第23話 なに少将だってバラしてんの⁉
そろそろ大型連休が見えてきた頃。
退屈な座学の授業を受けている時だった。
『マスター』
『なんだコン。授業中には話しかけるなって言ってるだろ』
『学園に侵入者です』
『……不審者か?』
『顔を隠して銃器で武装しているので、怪しい者ではありますね』
「先生! ちょっとお手洗いに行ってきます!」
コンの話を聞いて、俺は担当教師の了承を得る間もなく、教室を飛び出していった。
『相手の数は?』
『広域範囲の探知は専門外なので確実ではないですが、12名ほどです』
俺は、廊下を疾走していく。
クラスメイトには、俺の胃腸の具合が相当のっぴきならない状態なのだろうと大いに誤解されただろうが、そんな事は今から起きるであろう事と比べれば細事であった。
『相手の目的地は?』
『4名ずつの3グループですね。それぞれ、各学年の教室フロアを目指しています』
「ちっ! 最初から狙いは生徒かよ!」
俺は思わず悲鳴のような声を上げた!
学園を占拠することが目的なら、教官室のある事務棟を真っ先に掌握するはず。
それを端から放棄しているということは、侵入してきた奴等の目的は、生徒たちを人質にとること、ないしは殺害だ。
(ウォーン! ウォーン!)
ポケットの中のスマホが、マナーモードにしているにも関わらず、最大音量で鳴り響く。
『第一種警戒体制発令! 第一種警戒体制発令! 総員、ただちに行動を開始せよ』
『学園敷地内にテロリストが侵入。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない』
学園内のセキュリティに賊が引っかかったのか、自動発報システムが作動する。
「始まっちまったか。って、うお! 速水さん⁉」
突如、前方に速水さんが空間転移で現れたので、走っていたのを俺は慌てて立ち止まる。
この緊急事態を受けて、即座に俺の元に駆けつけてくれたのか。これはとてもありがたい。
「速水さん。今から俺の言う場所に転移を」
「失礼します」
そう言って、速水さんは俺にしがみ付くと、その場から転移した。
ちょっと待って!
まだ、どこに転移するなどの指示を速水さんにしていないのに。
転移により、目の前の景色が一瞬喪失し、そしてすぐに復帰する。
「ここは……」
「教官室、いえ、今は現地対策本部です」
そこは、教官たちが普段詰めている教官室だった。
速水さんに連れられて、突如教官室内に現れた俺に、教官たちの視線が集中する。
「な、なにしてんだ速水さん! 一刻も早く現場に出向いて賊に対処を」
「シッ!」
「もがっ!」
速水さんが、俺の口元を手でふさぐ。
「失礼しました。僭越ながら、ここへお連れしたのは規則に基づくものです」
「規則?」
「第一種警戒体制時に学園長が不在の場合は、その場にいる最も上位の階級の者が指揮にあたる事」
警戒態勢時の対応について概略をまとめた必携カードの条文を、速水さんが読み上げる。
「それがどうしたの?」
「高見学園長は本日、遠方へ終日出張で不在です。よって、この学園で一番の上位者は」
「ちょ……ちょっ! 待って速水さん!」
「唯一の将官でいらっしゃる、神谷少将が指揮をとっていただくことになります」
言いやがったよコイツ……
教官たちがいる前で……
教官たちには、俺が少将なのは内緒になってたのに。
「「「「ざわ……ざわ……」」」」
教官連中からどよめきが起こる。
ただ、意外な事に一部の教官たちは落ち着いていて、中には『やはりな』と得心顔をして頷いている人もいた。
「あ、神谷少将。高見学園長から事前にメッセージをお預かりしてます」
速水さんが自身の端末を渡してきたので、急いで覗き込む。
学園長不在時の、直近の指示かもしれない。
『祐輔、この対応はミスじゃなくてわざとだから、そこの所よろしく』
「んにゃろ……あの、オッサン何考えてんだ!」
思わず俺は地団駄を踏みたくなったが、部下の手前やめておいた。
ってことは、さっき速水さんがわざと教官たちの前で、俺の正体を明かしたのも事前に調整済みの行動ってことか。
考えてみれば、これでもエリート女性士官の速水さんが、そんな初歩的なミスをする訳がないし。
って、こんな事で時間食ってる場合じゃない!
こうなれば、仕方がない。
俺は覚悟を決めた。
「ここからは、俺が指揮を執る。これ、階級章な」
いざという時のために、生徒手帳に隠し持っていた少将の階級章を、まだ戸惑っている様子の教官連中に提示する。
「先ほど、学園内限定で、神谷少将のプロフィール等の基本情報を閲覧できるように権限設定しました。まだ半信半疑な教官方は後程そちらも確認してください」
速水さんがナイスフォローを入れてくれる。
「さて、相手の目的は、生徒の略取ないし殺害と思われる。生徒の安全を最優先しろ」
「「「 はっ! 」」」
時間も無いので、命令は簡潔に述べる。
奇しくも、この命令時の端的な構文は、高見学園長が部隊長をしていた時の物をお手本にしたものだった。
入学式での学園長としての訓話の時は長ったらしい挨拶だったのに。
あのオッサン、帰ったら覚えておけよ。
◇◇◇◆◇◇◇
(バラララッ!)
(ババババッ!)
学園の中に自動小銃の音がこだまする。
銃を所かまわずぶっ放す侵入者が入って来たというのに、思った以上に学園内は静かなものであった。
学園内に生徒がパニックになった叫び声などは聞こえず、
「くそ! どうなってるんだ!」
テロリストたちの苛立った声だけが響く。
「駄目だ。あの障壁が破れない!」
「対魂装能力者用のハイパワーライフルが用意されていたんじゃなかったのか⁉」
「弾だってちゃんと純正品だと言っていた! けど、あの色黒銀髪女の障壁は」
テロリストたちの視線の先には、ちょうど2学年のフロアの共用廊下の半ばあたりの位置に立ち、薄ら笑いを浮かべる名瀬副会長の姿があった。
廊下の左右両方に昇降のための階段があり、テロリストは2名ずつで両サイドから同時に攻撃をしているが、どちらも目に見えぬ障壁が銃弾を全て防いでいる。
「対魂装能力者用ライフルって言っても、それ第2世代の中古品でしょ~? どの国からの払下げ品かしらね~?」
ケラケラと笑いながら名瀬副会長が、障壁を維持しながら嘲る。
「くそ! 悪魔に魂を売り渡した異端者め!」
「認識ふっる~ 化石みたいな考え方ウケる~」
テロリストは悪態をつきつつ、今が膠着状態であり、このまま足止めを食らってしまえば、増援が来てしまう危険性があることを自覚していた。
ここは、この交戦現場を放棄して他の班と合流すべきか? と考え、それとなく逃走経路を確認するが……
「あ、もう上の階へも下の階へも行けないですよ~ すべて障壁で塞いでま~す」
「ぐ……」
目の前の女の言う通り、いつのまにか階段は上へも下へも、どちらも見えない障壁が阻んでいて移動は不可だった。
至近距離からライフルを撃ち込んでも、ビクともしない。
「ねぇ、どうするの~? ただ、届かない無駄弾撃ち続けて空しくな~い? 何にも成し得ずに終わるなんて、まるであんた達の人生みたいね~」
「貴様のような小娘に我々の何がわかる!」
「怒ったって事は、図星ですか~?」
感情的になっているふりをして、テロリストのこの場のリーダー格の男は考えを巡らせた。
味方との合流は望めない。この場で、足止めを食らっているうちに、いずれ後詰めの突撃部隊が来て制圧されるだろう。
ならば、来るべき突撃部隊との戦闘に備えて弾薬は節約すべきだ。
そう考えたテロリストのリーダー格の男は、他のメンバーに撃ち方止めの指示を出す。
膠着状態のままでいるならば、弾薬を消費せずとも、この生意気な小娘と適当な会話をしているだけで良い。
「ちょっと話でもするか小娘。俺たちがなぜ、こんな事をしたのか」
「は~い。その緩手、悪手で~す」
時間稼ぎのために対話を試みたところ、突如として、テロリストたちは身体の前後に同時に衝撃を受ける。
一瞬のことで何が起きたか解らず、気付いたら、前後から障壁で挟まれ、身動きが取れない状態に陥る。
先程テロリストたちが感じた身体への衝撃は、障壁が前後から挟撃されたためであった。
テロリストたちの足は壁に挟まれて宙に浮き、取り落としたライフル銃はかろうじて手元にはあるが、引き金を引く指すら、圧迫による激痛のためか、ピクリとも動かせないでいる。
「かは……」
テロリストたちから、苦悶の声が漏れる。
「テロの動機なんてお決まりで聞き飽きた話、興味なんてないで~す」
名瀬副会長の無邪気で、子供のような残忍さを帯びた声が響くと、メキメキッ! と身体中の各所が軋んだ音をたて、テロリストたちの全身に激痛が走る。
テロリストたちが絶望の感情に塗りつぶされた、その時
『ガオオオォォオオオオッ‼』
虎の咆哮のような音の塊がテロリストたちに叩きつけられ、ガシャンッ! と、音をたててテロリストたちが破れなかった障壁が、砕け落ちる。
「あ~、いつもながら煩い技~。ま~た、手柄の横取りですか~? 筆頭さん」
名瀬副会長が両手で自身の耳を塞ぎながら、後ろを振り返る。
「あなたの攻撃技は、後処理が面倒だから極力使ってくれるなと、学園側から通達があったからだけど? あなたの攻撃だと、終わった後の掃除が面倒なのよ」
虎咆ミーナ2学年筆頭が、スタスタと転がっているテロリストの方へ歩きながら、反論する。
テロリストたちは一様に、意識を刈り取られているようだったが、命はあるようだ。
「あんたのそのバカでかい音響攻撃のせいで、一々障壁に遮音シールド層を挟まなきゃいけない、こっちの身にもなってくれる~?」
「だったら、マシな攻撃手段を覚えることね」
銀髪で異国の血が入っているという似通った点がある二人だが、仲はすこぶる悪いようで、絶えず憎まれ口を叩き合う。
「3学年のフロアと屋上は?」
「誰が担当だと思ってるの~? 攻撃も守備も高レベルな万能タイプの土門会長に、心配なんて不要だって~」
ミーナの確認に、名瀬副会長が鼻で嗤うように答える。
「それよりも真っ先に心配するのは1学年のフロアでしょ~? 初陣だしね~。ことっちは、ちゃんとやれてるかしらね~」
「1学年の頃、初陣でパニックになって、序盤から大技障壁術式を使いすぎて、すぐにガス欠した人の言う事は含蓄がありますね」
「喧嘩売ってんの~? で、アンタのお気に入りの1年生くん、ええと……神谷くんだっけ? こういう防衛戦で役に立つの」
名瀬副会長は、ミーナの嫌味をかわして大して興味が無いように訊ねる。
「さりげなくユウ君の詮索ですか? 生徒会が負けた相手ですから、気になるのは無理ないでしょうが」
「自意識過剰じゃな~い?」
バチバチと2人の間で火花が散る。
「私もよく知らないんですよ、ユウくんのことは」
「アンタたち、幼馴染なんでしょ?」
「彼は遠すぎるんです。今の私では、何もかもが……まぁ、何の心配も要らないとは思いますよ」
突然遠い目をしながら、ミーナは自嘲気味にため息を漏らしたのを、名瀬副会長は珍しく茶化したりしなかった。
「あ、そう。じゃあ、ことっちへの援軍は不要かしらね~」
と、名瀬副会長は興味のないふりをしながら、その横顔には不本意ながら少し共感めいたものを感じているようであった。
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せっかくビシッと将官らしくキメたのに、現場が有能なので出番がなさそうな主人公