第55話 鎮魂とヒロイズム
「いや~、青い海に白い砂浜を見ながら食べるお洒落なカフェプレートの朝食は最高ですね」
浜辺のカフェで、屋外のテラス席に座って食べる朝食プレートは確かに最高だった。
今日も天気は快晴で、朝ごはんの時間なので、まだ暑さも厳しくなく、海風が心地よい。
「昨夜あんな醜態を晒したのに、よくそんなはしゃげるわね速水セ・ン・セ」
夏の沖縄の砂浜にはそぐわない、氷のような蔑みの目でミーナが見つめながら、直球の嫌味の言葉が速水先生に投げつけられる。
「平にご容赦いただきたく……ここの朝食代は私が奢りますから何卒……」
お洒落なカフェのテラス席で速水さんが皆に平謝りする。
なお、昨夜は懸念された最悪の粗相は起きなかったようである。
また、速水さんにまだ酒が残っていて、飲酒運転になってしまうとの新たな懸念が勃発したが、レンタカー備え付けの呼気アルコール検知器でもセーフの値だったため、胸をなでおろした次第である。
「まったく……連日、冷や冷やさせて」
旅行幹事のミーナがボヤきつつ、カフェプレートのサラダをフォークでつつく。
「まぁ良いじゃない、問題なかったんだし。それよりこの後の予定は? ミーナ」
今日も速水さんにはドライバーとして頑張ってもらわなきゃいけないので、ここはフォローとして、俺は話題転換を図る。
「朝食の後は沖縄戦没者慰霊公園へ慰霊だね」
「道中で、お花屋さんで供花を買わないとだね。速水先生、道中に良さそうな花屋さんがあるか調べてみてください」
「は、はい!」
失った信頼を取り戻すため、速水さんは勇んでスマホのマップで生花店を探し出した。
照りつける太陽。
空の青さと、青々と茂った芝の緑、白い入道雲。
そんな自然のコントラスト鮮やかな風景に並ぶ、灰色の石碑。
数十年間の平和の後、再び起きてしまった大戦のために新たに作られた鎮魂の場。
ここは、軍人、民間人、国籍問わず、把握できた大戦で亡くなった全ての人の名前が刻まれている。
そうすると、当然ここには……
「馬場准将、児玉大佐……お! 亀山大尉も忘れてないですよ。お久しぶりです。みんな、あの時よりも偉くなっちゃって、まぁ……」
かなり新し目な石碑に刻銘された名前の中から、戦場で世話になった人たちの名前を見つけて、花を供えながら語り掛ける。
ここに彼らの遺骨や魂が眠っている訳ではない。
それでも、『ここでまた会おう』が戦地にいた俺たちの合言葉だった。
『1人1人、墓参りしてたんじゃ、とても時間とお財布がもたないからな』と笑い合いながら。
「ユウ様も戦友に挨拶は出来ましたか?」
石碑の前に胡坐をかいている俺の後ろに、速水さんが立つ。
「うん。速水さんも同期の人に?」
「はい。士官学校と幹部学校で数年間同じ釜の飯を食べた友人たちです。最近は、同期会でもしんみりする時間の方が増えました」
空を見上げる速水さんに釣られて、俺も空を眺める。
「けど、しんみりしてるだけだと、あの人たちに怒られるね」
「そうですね。いつ死ぬか解らない仕事なんだから、精一杯今を楽しめが合言葉でしたね。だから、士官学校時代にはよく休暇中に羽目を外し過ぎて、反省文を書かされたり外出禁止処分を食らってました」
「ま、昨日の乱れっぷりを見たら、そうだろ~なって感じだね」
「それは忘れてください……」
辛い訓練時期を共に乗り越えた同期との関係は一生続くと聞く。
ただ、俺はガキの頃に強制徴兵されて直で現場に放り込まれたから、訓練学校での同期といったものがいない。
ちょっと速水さんが羨ましくも思う。
「それじゃあ、戻ろうか。皆が待ってる」
「待っている人がいるって言うのは幸せですね」
「……そうだね」
「それでは、戻りましょう。皆のもとへ」
先に立ち上がった速水さんの後ろを、俺は一拍置いて立ち上がりついて行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「ありがとう、皆。結構、長い時間待たせちゃったでしょ」
次の目的地へ向けて走り出した車内で、俺は皆に礼を言った。
「ユウの奢りのジュースを飲みながら待ってたから大丈夫だよ」
皆で慰霊の塔へ花を供えた後、琴美たちには、慰霊公園の喫茶コーナーで待たせる間のために、適当に自動販売機でジュースを買って渡していたのだ。
「暑い中待たされたから、塩バニラソフトクリームも食べちゃいました、お兄ちゃんが買ってくれたんですよ♪」
「こら、真凛。あそこには、神谷や速水先生の知り合いが多くいらしたんだ。積もる話もあっただろ」
真凛ちゃんの俺への嫌味を、兄の周防先輩がたしなめる。
微妙に気の利かない俺のフォローを周防先輩がしてくれていたようだ。
「は~い、お兄ちゃん。それにしても、よくミーナ先輩が速水先生と2人きりでいるのを許しましたよね~」
お兄ちゃんにたしなめられた真凛ちゃんは、話題転換のため、ニヤニヤとしながら車の3列目シートに座るミーナへ話を差し向ける。
「……私だって、さすがに英霊の前で痴話げんかをしたくなかっただけよ」
外の流れる景色を車窓から眺めながら、ミーナがぶすっとした顔で真凛ちゃんの問いに答える。
「俺たちじゃ、戦友を失った2人の気持ちの想像は出来ても、共感はしてあげられないしな……」
「いいんだよ、周防先輩。こういうシチュエーションってハードボイルドで格好いいとか思うかもしれないけど、実際やってみたらクソだよ、こんなもん。ただただ悲しいだけだ」
「神谷……」
吐き捨てるように言った俺の言に、周防先輩は二の句を告げずに居られる。
英霊は、こっちになんて来てほしくないのだから、安いヒロイズムには毒されないで欲しい。
「あ、周防先輩のもしもの時には、墓前に『シスコン死す』って墓碑を俺のポケットマネーで建ててあげようか?」
「つまらんダジャレを墓前に供えられたら死んでも死に切れんから、その時には丑三つ時にお前の枕もとに化けて出て来てやる」
「野郎の霊の夜這いとか嬉しくないな~」
湿っぽくなった車中の空気を、いつものように周防先輩を弄って和ます。
こういう時の周防先輩は、本当に便利だ。
周防先輩の方も俺の意図を解ってくれているから、率先して軽口で返してくれて有難い。
「さぁ、死者への祈りは済ませましたから、これで2日目の研修的な意味合いのスポットとしては終了です。レポートをまとめたら、後は遊び尽くしましょう」
「今日は、夕暮れまでビーチで遊び尽くそう! 野郎ども、水着の準備はいいか!」
「「「応‼」」」
合宿旅行幹事であるミーナの、山賊の頭みたいな号令に呼応した女性陣の気合の入れように、水着って戦闘服かなんかだっけ? と思いつつ、車は海水浴ビーチに向けて進んでいった。
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