第50話 旅行中一発目の食事は何でも美味しい
「あ~美味しかった~。やっぱり沖縄到着一発目のご飯はソーキそばね。ラフテーを一品料理で追加したのも正解だったわ」
「ゴーヤチャンプルー定食の汁物が、ソーキそばなのはびっくりしたな」
「ジーマーミ豆腐の揚げ出し豆腐も美味しかったよ、お兄ちゃん」
「ポーク玉子定食美味しかったねチュウスケ」
満足気な顔で、食事の感想を語らい合いながらミーナ、周防兄妹、琴美が食堂の出口から出ていく。
「お会計 1万4千500円で~す」
「あいつら容赦ねぇな……」
俺は、食堂のレジ前で、旅行開始早々、早くもボリューム感を失った財布から御勘定をしながらボヤいた。
「あの、ユウ様……流石に私は自分の分くらい出しますよ……」
後ろから、申し訳なさそうな顔で自身の財布を開きながら、速水さんが恐縮している。
「いいの、いいの。勘定は上がもつのが、うちの業界の習わしでしょ」
俺は手のひらをヒラヒラしながら気にするなと、財布からお金を出そうとする速水さんを制す。
速水さん一人分のお代なんて、おごり総額からすれば大した額じゃないし。
「いえ……端から見ると、男子高校生に奢ってもらっているヤバいアラサー女になってるのですが……」
まぁ、確かに珍しい絵面ではある。
レジ周辺を見回してみると、席待ちの他のお客さんから、何やらヒソヒソされているようだ。
「旅の恥はかき捨てだよ速水さん」
「やっぱり恥なんじゃないですか!」
「速水さんは、さっき大金をドブに捨てたばっかりなんだから、お金は大事にしようね」
「うぐ……思い出させないでくださいユウ様……」
今朝ついたばかりの新しい古傷がまた開いた速水さんを連れて、俺は食堂の暖簾をくぐって外へ出た。
「「「「御馳走様です‼」」」」
「は~い。みんな良く食べたな~」
食堂を出たところで、皆がビシッと一礼しながら礼を言ってくれる。
まぁ、一発目のお昼ごはんは、遅刻して飛行機に間に合わなくてヤキモキさせた皆への詫びみたいなものだ。
「次の予定は、車で30分ほど行ったところにあるカフェよ」
「南国のカラフルなフルーツが盛られたSNS映え間違い無しな、かき氷もあるんですよね」
「金時豆ぜんざいのような昔ながらな物もあるって、お兄ちゃん!」
「あ、ここ有名なんですよね。氷室の氷が使われてるフワフワ氷のところ」
どうやら、まだ食事は終わりではないらしい……
女性陣が、ガイドブックに載っているメニューを見ながら、食事の時以上にはしゃいでいる。
周防先輩の方をチラッと見ると、多勢に無勢だなと、無言で肩をすくめて見せる。
「ほいほいデザートね。じゃあ行きますか。総員車両に乗り込め」
「「「「はっ!」」」」
俺の号令で、皆が機敏な動作でワンボックスカーに乗り込んでいった。
ここら辺は、皆軍隊仕込みなので、動きが素早い。
こういう集団行動の時に、ダラダラせずに時間が有効に使えるのは有難い限りだ。
◇◇◇◆◇◇◇
「じゃあ、ここにいる皆、ユウ君が少将だって知ってるのね」
ワンボックスカーで目的のカフェへ向かう道中、話題は俺のことに及んでいた。
「真凛ちゃんまで知ってたなんてね」
「この間の学園内の粛清の際に、トラブルに巻き込まれかけた時に、神谷少将に御助力いただいたんです」
「へぇ~」
「…………」
周防先輩が民間企業体派閥のスパイにされかけた問題については、全て真凛ちゃんの脚本、主演女優は私、の寸劇で、俺はただ台本に沿った役回りを担っただけだったというのに。
女の人って、本当に相手の目を真っすぐ見ながらウソつくよな……
この言葉って、誰から聞いたんだっけ?
あ、真凛ちゃん本人からだわ。
いや、でもミーナとかは割とあれで顔に出やすいタイプだから、やっぱり個人差は大きいか。
「わ~、海だ! きれ~! 見て見て、お兄ちゃ~ん♪」
「真凛、あまり車の窓から顔を出すなよ、危ないぞ」
こうして、はしゃいでる様は、年相応の少女に見えるんだけどな。
今や、軍の上層部では俺と並び称される、安全ピンの外れた手りゅう弾と揶揄されている。
安全ピンの外れた手りゅう弾は、爆発しないように握りしめ続けるしかないのだ。
橘元帥は、胃腸内科の処方薬の量が増えたと、もっぱらの噂だ。
「これから行くカフェって、海辺でトロピカルな感じのお店なの?」
結局、任務続きでミーナの旅のしおりの最終版をちゃんと読んでいない俺は、著者であるミーナにカフェの事について訊ねた。
旅のしおりは何度も改訂がなされて、都度送られて来ていたのだが追いきれていなかったのだ。
「ふふ~ん。そういう海カフェも、もちろん素敵なんだけど、私が選んだのはもっとオ・ト・ナなカフェだよ」
「へぇ~、大人な?」
「ほら、もうすぐだよ」
「……なんだか、海から離れて緑が深くなってきたような……」
ミーナのナビ通りに進んで行くと、いつの間にか海辺を離れて内陸側に入ってきていた。
「あ、ここだここ。この、森のカフェがスイーツを食べるお店だよ」
目の前には、新緑の森の中にポツンと佇む古民家を改装したカフェがあった。
「わぁ~凄い。何だか隠れ家的なお店ですね。葉っぱの匂いが感じられて素敵」
「虎咆先輩、良いお店を見つけてくださいましたね。ね、お兄ちゃん?」
「そうだな。緑の間から木漏れ日が差して雰囲気があるな」
「でへへ、そんな褒めないでよ皆~」
カフェ選びのセンスを皆が手放しで称賛するのを聞いて、ミーナは照れくさそうに笑う。
ただ……
「「…………」」
俺を含めた約2名は、ちょっと複雑な顔をしていた。
「どうしたのユウ? 速水先生も」
「あ……いや、うん」
「何というかその……仕事を思い出しちゃったというか……」
琴美がコソッとした声でしてきた問いかけに、俺と速水さんが歯切れの悪い返答をする。
新緑の中、ウッドデッキの席のカフェで、小鳥のさえずる声を聞きながら美味しい飲み物やスイーツを食べるのは、日頃都市部で暮らす人にとっては、得難い時間となるだろう。
ただ、俺と速水さんは、ここ数日間の任務中にジャングルの中を駆けずり回っていたので、緑は最早見飽きていた。
あと、暑い砂地のエリアも行ったので、ビーチも若干仕事を思い出す。
「折角、虎咆先輩の機嫌が直ったんだから、それ本人に言わないでよ。大変だったんだからね、機内でテンションだだ下がりの虎咆先輩を励ますの」
「ごめん……琴美。大変だったね」
コソッと忠告にきた琴美に俺は謝辞を伝える。
その辺は、皆をヤキモキさせてしまって本当に申し訳なかった。
その点を、速水さんへのお説教の時にも、特に重点的に諭した。
「日頃は空気を読める真凛ちゃんが何故か、『虎咆先輩の事は心配しなくても大丈夫です』って言って、機内で周防先輩とイチャイチャしてるだけだったし」
真凛ちゃんが機内で、ミーナのフォローが不要って言ってたのは、どうせ俺と速水さんが転移術式で間に合うことを知っていたからだな。
「あ、猫ちゃんがいた! ニャーニャー」
ミーナは、古民家カフェの入り口近くにいる猫を見つけて、すかさず近づいて、懐から猫じゃらしを取り出す。
猫じゃらしって、そんな携帯しやすい所に忍ばせてる物だっけ?
観光地ネコ宜しく、人慣れしているカフェの看板ネコ様は、ミーナの猫じゃらしによるあやしに、うっとおしそうな顔をしていた。
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