第25話 抱き枕になる方
「はい。これが高見学園長が不在だった時の、報告書です」
「小官が不在時の代理を務めていただき、ありがとうございました神谷少将」
「別に……仕事なんで」
翌日の早朝の学園長室で、俺は、ぶすくれ顔で高見学園長の半分ふざけて他人行儀な礼に、塩対応で答えた。
「そうヘソを曲げるなよ」
高見学園長が笑いながら、ソファに座るよう勧めてくる。
俺はあえて、上座側に座ってやった。
「で、俺の地位を教官たちに暴露した意図はなんです?」
「学園の情報を漏らしている関係者がいるようだから、そのあぶり出しだ。おかげで、ほぼ特定できたよ」
「俺みたいなガキが少将だって、スパイにバレる方がマズいのでは?」
今回、教官たちに開示されたのは俺の階級が少将であるということだけだが、ガキでこんな高位にいるのは何故だと思考すれば、この国の魂装能力の特記戦力であることと結びつけることは、大して難しくはない。
「今回、この情報に関しては即、箝口令を敷いた。それでも内通者は無理にでも、巣に情報を持ち帰ろうとしたから、上手く網に引っかかったという訳だ。後は巣ごと駆除だ」
「アリの巣コロコロみたいっすね」
無視するにはデカすぎるエサだから、スパイもつい無茶して情報を持ち帰ったんだろうな。
たった一人のミスから、組織が丸ごと壊滅させられるとかコワ。
「とはいえ、教官連中では、お前の正体に勘づいていた者もいたようだがな」
「あ~、確かに俺が階級を告げた時に、あまり驚いてない人たちもいましたね」
「大方、戦場でお前を見かけたんだろ。お前は色んな意味で目立ってたからな」
「一応、俺の存在は軍内部ではシークレット扱いだったんですがね」
「ここの教官は魂装能力者も多い。能力者連中のコミュニティ内では公然の秘密という扱いになっているようだ」
俺は存在自体が秘匿性の塊なので、戦場でも、極力他の兵士たちとは関わらないようにしていが、人の口の前に完全に戸は立てられないということか。
「それにしても、生徒たちでテロリストを迎撃させるなんて、随分な無茶させてるんっすね」
「ちゃんと適度な難易度になるよう、事前確認はしっかりしてるし、場合によっては教官側で事前に間引いたりするぞ」
へぇ~、優秀な運営っすね。
「出張前にテロリストの危機が迫ってるみたいに俺に意味深な事言っておいて、こういう体制になってるなら、事前に教えといてくださいよ」
「お前も一応、生徒なんだから、知ってたら訓練にならんだろ」
「都合よく、生徒扱いと少将扱いを使い分けないでくださいよ」
ガハハッ! と笑う高見学園長は、茶を一口飲むと、俺が渡した報告書に目を通す。
「なんだ、1学年へフォローを入れるのはともかく、最後は司令自らが現場に赴いたのか。これは、愚策だろ」
1年フロア担当の火之浦さんの所へ俺が出向いた点についての話か。
「別に、対策本部の司令として行ったんじゃなくて、ただの同級生として駆けつけただけですよ」
「お前も便利に、少将の地位と生徒を使い分けてるじゃないか」
「いいんっすよ。俺は未成年だから」
高見学園長に指摘されてバツが悪い気分だったが、あえて悪辣に答える。
「それを言われると、こちらはお手上げだな。まったく、過保護な奴だな」
「俺の時みたいにする必要はないんで」
俺の初陣は、世界大戦が最も活発だった頃故に悲惨極まりないものだった。
あんな体験させられたら、多分学園の過半数の生徒は退学しちゃうだろう。
「理不尽への耐性をつけさせるのも、この学園の役割なんだがな」
「そんなもの、俺が経験するだけで十分ですよ。だって、今は俺がいるんだし」
「大層な自信だな」
「そのために、不本意ながら軍にいるんで」
自分で言っていて、随分と自信過剰だなと思いつつ、それでも俺はこの想いを曲げるつもりはなかった。
◇◇◇◆◇◇◇
学園長室を後にして時計を見ると、まだ始業まで30分ほどの時間があった。
「よっしゃ、部室で寝よう」
やっぱり学校の中にプライベート空間があるのはいいな~。
俺は部長権限の濫用でこっそり所持している部室のカギをポケットから出して、部室の中に入る。
畳の小上がりにドサッと寝っ転がると、目の前に見覚えのないバナナの抱き枕があった。
「このバナナの抱き枕、ミーナか速水さんが持ち込んだ物か?」
バナナの抱き枕はビーズクッションと言う奴で、すごく肌触りがいい。
「ちょうどいいや、借りちゃおう。短時間なら、抱いても体臭がついたりしないだろ」
そう思って、抱き枕をこちらに引っ張り込む。
ん? 思ったより重いぞ。
「むにゃ……あれ? ユウ?」
突如バナナの抱き枕が喋りだした! と俺は驚いたが、バナナの抱き枕を挟んで、至近距離に琴美の顔があった。
「え⁉」
「わ~、なんでここにいるの? ユウ。また、私を抱きしめに来てくれたの~?」
琴美はどうやら先ほどまで抱き枕を抱いて寝ていたようで、まだ寝ぼけているようだ。
「どうせ夢だし、いいよね? 何しても」
琴美はトロンとした目で俺を見つめて、イタズラっぽく舌を出した。
小柄で童顔な琴美なのに、そこはかとない色気が漂っていることにドキリとしてしまう。
「ちょっ! 琴美! これは夢じゃな」
「観念しなさい、ユウ~」
あ、ちょ、マズいですよ!
「ギュ~~~ッ! えへへ、今度は私から抱きしめちゃった~」
あ、先ほど、瞬時に俺の頭をよぎったパターンよりも断然健全だったわ。
「むにゃ……一緒に寝よう、ユウ」
そう言って、琴美は俺を抱き枕にして、再び眠りに沈んだ。
「こっちは、眠気が吹っ飛んじゃったよ」
俺はボヤキながら、そのまま琴美の抱き枕になるしかなかった。
これ、この間俺がミーナを抱き枕にした時と逆だなと、俺はこの間の任務明けの時の事を思い出していた。
「お~い、そろそろ起きろ~」
頭に軽くチョップして琴美を起こす。そろそろ、始業の時間5分前だった。
「むにゃ……あれ? ユウ一緒に寝てたんじゃ……」
「ん? 俺は今、来たところだけど」
俺は、琴美の抱き枕になっていたことを無かったことにするため、琴美の腕から上手く脱出していたのだ。
仮に俺が琴美の立場で、あれが夢じゃなかったと知ったら恥ずかし死にする。
幸い琴美も寝ぼけてたから、俺がとぼけていれば、あれは夢の中でのことだったと思うだろう。
ミーナの時は、幼馴染で昔一緒に寝てたこともあるから、そこまでじゃなかったんだけど、学園に入って知り合って間もない女の子と同衾したというのは、俺もちょっと恥ずかしい。
「なんで、この部室で寝てたんだ?」
「ここ、寝やすいから借りた」
俺は、とぼけて話題を変える。
まぁ、あの生徒会室のアンティーク調のソファは確かに寝にくそうだ。
「カギはどうした? 施錠されてただろ」
「生徒会権限でマスターキーがある」
生徒会の権限強過ぎかよ。
これは、滅多な物は部室に持ち込めないな。
「ひょっとして、昨日家に帰ってないのか?」
「昨日の反省会を色々と」
「女の子が泊りなんて……」
「修行で遅くなると親には連絡した。シャワーも生徒会室にあるし」
「あんまり根詰めるなよ」
「うん。ありがと」
昨日の防衛戦は悔しさもあっただろうしな。こういう時に、自分が納得いくまで突き詰めて考えてみるっていうのも良いだろう。
「その様子だと、あんまり寝れてないんだろ? 昼休みに仮眠に使っていいから」
「けど、本来は部員でもないのに使っちゃいけないんだけど」
「部長の俺が許可してるから大丈夫だ。顧問の先生も俺が抑えるから任せておけ。じゃあな、もうすぐ始業のチャイムが鳴るから急いで準備しろよ」
俺はそう言って、部室を後にした。
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