第40話 テスト終わりのご褒美
「え~と、返し点がついてて、ここに一、二点がついてるから、ええと、ここで戻って……こう?」
「うん、正解です。これでバッチリですね」
パチパチ! と真凛が小さく拍手してくれる。
「まだ小学生レベルだがな」
「周防先輩、そんな風に貶すと、子供は伸びないよ」
「お前のようなクソ生意気な子供は要らん」
周防先輩がブレンドコーヒーを飲みながら吐き捨てるように言う。
「周防先輩、今日は当たりが強いですね。あ、さては、俺の家庭教師役を真凛ちゃんに取られて拗ねてるんですね?」
「女子中学生に小学生の勉強を教わる高校生の洞察力は流石だな」
最近はすっかり牙が抜け落ちていたと思ったのに、久しぶりの残忍な周防先輩の言葉のナイフが俺の心を的確に抉ってくる。
「ぐぅ……しょうがないじゃん。真凛ちゃんが教えるのが、この教科書を借りる条件だったんだから」
何故か真凛ちゃんが、ピンポイントで、該当範囲の小学生の教科書を持っていたのだ。
「けど、真凛ちゃんはなんで小学生時代の教科書なんて持ってたの?」
「ユウに教えてた様子を見てたけど、真凛ちゃんは頭も良さそうだから、小学校時代の復習なんて不要でしょうしね」
ミーナは琴美も不思議そうな顔をして尋ねる。
もっともな疑問だ。
「妹だからです」
「「妹だから?」」
まるで答えになっていない答えが真凛ちゃんから飛び出したので、思わずミーナと琴美が聞き返す。
「妹が、お兄ちゃんが困っていることを解決するのは万物の理によるものです」
「「お、おう……」」
とりあえず、ミーナと琴美は頷くことしか出来ない。
「真凛は、昔から変に勘が良かったりするんだよな。今日はイワシの南蛮漬けが食べたいなと思っていたら、夕飯のメニューとして真凛が作っていくれていたり。不思議なもんだ」
「私がお兄ちゃんの妹だから。それ以上の答えは無いよ、お兄ちゃん」
周防先輩は食べたい夕飯が云々と呑気なことを言っているが、これは、真凛ちゃんがエスピオの諜報能力リソースの大部分を、普段からお兄ちゃんの周防先輩に割いて、逐一観察しているから出来る芸当だろう。
きっと周防先輩は、毛穴の数まで妹の真凛ちゃんに逐一把握されてしまっているだろう。
知らぬが仏だ。
周防先輩に合掌……
◇◇◇◆◇◇◇
(ピンポ~ン)
「はーい。ミーナあがって」
「お邪魔します。ユウ君、はいこれ」
「ありがとミーナ」
「お母さんがちゃんと、中学時代の教科書取っておいてくれてて良かった」
中学の国語の教科書をミーナが家から持って来てくれたのだ。
ファミレスでの勉強会は結局、中学生の真凛ちゃんがいることもあり、早目に解散となった。
本当は、夕飯もファミレスで食べて、もうちょっと遅くまで頑張りたかったんだけど、教科書も講師もいなくなってしまうので仕方がなかった。
「あと、これ夕飯ね。すぐに食べちゃいましょ」
ミーナが、お母さんのミリアさんが作り置いてくれていたと思しき総菜の入ったタッパーをダイニングテーブルに並べる。
「あれ? いつもは、俺が虎咆家にご相伴に預かりに行くのに、今日は俺の家の方で食べるの?」
「古典の勉強が、まだ終わってないでしょ。せめて、中学校の範囲は早めに終えておいた方が良いから、夕飯食べたら勉強しましょ」
「はーい」
正直、ファミレスから家に帰って勉強モードが切れてしまっているのだが、ミーナが妙にヤル気だ。
ここは、教わる側としては素直に従っておこうと、俺は取り皿や箸などをダイニングテーブルに配膳しながら思った。
「そういえばさ、ユウ君。夏休みはどういう予定なの?」
ミリアさんの作ってくれた鶏肉と根菜の黒酢あんかけと、結局、「一品くらいは自分で作りたい」と、ミーナが冷蔵庫のありものでパパッと作ってくれたニラ玉に舌鼓を打っていると、ミーナがさりげなくという風を装って聞いてきた。
いつも、ミーナは自分の料理の感想を聞いて来るのに、今日だけ何も聞いてこずに、食べている最中もソワソワしていたので、結構まるわかりだった。
「う~ん、ちょこちょこ仕事が入ってるかな」
一学期の間は、学園生徒としての立場を慮ってか、または各地の戦線の戦況が、俺のリモート飽和爆撃に恐れをなして落ち着いてくれていたのもあり、あまり出番が無かった。
とはいえ、具体に休戦協定が結べたというニュースも聞こえてこないので、夏休みは計画的に俺の出番があるようだ。
敵国もまさか、いつ自分たちの頭上に砲撃の雨を降らせてくるか夜も眠れない悪夢の計画が、俺の夏休みに合わせて執り行われるという事は思いもよらないだろう。
「そっか……少将さんだもんね……忙しいよね」
ミーナがお茶碗と箸を持ちながら、目に見えてシュンと落ち込む。
「何か夏休みにやりたいことがあるの? ミーナ」
「うん。夏休みに旅行に行きたいと思って」
「旅行?」
「えっと、その……ユウ君と一緒に、行きたいなって……」
ちょっと恥ずかしそうに、ミーナがモジモジとしながら、意を決したように言葉を発する。
「俺が、虎咆家の家族旅行に同行するってこと?」
「そうじゃなくて、その……私とユウ君の2人きりで沖縄旅行に行きたいの」
「……普通、高校生って夏休みに、子供たちだけで飛行機に乗るような観光スポットまでプライベート旅行するものだっけ?」
「そこは、給料が出るこの学園ならではだね。この間、夏のボーナスも出たし。本当は、生徒同士の長距離旅行は学園としては推奨してないらしいけどね」
「あぁ、なるほどね。ミーナも去年、誰かと行ったの?」
「……私、1学年の頃は学園に友達とかいなかったし」
「あ……ごめん」
俺が地雷を踏んでしまい、気まずい沈黙が食卓に流れる。
「ところで、旅行場所はなんで沖縄なの?」
「魂装能力者は、国外逃亡や誘拐、略取のリスクがあるから、海外旅行が原則、国から認められてないでしょ。だから、国内で出来るだけ遠くに行きたいってことで、沖縄が魂装能力者には人気なんだよ」
人は、制限されているならば、その許された上限いっぱいまで行っておかないと損した気分になるからな。
「来年は、私も3学年で忙しいかもだから、旅行に行くなら2学年次かなって思って」
「そういう事なら付き合うよ」
「へ⁉ つ……つ……つ……付き合」
「旅行にね」
ベタな返しをするミーナに、俺は食後のお茶をすすりながら答える。
「え、え⁉ お仕事の方は大丈夫なのユウ君? 3泊4日くらいで考えてるんだけど」
「夏期休暇が3日間付与されるからね。土日に繋げれば行けると思うよ」
今までは、システム上、ただ付与されてそのまま消えていくだけの夏期休暇だったが、今年度はしっかりと使わせてもらうぞ。
夏期休暇は翌年度繰越が無く、毎年度消滅していて忸怩たる思いだったが、その分、一番良い時期に休暇取得してやると決めていたのだ。
「わ、わたし、今から本屋さんで沖縄の旅行ガイドブック買い漁ってくる!」
ミーナが慌ただしくエプロンを外して、バタバタと家を出ていく。
「あれ、古典の勉強は?」
俺のつぶやきは、どうやらミーナの耳には届いていないようだった。
ミーナが戻ってくるまで、先に風呂に入っておくか。
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沖縄行きてぇ!