第42話 もう、やるしかない!
「ユウくんがいないの!」
テスト期間初日の朝。
これから始まるテストに、緊張と寝不足で、いつもよりピリついた学園の雰囲気の中、ミーナの悲鳴のような声がこだまする。
「大きな声を出すな虎咆。皆、テスト当日で気が立ってるんだ」
周防が、両耳に手を当てながら迷惑そうにミーナを窘めるが、余裕のないミーナには、周防の言葉なんて届いていない様子で、周防の胸倉をつかんでユラユラ揺らす。
学園のエントランスホールのため、登校してきた大勢の生徒が何事かと、こちらへ視線を向けていることに、周防はため息をついた。
「あんた、どこに行ったか知らない⁉ ユウ君の自宅が、もぬけの殻だったの!」
「知らん。どこかで勉強してるんじゃないのか?」
「一番重要な、古典の教科書やテキストがリビングテーブルに置きっぱなしだったの!」
「となると……」
「なによ、顔近づけて気持ち悪い」
ミーナが、急にパーソナルスペースに入って来た周防に、不快感を露わにする。
「大っぴらに話せない話だからだ。突然、神谷がいなくなったなら、軍務絡みじゃないのか?」
「あ……」
声を潜めて言う周防の言葉に、ミーナも得心がいったという顔で声を漏らす。
「くそ上層部め……テスト前日に召集かけるなんて、何考えてやがるのよ……」
ギチギチッ! と拳を固める音がミーナの手元から発せられる。
「もっと声を抑えろ、虎咆。軍の上層部批判なんて、こっちまで巻き込まれるのは御免だぞ。仕方がないだろ、あいつの地位を考えたら、替えの効かない場面だってあるだろ」
「奴等に報いを……必ず食いちぎってやる……」
ミーナは周防の言葉が耳に入っていないのか、ブツブツと物騒な独り言を呟いている
「テスト期間初日だというのに騒がしいと思ったら、またお前らか」
「あ、土門会長。おはようございます。すいません、騒がしくして」
「私もいるんだけど~? 私は無視ですか~?」
学園のエントランスホールで騒いでいたためか、生徒会長の土門会長と名瀬副会長がこちらに来て注意をしてくる。
周防が恐縮したように土門会長に頭を下げる。
名瀬副会長の事は、どうやら無視するようだ。
「失脚したおかげで、上手く派閥闘争に巻き込まれなくて良かったわね~。アンタ、案外運が良いのね~」
名瀬副会長は、周防が無視していることなんてお構いなしという風にまくし立て、周防の肩をバンバンと雑に叩く。
先日の一件により、進藤教官派閥が一掃されたのだ。
生徒の中にも、何人か影響を受けて、現在登校していない生徒もいる。
「こういう時は、風紀委員が場を制すのが基本なのに、アイツはどこへいったんだ?」
「アイツが見当たらなくて、コレが騒いでいるんです」
周防が、ミーナを指さしながらため息まじりに土門会長に、事の顛末を告げていると、校舎側から、琴美も出てきた。
「おはようございます。会長と虎咆先輩に周防先輩。珍しい組み合わせですね」
「おう、火之浦。……って、テストの今日は、流石に縫いぐるみは一緒じゃないのか?」
「ここにいますよ。ほら」
そう言って、琴美が背中を周防に向けると、例の電気ネズミの縫いぐるみがザック形式のハーネスベルトで琴美に背負われていた。
「ホントに四六時中一緒なんだな……」
「テスト時にはロッカーに預けろと教官方に言われたのは大いに遺憾です」
琴美が不満そうに、口を膨らませて、背中の縫いぐるみを揺する。
「なんで、急に縫いぐるみなんて背負い始めたんだか……教官方が困惑されていたぞ。まったく……生徒会の未来が心配だ」
周防はちょっと引き気味だが、一応、肯定の意を示しているのは、やはり琴美に過去に突っかかった負い目があるからだろうか。
一方、土門会長は、生徒会にスカウトした前途洋々たる1学年の首席が、最近になって急に不思議ちゃんのように縫いぐるみを愛でだしたことに、大いに不安を抱いているようだ。
「それで、虎咆先輩は何を騒いでいるんですか?」
「神谷が今朝、家にいなかったってことで騒いでるんだ」
「ユ……神谷ですか? 神谷なら教室にいますよ。今、飲み物を頼まれたから、購買の自販機へ買いに行くところで」
「ユウ君、もう学校にいるの⁉」
ミーナがグリンッ! と首を回して、琴美の顔の間近に、まるで妖怪のろくろ首のように顔面を近づける。
「ひっ! は……はい。何か、目がシャキッとする物が欲しいって」
ギョロッとした異様な目つきのミーナに、思わず琴美は素直に喋ってしまう。
「私が持ってく!」
「あ! 私が頼まれたんですよ虎咆先輩! ちょっと、待って!」
購買の方に駆け出したミーナを見て、慌てて琴美が抜け駆けさせまいと追いかけて行った。
かしましい女子2人の後姿を見送り、一先ず喧騒が去った事で良しとするかという顔で、周防と土門会長は肩をすくめた。
◇◇◇◆◇◇◇
「買って来たよユウ!」
「ユウくん! ユウくん! お待たせ」
1-Aの教室に、バタバタと大騒ぎしながらミーナと琴美が飛び込んできた。
「おお、ありがとう琴美、と……ミーナも?」
俺は、自席で最後の追い込みをかけている古典のテキストから、いったん顔を上げて礼を述べた。
朝一にこちらの教室を訪ねて来てくれた琴美に、シャキッとする飲み物を頼んだのだが、なぜかミーナも一緒だった。
「ちょっ! ユウ君、目の下のクマが酷いよ」
「ああ……ちょっと、昨日は寝てなくてな」
ああ……徹夜明けに朝日が目に染みる。
俺は眩しくて思わず目を細めた。
「昨夜はその……仕事だったの?」
「ああ……何とか仕事はギリギリ終わって、出先から直行したんだ」
俺と速水さんは、かつてない程に任務を迅速に終えて戻って来て、諸々の手続きは後回しにして、制服等の着替えや古典のテキストだけ引っ掴んで学園に来ていた。
だが、もう試験まで時間もないので、最後の追い込みをかけている所だ。
「試験ぎりぎりまで、少し寝た方が良いんじゃ……」
「寝たら試験終了のチャイムまで寝ちゃいそう」
何とか、試験の間だけは意識を保たないと。
「はい、頼まれた飲み物。エナジードリンクにコーヒーだよ。あと、ミネラルウォーターも。ちゃんと水分も摂らなきゃ駄目だからね」
「ありがと琴美……助かる」
俺はヨロヨロと御礼の言葉を述べる。
「ユウ君、こっちは聖帝ロイヤルドリンクにマムシ精力ハイパワードリンクね。こっちの方が強力だよ」
「なんで、そんなの学園の購買に売ってるの……」
ミーナが買って来てくれたドリンクの方が高価で効く奴だが、普通の高校に売っている代物ではないのだが。
こういう所が、特務魂装学園のブラックさを如実に示すものなのかもしれないと思いつつ、俺は琴美とミーナに礼を言って、ドリンクを飲み干した所で、始業のチャイムが鳴る。
コンディションは最悪だが、やるしかない!
俺は、昨夜の戦場に立つよりも気合を入れた。
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