第53話 泡盛は粗相製造機
「いや~、眼福だった」
刀剣型魂装補助デバイスを試し振りさせてもらって、満足気なホクホク顔で周防先輩がこちらに戻ってきた。
「お、周防先輩お帰り」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「……火之浦はどうして床に転がってるんだ?」
「琴美? うん、ちょっとね……そっとしといてあげよう」
「私、汚されちゃた……もうお嫁に行けない……」
ラボの床に寝転がって顔に両手をあててサメザメと泣く琴美を見て、周防先輩が怪訝な顔をするが、俺たちにはどうすることも出来ない。
「ほらチュウスケで落ち着きなさい。それにしても、結局、火之浦さんを嬲るだけ嬲って、すぐにどこかに行っちゃったわね、あの女所長さん」
ミーナも、さすがに琴美に同情してか、チュウスケという精神安定剤を琴美に手渡してあげる。
なお、チュウスケも桐ケ谷ドクターに念入りに嘗め回すように調べられていた。
「桐ケ谷ドクターは、所長になっても自由だな~。多分、今頃頭の中に湧いたインスピレーションをキーボードに吐き出してるんじゃないかな」
「何ていうか、天才ってホント紙一重な感じよね」
「すいません、うちの所長が色々と。結局、皆さんの案内もほっぽり出してしまって」
事務官の名取さんが、もの凄く申し訳なさそうな顔で俺たちに代わりに謝ってくれる。
「大丈夫ですよ。あの人にその辺は期待してないですから」
「あんなのでも、この研究所の所長って事は、それだけ実績があることの裏返しでもありますからね。もし所長の人格が、ごくごくマトモであったならば、きっと今頃は軍統合本部中枢の重要な役職に就いていたことでしょう……」
名取さんが遠い目をしながら呟いた。
自分の上司を「あんなの」呼ばわりしているので、きっと研究所は風通しは良い組織であはあるんだろうな。
そう思いながら、俺たちは名取さんの後について、残りの見学コースを回った。
「今日はありがとうございました」
そろそろ見学も終わりの時間となり、出口が見えてきたので、俺たちは名取さんに案内の御礼をする。
「ちょうど夕飯の時刻ですから、良ければ研究所の食堂で食べて行ってください。地元の料理人が調理員として入っている、本格的な沖縄料理の食堂なんですよ。研究員はラボに籠り切りがちなので、食事だけは良い物を揃えているので、自信をもってお薦めできます」
「え、良いんですか?」
「そして、皆さんの食事代は所長のポケットマネーから出させます」
「「「「「御馳走になります」」」」」
俺たちは一も二もなく頷いた。
「ありがとうございます。桐ケ谷所長は、警備上の問題からもこの研究所の敷地からほとんど出られないので、一緒に食事が出来て喜ぶと思います」
名取さんが我がことのように嬉しそうに笑う。
「あ……やっぱりあの人とまた一緒なんだ……」
琴美が、先ほど好き放題されたトラウマからか、チュウスケを抱きしめて不安を口にする。
「琴美大丈夫? やっぱり止めとく?」
「今度こそ護ってよ? ユウ」
「わかったわかった。今度はちゃんとドクターの魔の手から護るよ」
旅先の食事が一食分浮くのは本当にありがたいので、今度はちゃんと琴美と約束する。
何やかんや、奢ったり多めにお金を支払わなければならない立場の俺にとっては特にありがたい。
「それにしても、名取さんは献身的に桐ケ谷ドクターに尽くしてらっしゃいますね。ひょっとして、上司と部下の垣根を越えた親密な間柄なのですか?」
おませさんな中学生という設定の真凛ちゃんが、いたずらっぽく名取さんに直球の質問を突如ぶつける。
「アハハ! あれとプライベートまで一緒じゃ、身がもたないですよ」
名取さんは真凛ちゃんのストレート直球を、大人の余裕を漂わせる笑顔のバットで弾き返した。
桐ケ谷ドクターがこの場にいたらショック受けただろうな……と、その場にいた一行は思いつつ、食堂へ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「それじゃあ、ここに俺が来るのをドクターが知ったのは、トシにぃから連絡があったからなんだ」
研究所の食堂で夕飯として食べた沖縄料理はどれも美味しかった。
ただ、そーめんちゃんぷる定食に、ライスがセットでついてきた時は、一瞬思考が止まった。
「そうですぞ。小箱中佐から、『業務メールのアカウントにどうでも良い近況を送ってくるな』と神谷殿への伝言を預かっておりまする」
「じゃあ、『止めないよ♪』って、トシにぃに伝えといてドクター」
「あいあいキャプテ~ン」
ラボから名取さんが引っ張り出してきた桐ケ谷ドクターと囲む夕飯は実に賑やかなものになった。
「しかし、桐ケ谷ドクターのその喋り方はわざとなんですか? 実は男除けのためとか?」
「お、速水殿鋭いですな! と言いたいところですが……残念! 素でございますです~。母上からも、『あんたはお見合い写真の時点なら先方も乗り気なのに、会った瞬間に終わるわね……』と半ば諦めたような顔で言われましたですぞ~ 泣いていい? 泣いていいよね?」
「ドクター……私も最近、実家に帰るとお見合い写真がリビングテーブルに何冊か積まれてて、実家に帰りづらくて……」
「お~、速水殿も同志ですか~ これ位の年齢になると、途端にそういう話が出て来て嫌で御座候。ま、ま、一献一献」
歳が近く、軍で魂装能力者として活躍する女性だから気があったようで、桐ケ谷ドクターと速水さんは泡盛の杯を傾けだした。
「止める間もなく唯一のドライバーが飲みだしちゃったよ」
中高生の俺たちの前で飲みだした大人2人への呆れた視線は、残念ながら当の本人たちには届いていなかった。
「代行運転業者を手配しておきますね」
「すいません名取さん」
まぁ、速水さんも旅行中にお酒だって飲みたくなるだろうし、ずっと我慢させるのも悪いしな。
初日から出先で飲んじゃうとは思わなかったけど。
「名取氏~わたし、もう、お見合いするのヤダ~早く私のこと貰って~。そうすれば、この無駄に重いだけのお胸を独り占めですぞ~って、誰の物にもなったことないんれすけどねぇ~! ってか、名取氏だけ素面なのズルいから飲めよぉ~」
「セクハラ、パワハラ、アルハラですね。人事局に願い出れば、異動時期外でも人事異動で、この研究所を出れそうですね」
「やっぱ、今のなし~! なしですぞ~!」
「ノーカン! ノーカン!」
速攻で酒に呑まれた桐ケ谷ドクターと速水さんが名取さんにダル絡みするが、名取さんは慣れているのか適当にあしらう。
が、酔っ払いたちはそんな事にはお構いなしだ。
「え~、名取さんは~何で桐ケ谷ドクターじゃ不満なんでふか~? 若くしてこ~んな出世してる有能研究者で~、見た目も磨けば光る美人さんでナイスバディなのに~」
「お~! いいぞ、いいぞ、速水殿! 言ってやれ言ってやれ~!」
酔っぱらって舌ったらずな言い方で名取さんに追撃する速水さんの横で、桐ケ谷ドクターが、やんややんやと応援する。
「仕事とプライベートは分けたい質なので」
今日は、ダル絡みしてくるのが2人もいて名取さんも鬱陶しそうだ。
酔っ払い2人は、自分で聞いておいて名取さんの氷のような返答など耳に入っておらず、言ってやった言ってやったと嬉しそうに2人でキャッキャしながら、さらに泡盛の杯をグイッと飲み干す。
泡盛って、結構アルコール度数が高いお酒なんじゃなかったっけ?
「あ~、極論、人生には赤ちゃんだけいればいい。他は何も要らない」
「あ~、家に帰ったら美味しいご飯を作って待っててくれる主夫の旦那さんがいてくれたら、ちゃんと会議とかも頑張れますのにな~」
もう、会話は成り立たずに、それぞれが好き勝手に自分の言いたい事だけ言って、笑い合っている。
そこに、最早知性という物は存在しない。
「すいません、名取さん。うちの先生が」
「いえ。どうせ、もうすぐ納まります」
名取さんの言葉通り、間もなくすると、酔っ払い2人は頭が急に重くなったのか、食堂のテーブルに突っ伏して寝息をたてだした。
「いつにも増してはしゃいでましたね桐ケ谷所長は。旧知の人が訪ねてきたのが嬉しかったのでしょう」
何やかんや世話好きな名取さんが、突っ伏してレンズが傷つきそうな桐ケ谷ドクターのメガネを外してあげる。
メガネ外すと、桐ケ谷ドクターはやっぱり美人だな。
「ドクターがほとんど一人で喋ってましたけどね。魂装オタクぶりは相変わらずだ」
「これでも大戦の英雄の1人なんですがね……」
「ユーロ圏と形ばかりとはいえ、休戦協定を締結できたのは、ドクター桐ケ谷の功績ですからね。ユーロ第3首都陥落作戦の護衛の時はウザくて、何度か見捨てようかと本気で思いましたけど」
不本意ながらという顔をしている名取さんに、俺はドラゴンフルーツマンゴーのスムージーを飲みながら、同意してみせる。
「けど、そんな魂装にお熱な研究者なのに、何でユウ君にはそんなに興味を示さなかったの?」
ミーナが素朴な疑問という感じで、問いかける。
「…………ま、俺の事は以前会った時にしゃぶりつくすように調べられたから、ドクターも俺には飽きてるんでしょ」
「何か、言葉だけで聞くと卑猥な響きね……」
「ハハ……」
ミーナのリアクションに、俺は適当に笑って見せる。
「あ、代行運転の者が研究所の正門前に到着したようです」
ここでタイミング良く、名取さんがスマホに届いた通知を見ながら知らせてくれた。
「ささ、速水先生担いでお暇しよ。名取さん、ありがとうございました。ドクターにも、起きたらよろしくお伝えください。よっこらせ」
俺は掛け声一発で、ヒョイッと速水さんの身体を持ち上げる。
「わ! ユウすごい!」
「おい、ファイヤーマンズキャリーで速水先生を運ぶ気か⁉」
ミーナや周防先輩が、ヒョイッと速水さんを両肩に担いだ俺を見てビックリする。
「寝ゲロされた時にも良いんだよ、この運び方。あんまりこっちの服が汚れないから。戦場でも、よく酔いつぶれた同僚を運ぶ時にこうやって運んだんだ」
「嫌な戦場豆知識だな……」
この間、俺が体調不良の時には速水さんが俺をこうして担いでソファまで運んでくれたからな。
その恩返しでもある。
「じゃあ、行こう」
「動画撮って、後で年増を脅迫するネタに使お~っと♪」
ミーナが良い笑顔で俺と速水さんをスマホで撮影しだす。
撮影禁止エリアを出たので、スマホのカメラ機能の制限は解除されているのが仇になったな速水さん。
『これで上手く、桐ケ谷ドクターが、俺の魂装能力に表面上は無関心だったのは誤魔化せたかな』
速水さんを肩に担ぐという派手な動きをしたのも、皆の意識をそこから逸らすのが目的だった。
『まぁ、あの子たちにはバレバレですけどね、マスター』
『それを言うなコン。真凛ちゃんの事は諦めてるんだから』
そう内心でコンにぼやきながら、俺は、背後で意味深に笑っているであろう真凛ちゃんの方は見ないように、車の方へ歩んでいった。
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