第51話 沖縄魂装研究所のコミュ障所長
森カフェでト、パッションフルーツのスムージーやジェラート、スムージーをいただいた俺たち魂装研究会御一行は、次の目的地へ向けて車で沖縄南部をひた走っていた。
「え~、次の目的地はあれです。軍の魂装研究施設です」
一転してテンションが低くなったミーナが、車内で次の目的地についてアナウンスする。
先ほどまでのトロピカルな雰囲気からの振り幅がデカい。
「魂装研究会の合宿と銘打っている以上、こういう所も予定に入れておかないと、申請が通らないですからね。建前上、その辺は学園側も気にして、そういうスポットをいくつか行動計画表に入れるようにと審査基準にも記載されています」
旅行申請の生徒会の窓口担当者の琴美が、旅のテンションか学園側の内情をぶっちゃける。
「審査側の火之浦さんがいて助かったわ。ユウ君との2人きりの旅行を邪魔されたのは癪だけどね」
「虎咆先輩の夜景スポットまみれの行動計画表じゃ、全然ダメでしたからね」
ミーナと琴美が笑顔で火花を散らすが、いつもよりは応酬が柔らかなものだった。
「まぁ、こういう書類仕事は苦手で、助かったのは本当だけど」
「そこら辺は、生徒会じゃなくて2学年筆頭の方が虎咆先輩には合ってるのかもしれませんね。生徒会は、事務処理能力が高くないと務まらないですから」
「うん。1学年の入学当初に生徒会の業務内容聞いて、正直無理って思ってた。名瀬に話がいってホッとしたわ」
旅の開放感からなのか、ミーナがぶっちゃける。
それを聞いて、周防先輩は少し複雑そうな顔をしていた。
当時のギラギラしてた周防先輩は、生徒会や学年筆頭などの役職が喉から手が出るほど欲してたみたいだからな。
今は、そんな野心なんて無さそうだけど、当時の自分のことを思うと切ない気分なのかも。
「名瀬副会長は、あれでお嬢様ですから能力高いんですよね」
「あれでね」
「あれで」
フフッと、ミーナと琴美が笑い合う。
名瀬副会長は今頃、くしゃみをしているだろう。
「私は、そういうの得意ですから、来年学園に入学したらお役に立てると思います。情報処理は得意分野です」
ここで言う「情報処理」能力というのは、意味が違うように聞こえるのは、俺の気のせいなのだろうか。
「助かる~! あ、でも首席入学か次席じゃないと生徒会メンバーに勧誘できない習わしなのよね」
「真凛は、来年首席で合格するから問題ないぞ。模試も1位だし」
なぜか周防先輩が得意げに答える。
「はいはいシスコン」
「シスコンですね」
「シスコンきも」
周防先輩がすかさず、真凛ちゃんの話題に割り込んできたのを、皆で茶化す。
真凛ちゃんは、なぜかお兄ちゃんがシスコンとディスられていることに嬉しそうだ。
「はい。事務処理の得意不得意は関係なく、これから行く魂装研究所のレポートはちゃんと学園に提出しなきゃいけませんからね」
「「「「「は~~い」」」」」
速水先生の教官らしい注意が飛んできた。
車は、魂装研究所の敷地前の正面ゲートに辿り着いた所だった。
◇◇◇◆◇◇◇
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
「はい、特務魂装学園 魂装研究会の皆様ですね。こちらこそよろしくお願いします」
沖縄魂装研究所のロビーで、首から下げる見学者用のパスを持って来てくれた事務官のお兄さんに元気よく挨拶する。
このシュッとした事務官のお兄さんが、施設内の案内をしてくれるようだ。
「急な依頼にもかかわらず、見学に対応していただきありがとうございます」
速水さんが恐縮したように、事務官のお兄さんに御礼を述べる。
急に、ミーナとの旅行が魂装研究会の合宿旅行に化けたので、この沖縄魂装研究所の見学は、急遽企画して申し込んだものだった。
「いえいえ。将来を担う学園の皆さんに当研究施設を知っていただく貴重な機会ですから」
この暑い夏なのに。ビシッと背広にネクタイのお兄さんがにこやかに答える。
ごめんなさい…
ただの、研究会の合宿の体を為すポーズのための見学なんです……
とはお兄さんには言えないので、せめて真面目にお話を聞かないと。
「それでは、ご案内しますね。とは言え、当施設は魂装能力を取り扱う研究施設なので、国家機密のためにお見せ出来ない部分も多いんですが」
レクチャーを受けながら、お兄さんの先導で研究施設の関係者ゲートをくぐった。
ゲートの先は、清潔である種の無機質さを漂わせるモノトーンの世界だった。
俺は、その光景を見て一瞬、強制徴兵直後の検査で何日間もこの手の研究施設で検査を受けた事を思い出して、少し顔を顰めた。
別に人体実験などの非道な行いをされた訳ではないが、家族から引き離されて不安だった頃の当時の記憶が想起されたのだろう。
とは言え、研究所では検査を受けるだけで、今思い返すとむしろその後の、戦場に放り込まれた事の方が非人道的な扱いだったよな。
そんな風に、見学先の研究施設と自身の記憶とを重ね合わせて物思いに耽っていると、
「来ましたね~! 来ましたよ、これ~‼」
廊下の向こうから、白衣を羽織った研究員と思しき人が駆けてくる。
静かな研究施設の中で、声量の調整をバグらせた人がドタバタ駆けてくる様に、思わず俺たち一行はその場に固まる。
「神谷殿~! 久方ぶりですな~!」
こちらに駆けてきたのは、どうやら俺の知り合いのようだ。
白衣の上からも胸の豊満さがわかる丸みを帯びた派手なボディとは対照的に、パサついたアッシュ色のセミロングの髪を、地味な髪ゴムで後ろにひっつめて丸眼鏡を掛けた女性研究員の姿が見えて、俺はすぐに誰なのかが解った。
「ドクター⁉ ドクター桐ケ谷じゃないですか!」
「ドゥフフ、久しぶりですな~。ユーロ第3首都陥落作戦以来になりますかな。ご健勝なようで何よりです神谷殿~」
「ドクター桐ケ谷こそ相変わらずですね……あ、この間、トシにぃのいる軍の幼年学校との交流会で、桐ケ谷ドクターが供出した軍事オートマタと遭遇して大変だったんですよ」
「あんなオモチャでやられる貴公ではありますまい~」
ドゥフフ……とオタク丸出しな話し方をする残念美人博士 桐ケ(が)谷燈子ドクターに、他の皆は呆気に取られている。
「桐ケ谷所長! なぜここにいらっしゃるんです⁉ たしか、この時間は所内の幹部会議のはずでは?」
引率の事務官のお兄さんが、桐ケ谷ドクターの登場に驚いて声をかける。
「え? あ、名取さん。普通にすっぽかして来ましたです、はい」
「所長のあなたが居ないと会議が進まないじゃないですか!」
案内をしてくれるお兄さんは名取さんって言うのか。
しかし、桐ケ谷ドクターがこの研究所の所長なのか⁉
知らなかった。
「え~、だって会議とかつまらんですし~。それにゲストの接遇も、所長の大事な業務ですし~」
「そんなこと言って、普段はゲストへの接遇も私に丸投げして自分のラボに引きこもってる癖に」
「しゅ、しゅん……名取殿は相変わらず厳しいですな……」
自分の事は全力で棚に上げてだけど、この人が所属長やるとか無理だろ。
名取さんの苦労が手に取るように解る。
「それで、桐ケ谷所長。本日見学される魂装学園の子たちとはお知り合いなんですか?」
「ええ。ええと、戦場で……じゃなくて、ええとその……甥っ子でふ!」
桐ケ谷ドクターは、俺との関係を名取さんに話そうとして、慌てて俺の地位やらの秘匿すべき情報について頭をよぎって嘘で取り繕うが、
「似てない」
「似てないわね」
「どこにも共通点がないな」
合宿御一行から総ツッコミが入る。
桐ケ谷ドクターは格好は無頓着だが、よく見ると顔のパーツは整ってるからな。
って、これ俺が遠回りにディスられてないか?
「さっき所長、ユーロ第3首都陥落作戦で一緒だったって言ってたじゃないですか」
「あうう……名取さん名探偵でふ……ヤバいでふ……」
事務官の名取さんから核心を突かれて、桐ケ谷ドクターは速攻でウソがバレたことにオロオロする。
会った拍子に、思いっきり俺が軍関係者だとバレる話題を出してしまっていたので、ドクターの下手なウソは無意味だった。
「いや、甥っ子は無理があるでしょドクター。心配しなくても、俺の事情は、みんなある程度は知ってるから大丈夫ですよ」
「そこは私も軍関係者ですから、守秘義務は守りますよ。どうやら大事なゲストなようなのは本当みたいですから、桐ケ谷所長がご案内お願いしますね」
そう言って、名取さんがこの場から下がろうとすると、
「あう……神谷殿はともかく、他の方々とは初対面なので、名取さんにもご同行いただきたく……」
モジモジしながら桐ケ谷ドクターは、名取さんのジャケットの裾をつかむ。
この人、そう言えばコミュ障だったな。
「しょうがない人ですね」
「ありがとうでござる名取氏。いつまでも一緒にいて、私の世話を焼いて欲しいぞなもし」
「あ、事務官は3年周期で人事異動がありますから無理ですね」
「あう……」
所長なんだから、そのまま対応しろと事務官の名取さんに指示すればいいのに、あくまでお願いするというのが、この人らしいな。
しかし、研究所の所長としての威厳が今のところ全くのゼロだが、大丈夫なのだろうか?
「それでは所長の桐ケ谷と私、名取でご案内させていただきます」
俺たちは若干不安になりながら、桐ケ谷ドクターと事務官の名取さんの後に続いた。
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