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第24話 放っておけないから

「なるほどね。外部からの攻撃者を、こうやって生徒主体で撃退する仕組みがある訳ね」


 先ほど指揮権を取って、冒頭に教官たちに檄を飛ばしておいて、学園ではこういう仕組みがあるなんて知りもしなかった。


「先ほどの少将の檄文、良かったです」

「止めてくれ、速水少尉。さっきは微妙にずれたこと言ってて恥ずかしいったらない……」


 こんなの、状況的に学園にテロリストが侵入した緊急事態と思うじゃん。

 あ、これ子供の頃、漫画で見たあれだ! って……


 俺は今、教官室の普段は教頭が座っている席に座って、天井から吊り下がっているモニターで状況を確認していた。

 俺の横には秘書官よろしく、速水少尉が立っている。


「報告。3学年 生徒会長の土門が敵を圧倒、3学年フロアと屋上クリアです」

「つづいて報告。2学年 副会長 名瀬、並びに2学年筆頭 虎咆により敵勢力を無力化に成功しています」


 オペレーターに早変わりした教官たちから、続々と報告が上がってくる。


 生徒会の生徒が中心となって戦闘をして、教官は状況を確認、必要であれば介入すると。

 随分な仕組みだな。侵入者を使ったいわば実戦訓練か。


「捕縛の人員を送る……いや、まだか」

「そうですね。階下の1学年のフロアの制圧の後が良いかと」


 俺の判断に、速水さんが肯定の意見を述べる。


 戦局としては問題なく防衛に成功しているが、それはあくまで上級生のフロアだけだ。

 ここで、別動隊を送るのは危険だ。


「追加の敵戦力は確認されたか?」

「今のところ確認なし」


「1―A授業担当教諭より報告。生徒 神谷が警戒体制発令時に教室内不在。至急、捜索救護をとのことです」


 俺のことじゃん。


 今授業をしている担当教諭は、まだ俺の正体を知らないだろうし、心配するのは当然か。


 心なしか、オペレーターの教官たちも気まずそうだ。


「…………こちらで対応するとでも返答しておけ。1学年フロアは誰が対処している?」

「1学年首席の火之浦です」


 だよな。生徒会メンバーだもんな。


「火之浦は初陣か?」

「は! お見込みの通りです」


 この状況なら、火之浦さんの能力であれば問題なく相手を制圧できるはずだ。


 それでも、手こずっているという事は……


「1学年フロアに介入するぞ」


 嫌な予感がした俺は、司令として判断を下した。




◇◇◇◆◇◇◇




「はぁ……はぁ……」


 火之浦琴美は廊下の物陰で、乱れた呼吸を必死に抑えようと胸に手を当ててしゃがみ込んでいた。


 自分の鼓動がまるで、他の人でも聞き取れるほどの音量なのではないか? と思うほどに、激しく緊張していた。


「これが、実戦……命のやり取り……」


 先ほど、テロリストの襲来を知らせる第一種警戒体制発令の通知を受けて、琴美は一早く廊下に駆けつけた。


 生徒会メンバーとして、防衛時に真っ先に先陣を切るのが義務であることを、生徒会に入った時点から、口酸っぱく言われてきたからだ。


 事前の訓練通り、廊下に出て直ぐに魂装能力で神経麻痺の毒を生成して廊下の領域をあっという間に満たす。


 第一種警戒体制時には、教室側には自動的に事前に埋め込まれた障壁術式が展開されることになっていて、他の生徒を毒の脅威に曝すという本末転倒な事は起き得ない。

 なお、これは1年の教室フロアのみの措置で、2年からは防御も自身たちで行わなければならないと言われている。


「上手くできた……よね?」


 何度も頭の中でシミュレーションしたおかげか、迷いなく対処が出来た。

 発令時は夢中だったのだが、徐々に実戦であることの実感が湧いてくる。


 これは命の保証がされた模擬刀や疑似弾を使った決闘でも、教官がお膳立てをした演習でもない。


「もし、仕留め損ねていたら……」


 琴美の中に、ふと湧いた小さな不安の欠片は、見る見るうちに頭の中を占領し、鼓動を速めた。


 先ほどから、敵側の反応は無い。


 麻痺毒がきちんと作用していれば、声も発することは出来ないのだから、当然と言えば当然だった。


 しかし、あまりに迅速な対応であったため、琴美はテロリストたちの姿を見ていない。

 おそらく、毒を受けたテロリストは階段や踊り場付近に倒れているのだと思われるのだが、廊下からでは見えない。


「もし、伏兵や増援がいたら……こちらの油断を誘うために、あえて沈黙しているのだとしたら……」


 もしもという不安は止まることなく膨らんでいく。


「はぁ……はぁ……」


 速まる鼓動により呼吸が浅くなり、それ故に視野狭窄と見えない恐怖が加速する。



「あああぁぁぁ!」


 大きく息を吐きだし、琴美は、大規模な神経麻痺毒の生成術式を構築にかかる。



「はい、落ち着け火之浦」


 いつの間にか背後にいた神谷が、琴美を背中から抱きしめていた。


「な⁉ なんで神谷がここに⁉ 生徒会メンバー以外は、緊急時に施錠された教室から出られないはずなのに」

「あー、ええと。警報が出る前に手洗いに立ってたからな」


 これは一応、ウソではない。


「って、アンタとこんなことしてる場合じゃない!」

「相手はすでに、君の麻痺毒でやられて無力化してる。これ以上はオーバーアタックだ」


 先ほど、神谷は両サイドの階段を確認して、敵のテロリストたちが泡を吹いているのを確認していた。


「だめ……確実に息の根を止めないと、安心できな」

「必要以上に相手を痛めつける癖がつくと厄介だからやめろ」


「アンタに何が解るって言うのよ!」


 余裕なく激高する琴美に、


「解るよ、俺もそうだったから。この悪癖がつくと大変なんだ。最終的には自分を傷つけることになるから」


 神谷は、自嘲気味に答えた。


「でも、私は生徒会で……他の1年生を護らなきゃ」

「琴美……」


 神谷が、琴美の握り込んでいる拳に手を重ねて握り込む。


「ひゃう⁉」

「大丈夫だから。よく頑張ったな」


 琴美のブルブル震えている拳の指1本1本を優しく解きほぐす。


「あ~あ、手のひらに爪が食い込んじゃってる。待ってろ」


 琴美の拳を解きほぐすと、強く握り込んでいたせいか、手のひらに爪先が食い込んで血が滲んでしまっていた。

 神谷はポケットからハンカチーフをサッと取り出し、患部をうまく圧迫止血できるように琴美の手に結び付けた。


「これでよし」

「なんで、貴方はそんなに落ち着いてるの……」

「ん?」


 震える自身の身体を抱きしめながら、琴美は神谷に尋ねた。


「急にこんな戦場みたいな場所に放り込まれて。事前に訓練や覚悟をしていた私ですら、こんなに怖かったのに……」

「あ~、詳しくは言えないけど、もっと酷い状況にいた経験があるからな」


「そっか……ねぇ、あなた私の代わりに生徒会に入らない?」

「はい⁉」


「貴方はどうやら、私よりも魂装能力も状況判断能力も経験値も上みたい。今日、あらためて思い知らされた……だから」


 小柄な体躯をより一層縮こまらせて、その場にしゃがみ込んでいる琴美を、神谷が後ろから抱きしめた。


「ひゃ⁉ だから何で貴方はいつも、同意もなく急に後ろから抱きついてくるの!」


 そうは言いつつ、なんだかんだ、神谷から抱きしめられるたびに、琴美の抵抗の力は弱々しくなっている。


「う~ん、放っておけないから」


「え?」

「昔の自分を見てるみたいでな」


 遠い目をして過去を懐かしんでいる神谷の横顔を、琴美が下から覗き込む。


「神谷と、今の私が似てる……ってこと?」

「うん。恥ずかしい話だけど、俺が初陣の時は、怖くて怖くてしゃがみ込んで泣いてて、結局部屋から出てこれれなかったな。それと比べれば、琴美は優秀だよ」


 神谷がギュッと琴美を抱きしめ直すと、硬くなっていた琴美の身体の緊張が少し和らいだ。


「神谷の時にも、こうして抱きしめてくれた人がいるの?」

「いや、頭ひっ叩かれて引きずりだされた」


「ひどい……」

「あはは、だろ? ひどいよな~」


 神谷は笑いながら、当時のブラックっぷりを語った。

 琴美もつられて笑みが戻る。


「だからかな。こうして、抱きしめてもらえると少しは安心できるかなって。って、ごめんな。当時の俺がそうしてもらいたかったなっていう願望の押し付けで、所詮は俺の独りよがりだ。そろそろ離れるよ」


 神谷が琴美から両腕を緩めて解放しようとするが、


「ううん……安心するから、もう少しだけ、このままでいさせてユウ」


 琴美が、神谷の腕を持って、再び自分の身体に纏わせる。


「ん? 呼び名、ユウって」


「同級生だし呼び捨てでいいでしょ。どさくさ紛れにユウもさっきから琴美って呼んでるし」


あれは、琴美に話を聞いてもらうために、インパクトを与えてリセットさせる、心理学的なアプローチなのだがと神谷は言いかけたが、安心したように身を委ねてくる琴美に、野暮な事かと思い直し、そのままにしておくことになった。


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小柄な女の子は後ろから抱きすくめられるのが好きらしい(当社調べ)

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