第5話 幼馴染との再会
「はぁ……疲れた」
あの後、なんとか速水さんをなだめるのに成功したが、去り際の彼女の瞳に、黒い濁った決意が宿っていることを、俺は気付いていながら無視した。
異動した後まで、特殊な癖を持つ女部下の面倒なんて、ぶっちゃけ面倒くさすぎて見てられない。
「それにしても、とうとう帰って来たんだな……」
俺は、ようやく帰国した際の荷物を実家のリビングに運びこみつつ、感慨深い思いを噛み締めていた。
帰国命令を受けて、数年ぶりに日本に帰国した訳だが、飛行機で到着してそのままの足で統合幕僚本部に移送され、そのまま軍の庁舎内で寝起きするようになったので、実家に帰って来たのは本当に数年ぶりだ。
なお、家の鍵は普通に使えた。
「てっきり荒れ果ててると思ったけど、綺麗なもんだな」
何年も戸や窓を閉め切って換気がされていなければ、さぞかし臭いや埃が凄いことになっているのかと思ったが、家の中は綺麗なものだった。
とりあえず、家中の窓のシャッターを開けて窓も開け放ち、部屋の換気をする。
昼下がりの日光に照らされた部屋は、整然と整えられていた。
「ここに人が住まなくなったのは、俺が兵として召し上げられてから1年ちょっと後のことだから、えっと……」
と、俺が指折り数えていると、
(バサバサッ!)
音のしたリビングの入り口を振り返ると、長身の女の子が立っていた。
足元には、取り落とした買い物用のビニール袋が転がっている。
高校の制服と思しきワンピースタイプの服を着て、銀髪ロングの髪をなびかせ、大層動揺している様子だ。
「え…… そんな…… まさか……」
少女は、うわ言のように独り言を呟きながら、信じられない物を見たという感じで、俺の方に一歩、また一歩と近づいてくる。
「もしかして……ユウくん……ですか?」
自信は無いけど、そうであって欲しいという願望が込められたかのように、振り絞るように目の前の少女は声を震わせながら、俺に向かって誰何した。
「ああ。ただいま、ミーナ」
俺は、この綺麗な少女が一目で誰なのかすぐに答えに辿り着いていた。
最後に会った時は、お互いまだ小学生でランドセルを背負っていた頃なので、あれから何年も経っている。
思春期で、お互いに身体は大きく成長してその姿かたちを変えているが、彼女の銀髪と碧眼というハーフの女の子の特徴から、すぐに幼馴染の虎咆ミーナだと解った。
「あ……あ……ユウくん……ユウくん‼」
ドタドタッ! と駆けて来て、ミーナは俺の胸に飛び込んでくるのを、俺はしっかりと受け止める。
「温かい……生きてる……幻じゃない! 夢じゃない‼ ユウぐんに……また……また会えだ……」
泣きじゃくりながら、俺へ再会できた喜びを熱烈に伝えてくれるミーナにしばらく胸を貸しつつ、俺も思わず貰い泣きしかけた。
俺は、ようやくこの日、故郷に帰って来たんだという事を真に実感した。
「スーハー スーハー」
「あの……ミーナ?」
「スーハー、スー ん、なに? ユウくん」
「そろそろ離れない?」
先ほどの感動の再会が一段落着いた所で、俺としては積もる話もあるので、色々ミーナと話をしたかったのだが、ミーナは俺の胸の中に抱かれているのが心地よいのか、離れようとしない。
この体勢になって、どれだけの時間が経ったのだろう。
窓の外の陽が落ちようとしていて、部屋が暗くなりかけていた。
「枯渇しきっていたユウくん成分を充電中だから、まだ無理」
「それって。どれくらいで満充電になるの?」
「うーん……この距離感でなら数年単位かな」
それ、バッテリーがへたっているのでは?
「けど、俺、まだミーナの顔をちゃんと見れてないから正面から見たいんだけど」
俺の言葉に、ミーナはビクッ! と肩を震わせて、より深く俺の胸の中に顔を埋める。
「ミーナ?」
「だめ……今の私、泣きはらしてて顔、ひどい状況だから……ユウくんに顔見せられない」
「けど、このままじゃお話出来ないじゃん」
「このままじゃダメ?」
「さっきから、俺にはミーナの後頭部しか見えてないんだけど。何時間も見てるから、もうミーナのつむじの形を正確にデッサンできそう」
「ど、どこ見てるのよ!」
ミーナはようやく、俺から離れた。
「あ……」
つい、俺から離れて顔を上げてしまったミーナは、俺と目が合って顔を赤くする。
あれだけ泣きじゃくっていたから、たしかに目元は少し腫れぼったくなっているが、小顔のミーナにとっては、そんなものは大したマイナスポイントにはなっていなかった。
「なんだ、綺麗な顔じゃん」
「な……な……きれ……」
「改めて、ただいまミーナ」
「う……うん。おかえり。ユウくん」
ようやくミーナの笑顔が見れた。
「そういえば、持って来た物を見るに……もしかして、ミーナがこの家の掃除をしててくれたのか?」
俺は、ミーナが取り落としていたビニール袋から顔を覗かせている、掃除用品を見ながら問いかけた。
「うん。半月に1回程度通ってたんだ」
「ありがとう。なんて御礼を言っていいか」
「い、いいよ。私が好きでやってた事だし」
「けど、なんで何年もこんな事を」
「だって……ユウくんがいつか帰って来た時に、家が荒れ果ててたんじゃ、ユウくんが悲しむと思って……」
「ミーナ……本当にありがとう。やっぱり御礼させてくれ」
「だから、いいって……」
「御礼に何でも言う事聞くぞ」
「何でもですって⁉」
ミーナは驚愕の声と共に、手を口元に置いて、まるでプロの将棋棋士が大事な局面で長考するような真剣な顔で思案に沈んだ。
「おーい、ミーナ? ミーナ、帰って来~い」
「ぶはっ‼ はっ⁉」
「大丈夫か? ずいぶん考え込んでたみたいだが」
今、考えることに集中し過ぎて、呼吸忘れてなかったか?
「え、ええ。ごめんなさい。ちょっと考え事をね。御礼については、機会があったら権利を行使させてもらうわ」
「うん、わかった」
「それで、ユウくんはここにまた住むの?」
「ああ、しばらくは戦場に行かなくても済みそうだ」
「よかった……」
ミーナは我がことのようにホッとした顔で胸を撫でおろしていた。
ちなみに、ミーナは俺が軍に召し上げられているのを知っている。
なにせ、ミーナの目の前で半分拉致のようにして軍に連れて行かれたからな。
ホント、あの頃の日本はどうかしていた。
人権が一切仕事をしてなかった。
「けど、ユウくんを拉致した奴等にはいつか報いを受けさせる……そのために牙は今まで以上に砥がないと……」
「ん? 何か言った? ミーナ」
ボソッと、ミーナが物騒な事を呟いたように思えたが、ちょうど今晩の寝床スペースを確保するために荷物を動かしていたので、よく聞こえなかった。
「何でもないよ~♪ それよりユウくん。この家、まだ電気やガス、水道とかまだ通ってないでしょ? うちに来なよ」
「え。でも、悪いよ。別にご飯は出来合いの物で済ますし、今は春で寒くもないから、シュラフにくるまれば、戦場より快適だし」
「いいから来て! うちの親もユウくんに会いたがってるから」
そう言って、やや強引に俺の腕を引っ張っていくミーナに、俺は成すすべなく連れ出された。
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