火台を設置し、バーベキューで使った炭でよさげな物を火種として焚火台の中央に置く。
火吹き棒で、一見燃え尽きたかに見えた白っぽい炭に空気を送り込むと、炭が再び赤みと熱を蘇らせる。
そこに、薪を細いものから順に積み上げていくと、
「わぁ……焚火だ!」
ミーナが感嘆の声をあげる。
自宅でもバーベキューは出来るけど、焚火はなかなか難しいからな。
周りに他の家や宿が無いペンションだから出来ることだ。
「んで、焚火のお供はこれ」
そう言って、俺はガサッ! と白い物体が詰まった大袋を取り出した。
「焼きマシュマロ~! 乙女が深夜に絶対食べちゃいけないカロリー爆弾~!」
「じゃあ止めとく?」
「見せつけておいて、取り上げるなんてイジワルだよユウ君~ 食べる♪」
身もだえつつも、背徳の味に魅了されたミーナは、誘惑には勝てなかったようだ。
ちなみに作中のバーベキューのメニューは、一昨日前に作者がキャンプ旅行で作った料理です。
めっちゃ雨だったけどね……。
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