表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/135

第55話 鎮魂とヒロイズム

「いや~、青い海に白い砂浜を見ながら食べるお洒落なカフェプレートの朝食は最高ですね」


 浜辺のカフェで、屋外のテラス席に座って食べる朝食プレートは確かに最高だった。


 今日も天気は快晴で、朝ごはんの時間なので、まだ暑さも厳しくなく、海風が心地よい。


「昨夜あんな醜態を晒したのに、よくそんなはしゃげるわね速水セ・ン・セ」


 夏の沖縄の砂浜にはそぐわない、氷のような蔑みの目でミーナが見つめながら、直球の嫌味の言葉が速水先生に投げつけられる。


ひらにご容赦いただきたく……ここの朝食代は私が奢りますから何卒……」


 お洒落なカフェのテラス席で速水さんが皆に平謝りする。


 なお、昨夜は懸念された最悪の粗相は起きなかったようである。


 また、速水さんにまだ酒が残っていて、飲酒運転になってしまうとの新たな懸念が勃発したが、レンタカー備え付けの呼気アルコール検知器でもセーフの値だったため、胸をなでおろした次第である。


「まったく……連日、冷や冷やさせて」


 旅行幹事のミーナがボヤきつつ、カフェプレートのサラダをフォークでつつく。


「まぁ良いじゃない、問題なかったんだし。それよりこの後の予定は? ミーナ」


 今日も速水さんにはドライバーとして頑張ってもらわなきゃいけないので、ここはフォローとして、俺は話題転換を図る。


「朝食の後は沖縄戦没者慰霊公園へ慰霊だね」


「道中で、お花屋さんで供花を買わないとだね。速水先生、道中に良さそうな花屋さんがあるか調べてみてください」


「は、はい!」


 失った信頼を取り戻すため、速水さんは勇んでスマホのマップで生花店を探し出した。




 照りつける太陽。

 空の青さと、青々と茂った芝の緑、白い入道雲。


 そんな自然のコントラスト鮮やかな風景に並ぶ、灰色の石碑。


 数十年間の平和の後、再び起きてしまった大戦のために新たに作られた鎮魂の場。


 ここは、軍人、民間人、国籍問わず、把握できた大戦で亡くなった全ての人の名前が刻まれている。


 そうすると、当然ここには……


「馬場准将、児玉大佐……お! 亀山大尉も忘れてないですよ。お久しぶりです。みんな、あの時よりも偉くなっちゃって、まぁ……」


 かなり新し目な石碑に刻銘された名前の中から、戦場で世話になった人たちの名前を見つけて、花を供えながら語り掛ける。


 ここに彼らの遺骨や魂が眠っている訳ではない。

 それでも、『ここでまた会おう』が戦地にいた俺たちの合言葉だった。


 『1人1人、墓参りしてたんじゃ、とても時間とお財布がもたないからな』と笑い合いながら。


「ユウ様も戦友に挨拶は出来ましたか?」


 石碑の前にあぐをかいている俺の後ろに、速水さんが立つ。


「うん。速水さんも同期の人に?」


「はい。士官学校と幹部学校で数年間同じ釜の飯を食べた友人たちです。最近は、同期会でもしんみりする時間の方が増えました」


 空を見上げる速水さんに釣られて、俺も空を眺める。


「けど、しんみりしてるだけだと、あの人たちに怒られるね」


「そうですね。いつ死ぬか解らない仕事なんだから、精一杯今を楽しめが合言葉でしたね。だから、士官学校時代にはよく休暇中に羽目を外し過ぎて、反省文を書かされたり外出禁止処分を食らってました」


「ま、昨日の乱れっぷりを見たら、そうだろ~なって感じだね」

「それは忘れてください……」


 辛い訓練時期を共に乗り越えた同期との関係は一生続くと聞く。


 ただ、俺はガキの頃に強制徴兵されて直で現場に放り込まれたから、訓練学校での同期といったものがいない。


 ちょっと速水さんが羨ましくも思う。


「それじゃあ、戻ろうか。皆が待ってる」

「待っている人がいるって言うのは幸せですね」


「……そうだね」

「それでは、戻りましょう。皆のもとへ」


先に立ち上がった速水さんの後ろを、俺は一拍置いて立ち上がりついて行った。




◇◇◇◆◇◇◇




「ありがとう、皆。結構、長い時間待たせちゃったでしょ」


 次の目的地へ向けて走り出した車内で、俺は皆に礼を言った。


「ユウの奢りのジュースを飲みながら待ってたから大丈夫だよ」


 皆で慰霊の塔へ花を供えた後、琴美たちには、慰霊公園の喫茶コーナーで待たせる間のために、適当に自動販売機でジュースを買って渡していたのだ。


「暑い中待たされたから、塩バニラソフトクリームも食べちゃいました、お兄ちゃんが買ってくれたんですよ♪」

「こら、真凛。あそこには、神谷や速水先生の知り合いが多くいらしたんだ。積もる話もあっただろ」


 真凛ちゃんの俺への嫌味を、兄の周防先輩がたしなめる。

 微妙に気の利かない俺のフォローを周防先輩がしてくれていたようだ。


「は~い、お兄ちゃん。それにしても、よくミーナ先輩が速水先生と2人きりでいるのを許しましたよね~」


 お兄ちゃんにたしなめられた真凛ちゃんは、話題転換のため、ニヤニヤとしながら車の3列目シートに座るミーナへ話を差し向ける。


「……私だって、さすがに英霊の前で痴話げんかをしたくなかっただけよ」


 外の流れる景色を車窓から眺めながら、ミーナがぶすっとした顔で真凛ちゃんの問いに答える。


「俺たちじゃ、戦友を失った2人の気持ちの想像は出来ても、共感はしてあげられないしな……」


「いいんだよ、周防先輩。こういうシチュエーションってハードボイルドで格好いいとか思うかもしれないけど、実際やってみたらクソだよ、こんなもん。ただただ悲しいだけだ」


「神谷……」


 吐き捨てるように言った俺の言に、周防先輩は二の句を告げずに居られる。


 英霊は、こっちになんて来てほしくないのだから、安いヒロイズムには毒されないで欲しい。


「あ、周防先輩のもしもの時には、墓前に『シスコン死す』って墓碑を俺のポケットマネーで建ててあげようか?」


「つまらんダジャレを墓前に供えられたら死んでも死に切れんから、その時には丑三つ時にお前の枕もとに化けて出て来てやる」


「野郎の霊の夜這いとか嬉しくないな~」


 湿っぽくなった車中の空気を、いつものように周防先輩を弄って和ます。


 こういう時の周防先輩は、本当に便利だ。

周防先輩の方も俺の意図を解ってくれているから、率先して軽口で返してくれて有難い。


「さぁ、死者への祈りは済ませましたから、これで2日目の研修的な意味合いのスポットとしては終了です。レポートをまとめたら、後は遊び尽くしましょう」


「今日は、夕暮れまでビーチで遊び尽くそう! 野郎ども、水着の準備はいいか!」



「「「おう‼」」」



 合宿旅行幹事であるミーナの、山賊の頭みたいな号令に呼応した女性陣の気合の入れように、水着って戦闘服かなんかだっけ? と思いつつ、車は海水浴ビーチに向けて進んでいった。


ブックマーク、☆評価よろしくお願いいたします。

特に☆☆☆☆☆→★★★★★評価まだの方はよろしくお願いします。


長編連載継続の原動力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ