第39話 ふぇぇぇ……勉強解んないよ~
「ふぇぇぇ……周防先輩、この『とぜんくさ』っていう物語、何も読めないよ~」
「徒然草な。ちなみに、こっちの随筆名は読めるか?」
「まくらくさこ?」
「枕草子な」
「あと、この漢字の横にある『レ』とか『一、二』とか何?」
「そこからか……」
ファミレスで、ようやく勉強が始まったのだが、俺は今大きな壁にぶち当たっていた。
「英語や数学は案外大丈夫だから問題ないかと思ったが、まさか古文・漢文が穴だとはな」
周防先輩がため息をつく。
「ユウくん英語は凄い出来るんだね~、英語が読めたり喋れたりして格好いいよ!」
「ユウは図形問題が得意なんだね。私、苦手な分野だから教えて欲しい」
「そうやってお前らは、すぐにこいつを甘やかす……大体、今まで古典の授業中はどうしてたんだ? 寝てたのか?」
「起きてたけど、空の綺麗さを再確認する時間だったというか……」
「授業中、上の空で窓の外を眺めてたのか。授業態度での救済も期待できないな」
「ふぇぇぇ……」
そうなのだ。
よく赤点になりやすいと聞く英語や数学は、案外大丈夫だった。
あらためて問題集に向き合ってみると、軍で習った測量の知識が数学の幾何の分野に役立ったし、英語は世界中を駆けずり回っていたから、ブロークン英語だが身についていたのだ。
「英語は文法が間違ってるからポロポロ失点するだろうし、数学は丸暗記した三角関数表の数字で力技で解くから、そこまで安全って訳じゃないけどな。ただ、一番問題なのは……」
「古文・漢文って、小学校高学年で初めて単元として触れるから、ユウくんは一切勉強してなかった分野なのよね」
「俳句なら習ったんだけどね……」
10歳の小学4年生に軍に強制徴兵された弊害がここに……
国語は正直、何か適当に本をよんでおけば良いだろうと、戦場に居た時の勉強でも後回しにしてしまっていたのだ。
「こうなったら、小学生レベルの基礎からやり直すしかないな」
「最近じゃ、ネット動画でタダで塾の授業も観れたりするわよね?
「あれは全部の授業はアップされてなくて尻切れトンボになってる物もあるんですよ。私、ネットでフリーで使える教材が無いか探してみます」
「ふぇぇ、ありがとう……みんな」
何気に、3人共2学年と1学年の成績優秀者なわけで、適格に俺のカリキュラムが練られていく。
ただ、小学生レベルからやり直さなきゃいけないという点は、やっぱり恥ずかしい……
「う~ん……小学生用だと、案外、授業動画の種類がないわね。メインはやっぱり、苦手な子が多い算数を扱ってる動画が多いかな」
「フリーの教材も同じような状況ですね。古文漢文はそんなに種類がないです」
ミーナや周防先輩と琴美は、スマホで色々調べてくれたが、中々良い物が見つからないようだ。
「小学生のうちは、何だかんだ教科書が一番優秀な教材だからな」
腕組みをしながら、周防先輩が難しい顔をする。
「俺は別にいいよ、どんな教材でも」
「いや、初めて習う単元はキチンとした教材を使って勉強した方が、結果理解が早い」
「やっぱり、周防先輩は勉強でもクソ真面目なんだね」
俺のためにウンウンと唸りながら授業計画を考える周防先輩たちを尻目に、ここでドリンクバーにおかわりを貰いに行くのは、さすがに空気が読めないか? と思いつつ、ドリンクバーの方を見やると、ちょうどファミレスの入り口から入店してくる、夏用セーラー服の女の子の姿が視界に入り、俺は思わず絶句した。
「あら、偶然ね。お兄ちゃん」
周防先輩の妹の、真凛ちゃんが真っすぐにこちらの席に来た。
まるで、俺たちがどこの席に座っているのか、あらかじめ把握していたかのような動きだ。
「真凛⁉ どうしたんだ、こんな所で」
「ちょっと野暮用でこっちに来ていたの」
周防先輩が驚きつつ尋ねると、真凛ちゃんは淀みなく答えた。
「周防先輩、この子は?」
真凛ちゃんとは初対面の琴美が、いきなりこちらに来た女子中学生の方を見やりながら、周防先輩に尋ねる。
「俺の妹の真凛。中学3年生だ」
「周防真凛と申します。いつも兄がお世話になっています」
折り目正しく、真凛ちゃんがお辞儀をしながら挨拶をする。
「ふ~ん、アンタの妹ね……それにしては似てないわね」
「そうですね……あ、いや、真凛ちゃん、まだ中学生なのに随分大人っぽい感じって意味で」
ミーナが同級生の気安さから茶化した言いまわしをすると、琴美も同意だったのか思わず頷きつつ、慌ててフォローする。
「皆様、良ければご一緒させていただいても良いですか? 私、来年には学園に入学したいと考えているので、是非お話を伺いたいんです」
「いいけど、私たち一応、今日は勉強会の名目で集まってるから」
「そうなんですか。けど、お兄ちゃん、今までテスト期間の時に勉強会なんてしてたっけ? 普段は、1人でモクモクとやるタイプなのに」
初対面のミーナや琴美には丁寧な言葉遣いなのに、お兄ちゃんの周防先輩にはつい、いつもの口調で話してしまうのは、微笑ましい光景だ。
真凛ちゃんの裏の顔を知っていなければの話だが。
「今回は、こいつの面倒を見なくちゃならないからな」
「っす……お兄さんをお借りしてます」
俺は、蚊の鳴くような声で真凛ちゃんに挨拶した。
「なんで、ユウくんは真凛ちゃんにそんな委縮してるの?」
「い、いや別に……」
ミーナが不思議そうに見ているが、俺は目を真凛ちゃんとミーナの視線から目を逸らしながら適当に答える。
すでに真凛ちゃんが、色々とヤバい秘密を掴んでいる軍の優秀な諜報員であるとは言えない。
「ハッ⁉ ひょっとして、ユウって真凛ちゃんみたいな年下だけど、お姉さん味のある子がタイプなの⁉」
「そうなの⁉ ユウ君⁉ 猫可愛がりするのに最近飽きてきて、こういうタイプに食指を伸ばすように」
「兄の俺の目の前で、真凛に、そういう生々しい話をするな!」
あ~、もう面倒くさい。
面倒くさいことになってるけど、今はミーナも琴美のことも一先ず無視するしかない。
なぜならば、
『解ってると思いますけど、私とは初対面の体でお願いしますね、神谷先輩』
今、真凛ちゃんの魂装能力で、内心領域で語り掛けられている所だからだ。
『ねぇ、コン。この鬱陶しい脳内通信切れないの?』
『残念ながら、このエスピオという魂魄の能力は、内心の中だけならば、私より干渉能力が上です。操られはしませんが、話しかけられるのをこちらからシャットアウトすることは出来ません』
『神様もあてにならないな~』
『だったら、日頃からコン呼ばわりでなく、キチンと真名で呼んでください』
『お二方とも、会話はこちらに丸聞こえだという事をお忘れなく』
そう言えばそうだった。
『本日は、お願いがあって参りました。単刀直入に申しますと、私とエスピオを、兄と同様に神谷様とコン様の旗下に入れていただきたく……』
俺は、一瞬真凛ちゃんの方を窺い見る。
真凛ちゃんは、静かに目を閉じて目礼を俺に返した。
『……俺は、真凛ちゃんの大事な大事なお兄ちゃんを決闘でぶっ飛ばした張本人だけど?』
『お兄ちゃんの陥った事態を知った直後は、当然、貴方を根絶やしレベルにすり潰す算段を組み始めていました』
『こわ……』
『しかし、同時にお兄ちゃんを縛っていた、後ろ盾の民間企業体のしがらみを剥がす、よい機会になったのも事実。それに……』
『それに?』
『……要は、貴方の下についた方が、私もお兄ちゃんも安心だという事です。すいません……これ以上は、私の口から言うのは危険だと思うので言いません。エスピオも同意見です』
『そう……君は、そこまで知ってるわけか。それで俺の下につくと?』
『貴方という後ろ盾がいるからこそ、私の……エスピオの能力を世に晒すことが出来ました。エスピオの能力を使えば、お兄ちゃんに巣食った害虫を排除するのは訳ない事でしたが、そうすると私は、否が応でも大事な人から引き離される。まるで、貴方の時のように』
『…………』
『中々、したたかな娘と魂魄ですねマスター。どうします?』
コンの問いかけに、俺はしばらく考え込んだ。
黙り込んだ俺を、真凛ちゃんは無言で待つ。
『いいよ。じゃあ、今後は仲間ってことで宜しく』
俺がそう言うと、内心へのエスピオとか言う魂魄からの接続が切れる。
「ぶはっ! はぁ……」
「どうした真凛? 急に黙り込んだと思ったら」
詰まっていた息を決壊するように吐き出した真凛ちゃんの様子を見て、周防先輩が心配するように真凛ちゃんに寄り添う。
「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちょっと息するの忘れてただけ」
「聞いてる限りでは、全然大丈夫じゃないんだが⁉」
おそらく、緊張の糸が切れたんだろうな。
俺に、秘密を握っていることをチラつかせて、懐に飛び込む。
俺とコンの力の真実について、おそらく全容を知った上で、真凛ちゃんはこちらに交渉を持ちかけたのだ。
大した度胸だが、出たとこ勝負もある危険な賭けだから、多大なプレッシャーは感じていたようだ。
「無言で見つめ合ってて、ますます怪しい……」
「ユウ……妹キャラがいいなら、私の方がオーソドックスだよ!」
そういえば、ミーナと琴美が、俺と真凛ちゃんとの仲を盛大に誤解しているまま、ほったらかしにしていたんだった。
「2人とも心配はいらないよ。真凛ちゃんは、お兄ちゃんが大好きなんだから、俺なんて眼中にないよ」
「ええ。将来は、お兄ちゃんのお嫁さんになります」
呼吸の乱れを正した真凛ちゃんが、先ほど、来年学園を受験する予定ですと言っていたのと同じように、さも当然である事のように爆弾発言を唐突に投下した。
「「え……」」
ミーナと琴美は、思わず絶句してしまう。
何となく直感的なものでしかないが、2人共、真凛ちゃんがガチで言っているという事を感じ取っているのだろう。
「あ~、皆気にしないでくれ。真凛が小さな頃から言い続けている冗談だ」
周防先輩は、慣れたものという感じで、場の空気の転換を図る。
子供の頃から今まで言い続けているなら、それってただのガチということなのでは?
と俺は、いや恐らくミーナも琴美も思ったに違いないが、下手に口にして決定打になるのは御免なので、皆、無言を貫くことになった。
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