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第33話 あ……死にたい……

「あ……あ……あ……目の前にあどけないユウ様が……」

「最近のVR技術は凄いでしょ? 速水先生」

「チッ……この女を懐柔するためとはいえ、私秘蔵のユウ君の子供時代の写真を供出することになるなんて」


 俺が部室に入ると、VRゴーグルなる昔子供の頃に人気だったアメコミヒーローみたいなゴーグルをつけて、両手にグローブ式のコンソールを身に着けた、速水さんとミーナと琴美がいた。

見てはいけないものを見てしまったと、俺はそっと一度部室の扉を閉じた後、気を取り直してもう一度扉を開けた。


「これって、写真が何枚かあれば3Dモデルが作れるんですか? まさに夢のよう……例えば赤ちゃんの時のユウ様の写真を使えば……」


「元は軍の模擬戦闘訓練用に開発された技術らしいですけどね。ちなみに、アタッチメントを追加すれば体臭などの匂いまで再現可能です」


「民間に技術供与された途端に、こっち方面への進化を爆速で遂げたのよね。けど、ネコモードが飼い主目線でしかないのは大いに不満ね。今度、メーカーサイトのフォームメールに要望書を提出しようかしら」


 うら若き乙女たちが、ゴツいゴーグルをつけてキャッキャしながら、思い思いに自身の理想のへき満載のシチュエーションを語り合っている様は、例え美人な3人だったとしても酷く残念な光景であった。



「お~い3人共。盛り上がってるところ悪いんだけどさ」



 VRゴーグルはヘッドホンの役割も担っているようなので、俺が部室に入ってきたことに3人共気付いていないようだったので、3人の元へ近づいて声を掛ける。


 3人がビクッ! と身体を震わせて、その場に固まる。

 3人はシンクロしているかのように、VRゴーグルを恐る恐る持ち上げる。



「現実世界へお帰り。3人共」



「「「あ……死にたい……」」」


 さっきまで実に楽しそうだったのに、3人共、絶望しきったような顔で俺を見ていた。


 男女逆で考えてみたら、この状況はさながら、エロ本を回し読みして自身のフェチについて熱く語っている所を、女子に見られたようなものか。


 うん、これは一生傷だな。

 せめて、ここは深く突っ込まないのが優しさだろう。


「周防先輩、こっち来てない?」


 俺はフラットな声音を心掛けながら、目の前でVRゴーグルやグローブ式コンソールをアセアセと外している3人の挙動を見て見ぬふりをした。


「さぁ……」

「え⁉ アイツにもひょっとして、この状況見られた⁉」


 琴美とミーナは大分長い時間、VRゴーグルでお楽しみだったためか、自信が無いようだ。


「周防君は来ていないと思います。私は、ユウ様が来る前にVRゴーグルを装着したので。私はこの小娘にユウ様の子供時代の姿を体験できると誑かされて、ちょっと……ちょろっとだけ観てただけですから」


「なに、教官が生徒のせいにしてるのよ!」


「そうか……」


 とミーナと速水さんが小競り合いをしているのを尻目に、俺はその場で考え込む。


「周防先輩がどうかしたの? ユウ」

「うん。ちょっと気になることがね」


 琴美への問いかけに対し、俺も確信があった訳ではないので曖昧な返事を返したが、俺の直感が何か嫌な予感を感じ取っていた。

 こういう嫌な予感と言うのは、得てして現実となることを俺は経験から知っていた。




◇◇◇◆◇◇◇




「久方ぶりだな周防」


「はい……」


 人気のない実習準備室で、周防は緊張した面持ちで相対していた。


「先週の、派閥の上層部への定期報告書が上がってきていないようだが、どうした?」

「え? だって、私は既に、そちらの派閥から……」


「何の話だ? きちんと派閥の構成員として義務を果たさなくてはならんぞ周防」

「…………」


 周防は理解が追いつかず、目の前にいる、この学園での民間派閥のボスであり、教官であるしんどうみつぐの事をマジマジと見つめた。


「私はお前には期待しているんだからな」

「は、はぁ……」


 にこやかな顔の進藤を見て周防は、つい数週間前に冷たく派閥からの放逐を告げた進藤の手の平の返しように、まるで今まで自分は夢でも見ていたのだろうかと、自身の記憶誤りを疑った。


「して、周防。君は最近、例の生徒と随分と懇意にしているそうじゃないか」


 アルカイックスマイルのままの進藤が、まるで世間話のように放った言葉に、ようやく動揺していた周防は、現実にスッと引き戻された。


 進藤が自分を派閥から放逐したことを、まるで初めから無かったことのように振舞うのも、そして、何を自分がこの後命じられるのかを。


「狙いは、神谷ですか。なぜ彼を」

「そこはお前は知らなくて良い。優秀なお前なら、私が何を望んでいるのか解っているな?」


 ひどくおぼろげで、命令ですらない察しろと言う内容だ。

 しかし、何をせよと進藤が命じているのか、周防にはよく意味が解っていた。


「それは私に、神谷のスパ」

「じゃあ、頼むぞ周防。報告頻度は以前よりも密にな」


 事の真意をあえて確認する体で神谷は問いかけるが、進藤の言が被せられた。


これは、自分がこの後、何かしくじったとしても、上は責任は取らないという意味だ。

 こちらは、何も具体に命じてなどいないという事を。


 一瞬、派閥に戻れるのかと期待した自分の甘さを周防は痛感した。


「成果を上げれば、元のレールに戻れるぞ。それに……」


 ここで、あえて進藤は言葉を中途で切り、周防の耳元までその脂ぎった顔を近づける。



「お前の妹が今年、うちの学園を受験するのだろ?」



 全ては間者の見返りと引き換えに……という事か。

 断ると、むしろ更なるペナルティが飛んでくると。


「わかりました」


「期待しているぞ」


 進藤はポンッ! と周防の肩を叩くと、実習準備室を後にした。


 軽やかな足取りの進藤とは対照的に、しばらく、周防はその場から動くことが出来なかった。


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次回、周防先輩の妹ちゃん登場

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