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第54話 同期の桜

 国立沖縄魂装研究所 所長室。


 最先端技術の塊のような打合せや相談が日常的に行われるこの部屋は、防音、盗聴、盗撮、あらゆる対策が施されている。


 その部屋で、人払いをしたこの部屋の主は、PCモニター上部に設置されたWebカメラを見据える。


「ハ~ロォ~~! トシぃ中佐殿ぉ~~」


 静かな所長室の中に、気の抜けた声が響く。


「相変わらず、ウザったい喋り方だな……あと、トシにぃ言うが、お前の方が年上だろうが」


 画面の向こう側で、小箱中佐が桐ケ谷所長の開口一番のウザ絡みに、早くも面倒そうだと顔を顰める。


「レディに歳のこと言うなし~! あと、同期とは言え拙者の方が、大佐で階級上ですし~! 敬語使えし~!」


「はいはい、同期最長老の桐ケ谷所長殿。年々ウザさが増しているようで何よりです」


「敬語で言えば何言っても良い訳じゃないですぞ~! プンプン!」


「きっつ……歳考えろ」


 こめかみにグーにした手を当てて頬を膨らませる桐ケ谷所長に、1ターンで敬語を止めた小箱中佐の辛辣な言葉のナイフが飛ぶ。


「だから、歳のこと言うなし~。そういうデリカシーの無い率直すぎるところが、トシにぃ中佐が異性にモテない由縁なんですぞ~」

「……俺の分析してる暇があったら、自分の婚活の心配してろ」


「お、単調な捨て台詞の返す刀は効いてる証拠! へいへーい、ピッチャービビってるぅ~!」


「お前、酔っぱらってるな。話が出来ないなら切るぞ」

「あ~、待て待て! 時に落ち着け小箱中佐殿。神谷少将のことで話があっての連絡で御座候」


 Webカメラの映像スイッチをOFFにしようと手を伸ばしたのを見て取り、慌てて桐ケ谷所長は手をブンブンとオーバーリアクション気味に振って慌てて見せる。


「あいつの様子はどうだった?」


 用件を聞き、一先ず小箱中佐が話を続ける。


「本人に直接聞けば良いものを。思春期の娘を持ったお父さんですかな?」


「……あいつをこれ以上、俺に依存させるべきじゃないからな」

「それは、まぁ……そうですな……」


 遠い目をする小箱中佐に、常にふざけている桐ケ谷所長が珍しく歯切れが悪く同意して、同じく遠い目をする。


「とは言え、神谷殿はご学友にも恵まれて楽しそうでしたぞ」

「そこは好ましい傾向ではあるな。軍の上層部も、そこを見込んであいつを学園に入れたんだろう」


「これで、もしかして……」

「この先がどうなるかなんて解らん、誰にも」


「…………」

「…………」


 押し黙った2人が頭に思い描く共通の未来。

 起こるかもしれない、決して低い可能性ではない最悪の災厄による結末。


「世の中には、そのまま知らずにいる方が幸せな事ってありますからな~」


 桐ケ谷所長が革張りのゲーミングチェアのヘッドセットに、重たげに頭を預けた際のギシッと軋む音が、小箱中佐のヘッドセットを通して耳に届く。


「知的探求者の先鋒たる、魂装研究の第一人者の言葉とは思えんな」


「……知れば知るほど、絶望したからですぞ。我々は、いざその時が来たら、諦めるしかないという結論に帰結したので」


 桐ケ谷所長は天井を見上げながら自嘲気味に答えた。

 その様は、たくさんの思考や試行を積み重ねたた上で、辿り着いた諦めだった。


「それでも、世界の命運がかかっているなら、座してただ運命に委ねることはできない」

「別に、小箱中佐殿が頑張る必要は無いんじゃないかと思いますぞ~」


「出来る奴がいるなら、俺だってやりたくないさ」

「さすがは、一度世界を滅亡の危機から救った英雄様っす、カッケェ~!」


「……切るぞ。祐輔のこと、報告ありがとな」


 そう言って、Web通話が切電された。


「……そうやって、1人で背負い込むから、貴公は優秀なのに結婚できんのですぞ、トシにぃ氏」


 PCモニターに映し出された「ノーシグナル」のメッセージの前で、桐ケ谷所長はボソッと独り言ちた。




◇◇◇◆◇◇◇




「ありあとあっした~」

「どうも、ありがとうございま~す」


 俺たちは、宿泊するペンションの駐車場にレンタカーを駐車してくれた代行運転の人たちに御礼を言って、見送った。


「ここが、沖縄合宿中に泊るペンションで~す!」


 ミーナが両手を広げてババーン! という効果音が聞こえてきそうな動作で、幹事よろしく皆に宿を紹介する。


「残念だけど暗くて、よく見えないね」

「こんな遅い時間になったのは、そこで伸びてる年増のせいね」


 地面に転がされている速水さんを、汚物を見るような目で見つめながら、ミーナが吐き捨てた。


 まぁ、酔いが回るのが早いのは、連日任務が立て込んで疲れていたからというのも理由の一つなので、そこは大目に見てあげて欲しい。


「わー、沖縄古民家を改修したペンションみたいですけど、内装は綺麗ですね」

「キッチンスペースも広くて良いですね」


 先に中に入った、琴美と真凛ちゃんが感嘆の声を上げる。


 玄関前に設置されたダイヤルボックスから、あらかじめ伝えられていたダイヤルナンバーに合わせて鍵を取り出し玄関からペンションの中に入る。


 このペンションは、特に管理人も常駐しておらず、チェックインアウトはかなり緩く自由度が高い。


 宿のスタッフさんがいないと不便な事もあるが、こういう恥部を見られずに済むというのも利点だ。


「周防先輩、恥ずかしがらずに、ちゃんと速水先生の足を持って。酔っ払いは脱力してて、意識のない負傷兵なみに重いんだから」


「う………うむ」


 周防先輩が恥ずかしがりながら、速水さんの足をおっかなびっくり重ねて腕に抱える。


 俺は、速水さんの背中側から両脇に腕を通して上半身を持ち上げて、速水さんの足をもつ周防先輩を先頭にして、ペンションに運び入れる。


 ファイヤーマンズキャリーでは通路が狭くて、担いでいる速水さんを壁とか角にぶつけてしまいそうなので、2人で速水さんの前後につく搬送方法を採用したのだ。


「ミーナ。速水先生は、どの部屋に寝かせればいい?」


 リビングに入った所で、速水さんをどの部屋に置くかを訊ねる。

 再度持ち上げるのは面倒なので、周防先輩と担いだままだ。


「年増は奥のシングルルームにしましょう。同部屋で寝ゲロされたら最悪だから」


「いや、寝ゲロしたら窒息して死んじゃうから、誰かが一緒の部屋にいた方が良いよ。女性陣が同部屋が嫌なら俺が一緒に……」


「もっと危機意識を持ちなさいユウ君! こんな理性のストッパーを飛ばして酩酊してる年増と同部屋なんて、何されるか解らないでしょ!」


 酷い言われようだが、まぁ酒に酔った勢いというのは、確かにミーナの言う通り侮れない。


 戦場では、同僚の兵たちがオフの時には酒をあおって壊れたおもちゃのようになっている姿をよく見ていたからな。


「仕方ないわね。年増は、女子の寝室の床にマットを敷いてそこに寝かせましょうか」


 しぶしぶという顔で、ミーナが予備のマットを女子部屋の床に敷く。


「もしものために、マットには新聞紙を敷いておくと、やらかされた時の掃除が楽だよ。あと、出ちゃったモノに塩をどっさり掛けると、固まってちり取りで簡単に掬えるから、枕元に塩を置いておくといいよ。あとスポーツドリンクも」


 ペンションなら、ある程度の基本調味料がキッチンにあらかじめ備え付けられているから、塩も置いてあり助かった。


「何で、ユウはそんなに酔っ払いの対処経験が豊富なの?」

「そういう場で、常にしら側だったが故だね」


 言われた通りに、新聞紙をマットに敷きつめながら、琴美が褒めて良いのか判断がつかないという顔をしている。


俺だって別に好きで、酔っ払いの対処に熟達した訳じゃないんだけどな。


 戦場経験が長いと、こういう経験値も否応なしにたまるんだ。


「じゃあ、ここが女子部屋ね」


 新聞紙を敷き詰めたマットに速水さんを降ろして、ようやく一息付けた。


「速水先生がいて手狭ですから、私はお兄ちゃんと同部屋にします。兄妹ですから問題ないですね。部屋にはクイーンベッド1床ですが、なにせ血を分けた本物の兄妹ですから、同衾しても何の問題も無いです。実の兄妹ですから」


 真凛ちゃんが早口でまくし立てるように、部屋割りについて主張した。


「“本物の”兄妹って、何回も強調し過ぎでは……」

「なにか? 神谷先輩」


「いえ……なんでもないっす……」


 真凛ちゃんの笑顔の圧に、俺はすごすごと引っ込んだ。


「まぁ、真凛は今でも夜な夜な、『怖い動画観ちゃったから1人で寝るの寂しい……』と言って、俺のベッドにもぐり込んで来るからな。自宅のベッドより大きいし、2人で寝るのは問題ないな」


 さり気に爆弾発言をかましている周防先輩だが、こと妹の真凛ちゃんのことになると、色々と倫理や常識がズレまくっている周防先輩については、もはや外野の俺たちはスルーするしかない。


 真凛ちゃんが、手元で小さくガッツポーズをしているのも、見て見ぬふりをする。


「となると、シングルルームは俺だね」


 こうしてペンションの部屋割りが決まり、荷ほどきをしつつ順番にシャワーを浴びると、あっという間に旅の移動の疲れからか、俺たちの瞼は重くなり、1日目が終了した。


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