第30話 トシにぃの想い
「しかし、実習とは言え、生徒に随分な無茶させたねトシにぃは」
「戦場の極限状況を疑似体験できるのは、良い機会だろ」
実習が終わった後、多くの生徒は心身ともに疲れ果てて地面にへたりこんでいる。
俺は無論余裕があったので、見知った人影がスッと喫煙所に消えていくのを見逃さなかった。
ベンチに座って煙草に火をつけたところで、俺の姿を見咎めて、トシにぃはちょっと嫌そうな顔をする。
貴重な機会だから逃さんよ、トシにぃ。
「条約違反のオートマターなんてどこで手に入れたのさ?」
「昔の伝手だな。お前もよく知ってるだろ、あの機械オタクだ」
「あ~、あの人か」
たしか、珍しく相手国の首都へ乗り込む作戦の時に一緒だった人だな。
数回しか会ってないけど、インパクトは抜群な人だった。
「あいつの魂装能力なら、模擬戦用にプログラムを書き換えられるからな。鹵獲したオートマターを模擬戦用として貸してもらったんだ。近く、軍の各所に正式に訓練用として配備される」
「しかし、ほぼ丸腰でオートマターと対峙するなんて、幼年学校の子たちはかなりショックを受けてる子も多いんじゃない? 俺の班の加賀見上等兵なんて文字通り泣いてたよ」
「その極限の状況下でも、うちの生徒は為すべきことを為そうとしただろ?」
「まぁね」
あの時、幼年学校の2人は、オートマター相手に即座に自分たちを捨て石にする判断を下し、自分の死を覚悟していた。
そんな過酷な判断を、あの場面で即座に下せるなんてと、俺はその覚悟に一番驚いた。
彼らも、歳は俺たちと変わらない子供だっていうのに。
「日頃から耳にタコが出来るくらい指導しているからな。いざとなったら、魂装能力者を逃がすことが、一般兵としての最優先事項だとな」
この考え方は戦場でも一緒だ。
替えのきかない魂装能力者を失うことは国家の損失であるため、色々と特別な扱いを受ける。
故に、魂装兵と一般兵との間には、どうしても精神的な隔たりが出来てしまうんだけど。
「人の命はみな平等って、俺は小学生の道徳の授業で習ったんだけどな」
「どうせ自分の命を使うことになるなら、怪しい道徳に殉ずるよりも、実利につながった方があの世で自分を幾分か納得させられるだろ? と俺は教えている」
吸っていた煙草を灰皿に押し当てて、トシにぃは空を見上げる。
「今回の実習では、学園の生徒には、一般兵も日頃厳しい訓練に耐え、いざという時は自分たちの盾になることを厭わないことを。幼年学校の生徒には、魂装兵はいけ好かないかもしれないが、戦場ではこれほど頼りになる存在はいないことを知って欲しかったんだ」
「そういう、実習の意図を生徒の俺に話しちゃうのはどうかと思うけど」
「お前だからいいだろ」
そう言われると、なんだかくすぐったいな。
自分だけ特別扱いしてくれてるみたいで、思わずニンマリしてしまう。
本当、こういうテクニックを、どうしてトシにぃは女性を口説くのに使えないのだろうか?
「ユウくん助けて~!」
不意に声をかけられた方を見ると、ミーナがこちらに向かって、ヨタヨタと走り歩きで来て、俺の背中の裏に隠れる。
さきほどの行軍で、まだ足腰が生まれたての子鹿の状態なせいだろうか、或いは恐怖のためなのか、ミーナの足は小刻みに震えていた。
「どうしたの? ミーナ」
「あ、あいつが……」
「待ってくれ虎咆上等兵! これは、邪念は一切ない行いであって!」
ミーナの後ろから、何やら言い訳をしながら来たのは、加賀見上等兵だった。
「何してんだ?」
「ただ、俺は戦場の女神である虎咆上等兵の疲労した君の足を解きほぐしてあげようというだけで」
加賀見上等兵の手には、何やら足つぼを刺激するための、色んな突起がついたスティックが握られていた。
当該の棒を片手に女性に迫っている様は、正直アウトな様相であった。
「止めろ加賀見。ったく、お前は本当に場の空気に人一倍飲まれやすいな」
やれやれという表情で、トシにぃが加賀見上等兵との間に立ってなだめる。
「すまんな。戦場で一般兵が、魂装持ちの圧倒的な力を目の当たりにして、魅了されちまうことは結構あるんだ。こいつみたいにな」
上官であるトシにぃに頭を小突かれながらも、加賀見上等兵はミーナの方へ真っすぐな視線を向け続ける。
なお、ミーナは怖がって俺の背中に隠れたままだ。
「その点、ミーナは容姿も相まって、実際に戦場に出たら苦労するかもね」
ミーナの魂装能力『虎咆』は、直接相手を攻撃する性質上、実働部隊に配置されるだろうからな。
密林に隠れる、敵小隊規模を単騎で難なく制圧できる攻撃能力を持つんだから、味方からさぞ信頼が厚くなりそうだ。
おまけに飛び切りの美人だし、戦場の姫になることは確実だろう。
「……ちょっと、軍に入るの考え直そうかな」
ポツリとミーナは呟く。
喫煙所の影から覗いてみると、どうやら似たような状況なのか騒がしい。
あ、名瀬副会長が、しつこく告白めいた愛の言葉を大声で叫びながら向かってくる幼年学校の生徒を、障壁でサンドイッチしているのが見えた。
さらに、その向こうでは琴美が麻痺毒で幼年学校生徒を痺れさせている。
結局、ここでも取り締まる側の生徒会メンバーが手を出しちゃってるじゃないか。
「ねぇトシにぃ。これ、この交流会は成功したって言えるの?」
「う~ん、多感なガキの時期に、こういう刺激的なのは駄目だったか」
ポリポリと頭を掻きながら、責任者であるトシにぃはボヤいた。
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