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第49話 沖縄上陸

「着いた~! 沖縄~!」


 空港の正面出入口を出ると、青空と太陽の日差しがお出迎えしてくれた。


 本日は、晴天。


週間天気でも旅行の期間中はずっと快晴の予定で、まさに沖縄旅行としては文句のつけようがない条件であったが。


「はぁぁぁ……」

「ほらほら、虎咆先輩。ため息なんてついてないで、折角の沖縄を楽しみましょ」


 元気いっぱいの真凛が、ミーナを元気づける。


「真凛ちゃん、やっぱり若いわね~。中学生だもんね~。私が中学生だったのって何年前よ?」

「やさぐれた女子大生みたいな事言ってるんじゃない虎咆。切り替えろ」


 自分と真凛のスーツケース両方をゴロゴロと引っ張りながら、周防がミーナを諭す。


「ああ……はいはい。今、あんたとやり合う気力もないわ」

「こりゃ重症だな」


 普段ならミーナが周防に食って掛かるような場面だが、今のミーナは覇気ゼロだった。

 その様子を見て、周防も肩をすくめる。


 どうやら、周防もミーナを元気づけるために、わざと憎まれ口を叩いたようだ。


「まずは、予約していたレンタカー屋さんを探して、予定が変更になったことを伝えないとですね」


 琴美が、ミーナ作成の合宿旅行のしおりを読み込みながら、当座の目的を共有する。


 空港の正面出入口の付近には、たくさんのアロハシャツや、かりゆしウェアを着たレンタカー屋さんが、会社名と予約者の名前を記載したボードを掲げている。


「え~と……予約の名前は『虎咆様』のボードですよね。珍しい苗字だから、目立つはずなんだけど……」


 琴美がキョロキョロと、御一行のボードが掲げられていないか、レンタカー屋さんが集まった辺りを見回すが見当たらない。


「あ! 虎咆先輩、虎咆先輩! あっちを見てください!」


 真凛が何かを見つけたと、弾んだ声でミーナをグイグイと引っ張って行く。


「何よも~ 私、今そんな元気な……」


 ミーナが気だるげに真凛に引っ張られていくと……


「メンソーレ! 飛行機に間に合わなくてゴメンね、みんな」


 駐車した白いワンボックスカーの前に、ここにいないはずの人物がいた。


「ユウ君⁉ なんで⁉ どうして⁉」


 予想外のことに、ミーナが素っ頓狂な声をあげつつ、祐輔の手を握ってブンブン振る。

 目の前の光景が信じられないために、実際に触って確かめているようだ。


「遅刻したから、先回りして待ってた」

「日本語として矛盾しているような気がするが……」


 追いついてきた周防先輩も、どうなってるんだ? という顔をしていた。


「どうやって来たのユウ? 飛行機の別便にキャンセルでも出たの?」

「ちょっくら、地位を使って私的な濫用をね」


「あ……なるほどね、うん」


 琴美たちは空気を読んで、深くは聞かないことにしたようだ。


「むしろ皆より先に着いたから、レンタカー屋さんで車を受け取って、ついでに空港のお土産屋さんでこれも買っちゃった」


 そう言って、祐輔は羽織っているハイビスカスの描かれたアロハシャツを見せびらかす。


「はしゃいでますね、神谷先輩」

「そりゃもう、夏休みだしね!」


 祐輔の言には力がこもっていた。


 学園の生徒としての夏休みは1ケ月あるが、仕事を詰め込まれた祐輔にとっては、ここ最近はむしろ普段の学園生活より忙しかったの。

 実質、社会人が数日間の夏期休暇を満喫するのに感覚としては近い物がある。


「それで、速水先生はどこだ?」

「ん? 速水先生なら運転席にいるよ」


 皆が集まって来たのに姿を見せないドライバー役の速水先生について周防先輩が訊ねると、祐輔はワンボックスカーの運転席の方へ向けて顎をしゃくって見せる。


「おはようございます速水先生。今日は、よろしくお願……うわ! 大丈夫ですか⁉ 速水先生!」


 周防先輩の驚いた声に、祐輔以外の皆が何事かとワンボックスカーの運転席の方へ集まる。


「何か溶けたアイスみたいにグッタリしてますね」


 見ると、運転席のハンドルに顔をうずめてダラリと突っ伏して座っている速水先生がいた。


「だ、大丈夫ですか⁉ 体調が悪いんですか、速水先生⁉」

「お仕事が忙しいのに、合宿の引率のために御無理をされたんじゃ……」


 琴美と周防先輩が心配そうに速水先生を気遣う。


「いえ……大丈夫ですよ。ちょっと、夏のボーナスの半分以上をドブに捨てることになっただけですから……」


「それ、全然大丈夫じゃないんじゃないですか⁉」


 青い顔をしながらヨロヨロと答える速水さんに、琴美が心配そうにしている。


 それを尻目に、


「ねぇねぇ速水先生」


 ミーナがニヨニヨしながら近付いてきた。


「……なんですか? 虎咆さん」


 気だるげに、速水先生が突っ伏していたハンドルから顔を上げてミーナの方を見る。



「ざまぁ」


「この小娘が……」


 先程、調子にのったメッセージを送ったのをそのまま返された速水先生は、いつものような返しのキレが無い。

 おごる平家は久しからずというが、あまりにも早い逆転劇であった。


 ミーナはこれで溜飲が下がったのか、満足気だ。



「おい、神谷。一体、何があったんだ?」

「ん? まぁ、速水先生の自業自得だから気にしなくて良いよ。ちょっと、お灸を据えただけだから」


「あらあら。速水先生ったら、何か勇み足から来るトラブルでもあったんでしょうか」


 こっそりと内幕を訊ねてきた周防先輩に、祐輔は偽悪的に笑ってみせ、その様を見た真凛が白々しく驚いたような反応をしてみせた。


 速水さんは結局、その後の祐輔の尋問により、任務中の時刻管理を故意に怠り、上手いこと祐輔と2人きりで休暇を過ごそうと画策していたことを、全て洗いざらい白状させられた。


 ホテルや旅客機のチケットは、悪天候などによる欠航を除き、自己都合でのキャンセルにはキャンセル料が発生する。


 結果、飛行機のチケットは前日キャンセルのため半額負担で済んだが、ホテルの方は当日キャンセルのため全額負担となった。


 ここぞとばかりに、良いホテルと、背のびをして飛行機もビジネスクラスの席を予約していたため、キャンセル料だけでも多額の負担となった。

何の成果も得られなかったにもかかわらずにだ。


「けど、この状態の速水先生に運転させられないんじゃないか?」


 真面目な周防先輩が、魂が抜けたようになっている速水先生の方を見やりながら、懸念を述べた。

 ドライバーのコンディションは、同乗者の自分たちの命にも関わってくるので、心配するのは当然と言えば当然ではある。


「大丈夫、これからカンフル剤を入れるから」


「……ヤバい軍用のお薬じゃないだろうな?」


「そんなんじゃないよ。ある意味、ヤバい物だけどね」


 疑わしい視線を向ける周防先輩を尻目に、祐輔が運転席でダランと生気が抜けている速水さんに近づく。


「はい、速水さん。これで元気出して」


 そう言って、祐輔はある物を速水さんに渡す。


 なお、祐輔から説教されてショボンとしていた速水さんと、叱った手前、話しかけづらかった祐輔は、皆が合流するまで会話らしい会話はしていなかった。



「何ですかこれ……‼」



 祐輔が速水さんに渡したのは、1枚の写真が、速水さんに劇的な変化を及ぼす。


 写真を持つ速水さんの手がワナワナと震えて、瞳孔が開き切ったようなまなこで写真を、穴が開くのではというほどの眼力で見つめる。


「それは、旅行中ドライバー役として負担をかけちゃう速水先生への、ほんの御礼の前渡しだから」


「え……あんな事をしでかした、こんな私を、しょ……神谷君は許してくれるどころか、こんな宝石のようなものをお与えくださるのですか?」

「失った信頼は、その後の行動でまた積み上げられるものだと思いますよ、先生」


 慈愛顔でニッコリと笑った祐輔は、大きく頷いて見せて、大きな包容力で一気に速水先生の精神を安定行へ引き上げる。


「は、はい! 私、がんばります! さぁ皆さん、出発しますよ。乗って乗って!」


 見事、速水先生が復調した。


「あの写真は結局何だったの?」


 ワンボックスカーに乗り込みながら、ミーナが祐輔に尋ねる。

 劇的な復調を遂げた速水さんに


「ん? トシにぃから送ってもらった、俺の強制徴兵直後の頃の写真。ダボダボな軍服着てる、あどけない頃の」


「……それ、私にもちょうだい」

「はいはい。ミーナも旅行の企画準備頑張ってくれたもんね」


 そう言いながら、俺は最後にワンボックスカーに乗り込む。


 出発時にバタバタしたが、ようやく俺たちの沖縄合宿旅行が始まった。


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長編連載継続の原動力になります。

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