第44話 意外なカップル
「ねぇ知ってる? 速水先生。大人が未成年に性的に手を出したら、今まで積み上げてきた人生が全て台無しになるって」
「だから誤解です虎咆さん! 私がギリギリの土俵際で踏ん張っていた苦労を知りもしないで!」
スマホを片手に今にも通報しそうな勢いの虎咆を、速水さんが必死になって組み伏せようとしている。
「しかも、弱ってる、いたいけな少年にイタズラしようとするなんてホント最低!」
「ちゃんとユウ様の許可は得ました!」
「未成年本人が同意してても、アウトな時はアウトなのよ! 主張したいことがあるなら、法廷で弁護士に証言してもらうことね」
俺の前で取っ組み合いの喧嘩を始めた2人を、俺はボーッと見ていた。
働かない頭で、先ほどのコンの言葉を思い返していた。
この謎の体調不良の原因が何か、自身の行動を鑑みれば、すぐに検討がつくと言っていた。
慢性的な寝不足、追い打ちをかける任務による徹夜、そして古典のテストという山場を越えた安堵、そして更にカンフル剤として……
あ……
「この状態の原因解った……」
俺がポツリと呟くと、ワーワー言い争っていた速水さんとミーナが、同時にピタリと動きを止める。
「ユウ様、原因は何だったんですか? 教えてください」
「この犯罪者に何かされたのね? 辛かったねユウ君」
ソファに横たわる俺の枕もとに、2人がピッタリと寄り添う。
「あれ……」
俺は、玄関の方を指さす。
玄関の下駄箱の上に、飲み干したマムシ精力ハイパワードリンクの空きビンが置かれていた。
ドリンクを飲み干した後、ゴミ箱に捨てる前に速水さんに転移術式で自宅へ飛んだので、捨てそびれていたのだ。
「「あ……」」
速水さんと、ミーナが声を漏らす……
「ミーナに貰った、あのドリンク飲んでからおかしくなった……身体が熱くなって……」
「ユウ様の不調の原因、あなたじゃないですか! 虎咆さん!」
「ちが……私はそんなつもりじゃ……」
まさかの攻守逆転。
顔を真っ赤にして否認するミーナ被告を、速水女性検察官が追い詰める。
「本当に疲れている時に、あんな強力なドリンクなんて摂ったら、体調に異変をきたして当たり前ですよ!」
「そんな……私……そんなこと知らなくて……ユウ君ごめん……」
保健体育の知識を披露する速水先生の言葉に、ミーナがオロオロとして涙ぐむ。
「原因が解ったので、私と虎咆さんは失礼します。ユウ様」
「え……一緒にいてくれないの?」
俺は、つい体調不良の心細さから甘ったれた事を言ってしまった。
「ぐっ……断腸の思いですが、これはユウ様一人で解決すべき問題なんです」
「え? 何、どういうこと?」
「そうよ。ここは私が責任をもって看病を」
俺もそうだが、ミーナも、速水さんの言っていることの意味が解っていないようだった。
「はぁ全く……虎咆さんは、見た目の割にそういう事に、トンと疎いんだから……」
速水さんは、ミーナの耳元に手をかざしてコショコショっと、俺には聞こえないように何やら伝えはじめた。
「男性は……で……を……します。その際……から……が……………すると……鎮ま……」
速水さんの内緒話を聞いたミーナの顔が、見る間に沸騰したヤカンのように湯気が幻視れるくらいに紅潮していく。
「わ、私帰るね! ユウ君、今日は私、絶対に……ぜ~~ったい! にユウ君の家には入らないから、安心して!」
え、普段は頼まなくてもあれこれ世話を焼きに来てくれるのに、なんで不調な今日に限って?
と思っている間に、ミーナはピューっと玄関の方へ走って行って、本当に帰ってしまった。
「ユウ様。それでは、ごゆっくり」
こうして、俺は結局一人で家に取り残された。
「もし、ヤバくなったら琴美を呼ぶか……」
と、俺はベッドの上で身体の熱が鎮まるのを待った。
◇◇◇◆◇◇◇
「それで、結局、誰もその後見舞いに来てくれなかったんだよ。まったく」
俺はプリプリ怒りながら、クレープにかぶりつきつつ愚痴をこぼした。
「ふーん……あの2人って、あの見てくれなのに、案外、直でセクシャルな部分については臆病なんだね。これは良いこと聞いたな。いざという時に出し抜けるかも……」
琴美が、ブツブツと俺の隣でなにやら分析をしている。
暑いから、アイス入りのチョコバナナクレープにしたのに、琴美のはもう大分溶け始めているが大丈夫だろうか。
「何はともあれ、ようやくテストも終わったね」
俺はウ~~ンと腕を天に掲げて背を伸ばした。
テスト期間なんてものは、初めて体験して予想以上に大変な物だという事が解った。
普通の学生は、これを何度も乗り越えているんだな~。
「テスト期間はしんどかったけど、このテスト期間が終わった後の開放感は良いね」
「そうね。けど、なんで私だけクレープ屋さんに誘ってくれたの?」
「速水先生はテストの採点が忙しいし、周防先輩は妹さん絡みの用事、で、ミーナからは何かこの間から避けられてて……」
「そ、そうなんだ……じゃあ、テストの打ち上げ、これから私と一緒に遊びに行くのはどう?」
琴美がオズオズとこちらを窺い見るように上目遣いで提案してくる。
「いいね~。あ、そう言えば、琴美に縫いぐるみをあげちゃってから、なんやかんや部屋が寂しい気がするから、ゲームセンターのUFOキャッチャーで何か縫いぐるみでも取りたいな」
「ゲームセンターね。じゃあ、ターミナル駅周辺の大きなゲームセンターに行きましょ」
「いいね! けど、いいの? 琴美。生徒会メンバーなのに学校帰りにゲームセンターなんて行って」
「アンタだって、風紀委員でしょ。2人だけの内緒♪」
俺が笑いながら冷やかすと、琴美は悪戯っぽく笑って、口元でシーッと人差し指を立てた。
「と、思ったら……」
「なんで、あの2人がゲームセンターにいるの?」
目的のゲームセンターに着いた早々、俺と琴美は筐体を物色する間もなく、UFOキャッチャーの物陰から、この場にいる意外な2人の様子に釘付けになっていた。
「ケン君、ケン君」
「どうした京子?」
「あの子、欲しい……」
「この間、新しい子をお迎えしたばかりだろ?」
「あの子1人で寂しがってるから、お友達……」
「……解ったよ」
「やった~♪」
「まったく、京子は本当に縫いぐるみが好きだな。これじゃ、火之浦のことをあまり強く咎められん」
大き目な縫いぐるみを取るためのクレーンゲームの前で繰り広げられている仲睦まじいカップルの会話だが、その2人がまさかの……
「土門会長と名瀬副会長⁉ ケン君って、ああ……土門会長の下の名前って健介だったか」
普段の毒舌がなりを潜めた名瀬会長の可愛いお願いに、ヤレヤレと言いながら、土門会長が慈しむような優しい目線を落としている。
「名瀬副会長、京子って名前は古風で気に入らないから、親しくても下の名前呼びはさせないって言ってたのに……って、まぁあの2人は許嫁同士だから当然と言えば当然か」
「え⁉ あの2人って婚約者同士なの?」
「親が決めた関係だし、この先どうなるか解らないから学園ではオープンにしてないし、ドライなもんよって名瀬副会長は言ってたけど……」
「どう見てもラブラブですな……」
「生徒会室でも、そんな素振り微塵も見せてなかったのに……」
琴美は信じられない物を見たという顔で、2人の方を見やる。
「中々、このUFOキャッチャーのアームは塩対応だな」
「がんばれケン君、がんばれー!」
どう見てもカップルです。
空気を読むのに聡い琴美が気付かないんだから、大した隠ぺい力だと言える。
「なんか、見ちゃいけない物を見ちゃったって感じだな」
「私、今後どんな顔して生徒会室にいれば良いのよ……絶対、私がいない2人きりの時はイチャイチャしてるでしょ、あれ」
琴美は頭を抱える。
うん。完全に琴美はお邪魔虫だね。
「まぁ、ほらもうすぐ夏休みだしさ。それより、ここにいると会長と副会長に見つかりそうだから、別のゲームセンターにしようか」
俺の提案に、琴美は一も二もなく頷いた。
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