第36話 全ての黒幕
「まずは座りなさい。疲れただろ」
「いえ! 自分はこちらで」
学園長室に招かれた周防先輩は、カチンコチンで応接セットのソファ裏に屹立していた。
「周防先輩、突っ立てられると話しにくいから、座って座って。あ、お茶飲む?」
「いえ! 雑兵の自分が、将官のお二人とご同席するなど、もっての他です」
「じゃあ、はい命令。とっとと座って周防二等兵」
「はっ! 失礼いたします」
キビキビとした自動人形みたいな動作でソファに腰を下ろす様は、さすが2学年らしく訓練されたものだった。
「周防先輩にも階級バレちゃったか~ あの間者のおっさん、最後っ屁かましてくれちゃって」
俺は苦い顔をして、お茶をすすった。
周防先輩には、ある程度階級が上だってバレてたけど、さすがに将官だとは思っていなかったようだ。
ミーナの時もそうだったけど、高校生の年齢で将官って、やっぱり異常だよな。
「それで、周防先輩」
「はっ! なんでしょうか? 神谷少将!」
「まずは、その鯱張った話し方はやめて。命令だから」
いちいち一言一言に力が入りすぎていて、かなりうっとおしいのだ。
「は、はい。ただ、これだけはキチンと言わせてください。今回の事、本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げる周防先輩が、より鬱陶しい感じになる。
これは面倒くさい。
「俺は、ただ自分に認められてる範囲の権限を使って、特殊作戦群を動かしただけだよ。それよりも、礼なら妹ちゃんの真凛ちゃんに言いなよ」
「は……? 妹の真凛が?」
突然予想外の人物の名前が飛び出して、周防先輩が当惑した顔を見せる。
よしよし、驚きでようやく周防先輩の雰囲気が砕けたな。
「入ってきていいよ~」
「お兄ちゃん!」
「真凛⁉ お前、なんで学園に」
俺が学園長室のドアに向かって声を掛けると、妹の真凛ちゃんが学園長室に入って来て、周防先輩に飛びつく。
「お兄ちゃんの様子が変だったから、たまたま知り合った神谷先輩に調べてもらうようにお願いしたの」
「そうだったのか」
「お兄ちゃん、私を守るためにスパイをやらされそうだったんでしょ?」
「真凛……」
「私のために……ごめ……ごめんね、お兄ちゃん……」
「お前は何も悪くない……だから、泣くな」
泣きじゃくる妹の真凛ちゃんを、周防先輩は優しく抱きとめる。
「傍目に見れば、兄妹の感動的な光景なんだけどな……裏を知っていると、女の子って怖いなって感想しか出てこないっすね、高見学園長」
「今回のことは、全て彼女が全て筋書きを書いたからな。中学生にして末恐ろしい……」
俺と高見学園長は、コソコソッと2人に聞こえないように小声で話す。
まぁ、周防先輩と真凛ちゃんは2人の世界に入り込んでいるから、杞憂かもしれないけど。
「しかし、諜報系統の魂装能力なんて珍しいっすね」
「それも、学園の対魂装セキュリティやセンサーに全く引っかからない精度でな。その諜報能力で集めた、進藤をはじめとしたスパイの情報があったから、上もすぐに動いてくれた。まぁ、上がすぐに動いたのは、お前の正体の情報まで彼女に握られていたからというのもあるが」
「来年度の新入生の首席は、もう真凛ちゃんで決まりじゃないっすか?」
「だな。通常、お前の正体を部外者が知ったら消すしかないんだが、既に彼女は軍の中枢の奥深くまで食い込み過ぎていたから、今更処理をすると、どんなしっぺ返しを食らうか解ったものではない」
「諜報能力や情報操作能力に優れてるなら、暗殺や捕縛も難しそうですもんね。逃亡して、他国に逃げられでもしたら、機密漏洩でとんでもない国家の損失になりますね」
「なので、軍の上層部からも既に、彼女を何としてでも軍側に引き込めと指令が飛んできている」
今回の学園内外の間者の一掃は、全て真凛ちゃんの手土産によるものだった。
その見返りとして、我々は真凛ちゃんが練った、周防先輩が自分の意志で民間派閥と完全決別するシナリオの再現に付き合わされたわけだ。
「自分で書いたシナリオなのに、あんなに泣けるもんですかね。こわ……」
「随分、彼女に対して畏怖の念を抱いているんだな祐輔」
「最初に会った時に、俺、殺されちゃうのかな? って思うほど、殺気と怨嗟のこもった目で見られましたからね」
真凛ちゃんがこちらを訪ねて来た時は、久しぶりに、戦場でヤバい魂装持ちに会敵した時の空気を想い出した。
「まぁ、祐輔が兄である周防君を失脚させた主な原因なわけだからな。そりゃあ、妹からは恨まれるだろ」
「俺、一人っ子なんでよく解らないんですけど、あの年頃の兄妹の距離感って、あれで問題ないんですか?」
「…………思春期にしては、仲の良い兄妹だな」
「真凛ちゃん、周防先輩に抱き着きながら内股になってハァハァ言ってますよ。この部屋にもし俺たちがいなかったら、何かを、おっ始めそうです。あれはブラコンという範疇に収まってるんですか?」
俺たちがコソコソ話しているのが聞こえたのか、
「ちょっと待っててね♪ お兄ちゃん」
真凛ちゃんが周防先輩から名残惜しそうに離れると、俺と高見学園長の方に来た。
やべぇ、聞こえちゃってたか。
「お二方とも。よく誤解されがちなのですが、私はブラコンではありません」
ニッコリと笑いながら真凛ちゃんは堂々と言い放った。
女子中学生なのに、
「あ、そうなんd」
「愛です」
「あ……愛?」
「愛です。その1文字以外、2人の間を表する言葉は存在しません」
「そ、そうなんだ……おっけおっけ~」
引き攣った笑いで返答した俺と高見学園長に、用は済んだとばかりに真凛ちゃんは、ひるがえって、またお兄ちゃんの周防先輩の元へ甘えた声で向かっていった。
「高見学園長……あれ、教育者として見過ごして大丈夫なんですか?」
「……彼女は、まだ学園の生徒ではないしな」
「『管轄だ縦割りだなんてくだらねぇ! 俺が責任をとるから現場判断で動け!』 って戦場で格好良く命令してた、部隊長だった頃の高見学園長はどこへ行っちゃったんすか?」
「俺だって、関わり合いになりたくないものの一つや二つあるわ。それに、兄の周防の方は、どうやらそういう雰囲気ではなさそうだしな」
高見学園長が遠い目をして、目の前の光景から全力で目を背ける。
『ちょっといいですか? マスター』
『なんだ、コン?』
非常事態という訳でもないのに、珍しくコンが会話中に俺に語り掛けてきた。
『お二方が懸念されている点は、周防兄妹が実兄妹であることに起因するかと思うんですが』
『まぁ、そうだな』
『あの2人、血はまるで繋がってないですよ』
「なんですと⁉」
「なんだ祐輔、急に大声なんて出して」
「あ、つい声に出しちゃって……すんませんっす高見学園長」
コンとの内心での会話だったのに、俺は思わず声を出して驚いてしまった。
コンの声が聞こえていない高見学園長からしたら、俺が急に脈絡なく感嘆詞を漏らしただけに映る。
俺は、再度コンとの内心の会話に意識を戻す。
『え? コン、それマジなの?』
『そもそも、同じ血族の場合、同系統の魂魄としか契約できません。周防兄が加速系統の刀剣術の魂装能力なのに対し、妹の方は諜報系統の能力。魂魄の系統が離れすぎていますから、当然2人に血縁関係はまるで無いでしょう』
『たしかに、親族は似た系統の魂装能力を発現するって学説は聞いたことあるけど、まだ仮説段階だったような』
とは言っても、魂装能力や魂魄の存在を人類が認知して10年あまりだから、まだまだ解っていない事は多いし、事例もまだまだ少ない。
『事実です。魂魄は血を依り代として契約する人間を選びますから、魂魄側からしたら当然と言えます』
って事は、周防兄妹は義理の兄、義理の妹って事なのか。
『知りたくもない人様の込み入った家庭事情知っちゃった……とてもじゃないけど、俺一人で抱えられないよ』
お兄ちゃんと血が繋がっていないことを真凛ちゃんが知ったら、即おっぱじまってしまう未来しか見えない。
『心配しなくとも、妹さんの方は全て知っていますよ』
『ええ⁉』
『諜報系統の能力という事は、私とマスターのように、魂魄と会話なりの意思疎通が出来ないと成り立ちませんからね』
『俺たち以外にも、魂魄と対話できる魂装能力者がいたんだ』
そこはちょっと嬉しい。
他の魂装能力者に言っても、全然ピンときてないって感じで、マイノリティの中の更にマイノリティの存在だったからな。
『マスターへ質問ですが、あれ程までに兄に執着する妹さんが、超高度な諜報能力を持っていたとして、その能力はどう使われるでしょうか?』
『……お兄ちゃんのことは徹底的に調べ上げるだろうね』
『戸籍謄本を見れば解るような情報なんて、彼女はとっくの昔に知っていたでしょうね』
『けど、周防先輩は、真凛ちゃんが義理の妹って知らないんじゃない?』
周防先輩の真凛ちゃんに対する態度は、純粋に妹への家族愛という感じだったし、男女としての意識は無いように思えた。
いや、義理の妹だからイコール異性として意識しちゃうという事はないんだろうけどさ。
『その点については、どうやら妹さんから説明があるようですよマスター』
コンの言葉を受けて、真凛ちゃんの方を見るが、相変わらずお兄ちゃんとキャッキャしているだけのように見え……
『お兄ちゃんに余計なこと言わないでくださいね』
『え⁉ 真凛ちゃん、俺とコンの内心の会話領域に入ってこれるの⁉』
『これは私も少々驚きましたね』
コンもびっくりしているので、これは相当希少な能力なんだろうな。
真凛ちゃんは、周防先輩の腕に自分の腕を絡めて恍惚の表情をしつつ、俺たちに視線だけ寄越す。
『どうも、お邪魔します。これは私の魂装エスピオの力です。能力は諜報で、人の心にも侵入できます』
『とんでもない能力だな』
俺が素直に感嘆すると、真凛ちゃんが内心で言葉を続ける。
『それで、お兄ちゃんには、私たちが血が繋がってないって教えないでください』
『いや、さすがに家庭内のデリケートなことだから、最初から触れるつもりはなかったよ』
『それなら良かったです』
『けど、お兄さんのことが好きなら、義理の兄妹だって周防先輩に伝えちゃった方が、むしろ男女として意識してくれるんじゃないの?』
『何も解ってないですね神谷先輩は』
『うん?』
『実の妹と思ってるお兄ちゃんが、私のために倫理の一線を越えてくれるから良いんじゃないですか』
あ……この子も難儀な性癖持ちか。
「なんだ、お前ら見つめ合って。仲良しか?」
周防先輩が、無言で見つめ合っている俺と真凛ちゃんに気付いたようだ。
「ちょっと、神谷先輩と目でお話してただけだよ~お兄ちゃん」
「真凛、神谷は止めておけよ。こいつに好意を持っても苦労するだけだぞ」
「あ、ひょっとしてお兄ちゃん、私が神谷先輩に好意もってると思って妬いてるの? ねぇねぇねぇ?」
「あ……兄として妹が悪い男に引っかからないように、注意しているだけだ」
完全に俺を出汁にして、兄妹でイチャコラしてるじゃん。
「周防先輩」
「ん? なんだ神谷」
「頑張って……くださいね」
「……? ああ」
真凛ちゃんが相手じゃ、既にチェックメイトも同然だが、俺は学園の一後輩として、何も知らない周防先輩へエールを送っておいた。
その時が来たら、真凛ちゃんと周防先輩の結婚披露宴でスピーチ役は任されたから。
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書籍化予定のU-15サッカーは現在、2回目の著者校正中。
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