第34話 妹の周防真凛
【周防先輩視点】
「ただいま……」
「おかえり、お兄ちゃん! あれ、どうしたの? 元気ないよ、大丈夫?」
「いや……大丈夫だ真凛。ちょっと疲れてるだけだ」
家に帰ると、妹の真凛がいつものように玄関まで迎えてくれた。
日頃よく見てくれているのか、俺の様子に即座に違和感を覚えるのは、我が妹ながら聡い。
俺は慌てて気を引き締めて、真凛に心配ないと告げる。
「そう? じゃあ、今日はスタミナのつくご飯にするね」
俺のカバンを奪い取るように持つと、真凛はトトトッと小走りに洗濯場へ持っていく。
洗濯物や汚れものを出すくらい、自分でやるといつも言っているのだが、何故か妹の真凛は嬉しそうに俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくる。
「今日は、魂装予備校は休みの日だったか?」
「うん。そろそろ学校のテスト期間に入るから」
「じゃあ、家事なんてしなくても……」
「ん? 何か言ったかな~? お・兄・ちゃ・ん♪」
ダンッ! と、まな板に包丁が強めに叩きつけられる音がキッチンから響く。
「いや……父さん母さんが海外赴任で兄妹2人なんだし、ハウスキーパーさんを雇って少しは真凛の負担を」
「何にも負担なんかじゃないよ。むしろ、兄妹2人の生活を誰にも邪魔されたくないんだ」
ニッコリと笑っているが、顔には影がさしていて、我が妹ながら妙な迫力があった。
「いや、真凛は中学3年生で受験生なんだからさ」
両親からもしっかりと生活費が毎月振り込まれるし、少額だが俺も給料を貰っている身なんだからお金の心配はないのでハウスキーパーさんを雇おうと、俺と、現在夫婦で海外赴任中の両親も再三にわたって真凛に提案しているのだが、毎回、その提案をすると真凛は断固拒否の姿勢を崩さない。
それでも、こちらも諦めずに折を見て何度も提案しているのだが、何故、真凛が家事や俺の世話なんて面倒な事を手放そうとしないのか、俺にはよくわからない。
「受験なら心配いらないよ。この間、魂装予備校の模試でA判定取ったから余裕だよ」
「そうか、その点は流石だな真凛」
「何てったって、お兄ちゃんの妹ですから」
何故かドヤ顔で胸をはる真凛だが、俺は特に真凛に魂装について教えたりしてないんだがな。
あと、1学年が終わるまでは俺もそれなりの地位を学園内では築いていたが、今やその栄華は見る影もないどころか、むしろマイナスの影響を真凛に与えてしまいかねない。
「何にせよ、真凛には負担だよな。魂装能力者は、外国への出国が厳しく制限されてるから、俺の方は学園の生徒だから仕方がないとはいえ、せめて、幼い真凛だけでも父さん母さんの海外赴任に着いていけたら良かったんだけどな」
「私をいつまで子供扱いするのよ」
「こっちばっかり見てると料理焦がすぞ」
「わ! 危なかった、セ~フ」
プ~ッとふくれっ面を見せていた真凛が、今度はワタワタと慌てだしている様を見て、思わず笑顔になる。
ここで、先ほど学園で、進藤教官に言い渡された事が再び、頭の中をよぎり、その真意を反芻する。
『神谷をスパイして報告しろ。断れば、妹の学園入学を妨害する』
今の俺に、この要求をはね退ける力なんてない。
どちらを選んでも、俺には碌な未来が待っていないだろう。
だが、それでも、今目の前にいる身内である妹を害することは、兄として取れる選択肢ではなかった。
妹の……真凛のためだったら俺は……
許せ、神谷……
「けど、お兄ちゃん。最近は、表情が柔らかくなってきたよね」
「え⁉」
真凛の意外な言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。
「そ、そうか? この間も後輩にも似たようなことを言われたが」
最近、よくつるむことになった失礼な後輩たちが、俺の事を動物園のゴリラだなんだと弄ってきていたのを思い出す。
「うん。前の、冷徹なエリート然としてたお兄ちゃんも、あれはあれで格好良かったけどね」
「カッコイイなんて言ってくれるのは、身内のお前だけだよ」
「今のお兄ちゃんの方がもっと好き。あの頃の、お兄ちゃんはどこか無理してたみたいだし」
「…………」
「だからさ、お兄ちゃん。悩んだ時は、私の好きなお兄ちゃんでいさせてくれる方を選んでね」
「なんだそれ……」
俺は思わず苦笑した。
真凛はいつも、俺のことを本当によく解ってくれている。
ともすれば、俺よりも俺のことに詳しく、深い理解をしているとでも言うのか。
「ありがとう、真凛。おかげで色々と吹っ切れた。なぁ、真凛」
「ん~? なに、お兄ちゃん」
料理が出来上がったのか、真凛は大皿のメイン料理と、お味噌汁をトレイに載せてダイニングテーブルに移動してきた。
「もしもの時は俺がお前のこと面倒見てやるからな」
(ガシャアァァァァンッ‼)
「ちょ! 大丈夫か真凛⁉」
俺は慌てて、真凛の方に駆け寄る。
真凛は派手な音を立てて料理やみそ汁の載ったトレイをそのまま盛大に全部床にぶちまけてしまったが、真凛はまるでその事に気が付いていないという様子で、呆けたような顔で俺を見つめる。
幸い、真凛に熱い汁などを被って火傷をしていたりはないようだ。
「なにこれ、夢……? お兄ちゃんが……私……お嫁さ……」
真凛が、何やらブツブツと独り言を呟く。
先ほどの、お前の面倒を見る云々の話は、もし、真凛が俺のせいで魂装学園に不合格になるようだったら、俺は何だってするつもりだという決意表明だったのだが、上手く伝わっていないのだろうか?
俺のせいで、真凛が魂装能力者としての道を諦めなくてはならないなら、責任を取る所存だ。
「本当に大丈夫か? お前の方こそ疲れてるんじゃ……」
「ううん、全然、ぜーんぜん平気! あ、料理駄目になっちゃったから、作り直さないと」
「いや、今から作り直すなんて大変だから、今日は何か出来合いの物でも」
「大丈夫だよ! けど、ちょっと色々と整えなきゃだから、1時間……いや、2時間ちょうだい」
「なんだ? 作り直しなのに、そんな凝った料理を作るのか?」
「乙女には色々あるの! いいから、お兄ちゃんは先にお風呂に入ってて!」
なんだかよく解らないが、ご飯を作ってもらう身としては、文句を言う権利も筋合いも無いと思うので、俺は大人しく従うことにした。
「ウへへッ、どうしよ? エスピオ~」
「このままお兄ちゃんを泳がせて、私への罪悪感で一生縛るっていうのも、今更だけどアリなんじゃないかって思いだしたんだけど……」
「あ、たしかにそれだと、お兄ちゃんと同じ学校に通えないし……うんうん。やっぱりエスピオの言う通りそれが良いよね、わかった。じゃあ、引き続きお願いね」
2階の自分の部屋から着替えを取って階下に戻ると、真凛は虚空に向かって何やら会話をしていた。
子供の頃から見慣れた風景だが、相変わらず真凛は不思議ちゃんだ。
『エスピオ』と名付けた、架空の友達? 相棒? ペット? 何なのかは解らないが、真凛はよく一方通行の会話をしている。
この奇行のせいなのか、真凛は身内の贔屓目を抜きにしたとしても、容姿の優れた美少女なのに、浮いた話がとんと聞こえてこない。
兄としては、妹の将来が心配だ。
そういえば、神谷の奴も魂装の魂魄と会話がどうとか言っていたな。
同じ不思議ちゃん同士、案外、真凛と神谷は気が合うのかもしれない。
今度、機会があったら引き合わせてみるかと思いながら、俺は真凛に声はかけずソッとして、風呂場へ向かった。
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エスピオはespionnageからつけました。
意味はネットで検索~