第22話 ミーナの惚気
「それで? あなたは、ユウくんのこと、どこまで解ってるのかしら?」
「はぁ……神谷についてですか」
女性化粧室で、ミーナに対峙する火之浦琴美は、何故自分がこんな風に2学年筆頭の虎咆ミーナに絡まれているのか、訳が分からなかった。
「呼び捨て……」
「いや、同級生ですし。というか、神谷とは生徒会の決闘の時と、今日の実習で一緒だっただけです」
ミーナはハーフで上背もあるので迫力があり、小柄な琴美は圧倒されるが、伊達に生徒会の一員ではない。
まっすぐに自分を曲げずに、正面からミーナの目を見返す。
「そう。じゃあ、質問を変えましょう。ユウくんに対しては、どういう感情を抱いているの?」
「どうって……この間の決闘で負けたので、リベンジをしたい相手という感じでしょうか」
先ほどの質問と大して意味が変わっていないと思いつつ、琴美はミーナの問いに答えた。
「そう……特殊事情については知らないって訳ね」
ここで、ようやくミーナが纏っていたプレッシャーが和らいだ。
琴美は、ホッと息を吐いた。
ミーナの言う特殊事情とかいう物には、てんで心当たりがないが、警戒感を解いてくれたことに安堵する。
「あ、そういえば神谷の事で気になることが。彼、本当にただの新入生なんでしょう……か……」
一瞬和らいだミーナのプレッシャーが先ほど以上に膨れ上がり、琴美はつい言葉の語尾が詰まった。
「なんで、そう思うの?」
「ひっ……!」
剣呑さが増した様子のミーナは、その日本人離れした容姿も合わさって、より迫力がある。
琴美は、先ほどまでは気丈に振舞っていたが、不意打ちで食らったミーナのプレッシャーについ負けてしまい、悲鳴のような声が漏れてしまった。
「いえ、その……彼は、今日の実習で明らかに色々と戦場の流儀に慣れているような感じだったので、とても新兵だとは思えなくて」
本当は全く違う話をしようと思っていたのだが、ミーナへのプレッシャーからか、琴美は咄嗟に適当に神谷を持ち上げる話をした。
不可抗力とは言え、神谷のプライバシー性の高い情報を見てしまったあの事を、今のミーナに話す度胸は琴美には無かった。
「あ~、そういう事。私ったらてっきり……そう、貴方もペアとして、ユウくんの凄さが解ったってことね」
「は、はい」
自分に言い聞かせるように納得して、ミーナのプレッシャーが再び弱まり、琴美はホッと胸を撫でおろしながら、適当に肯定の相槌を打つ。
「ユウくんと私は幼馴染でね。私の方がお姉ちゃんなんだけど、当時から私のこと守ってくれてね」
「へ、へぇ~。2学年筆頭で、攻撃系魂装能力者としては学園内でも最強の一角の虎咆先輩を、神谷が護っていたんですか」
「世界大戦勃発時に、私のお母さんの故郷の国が、日本と敵対している隣の大国に無理やり併合されてね。けど、子供なんて詳しい国際情勢なんて解らないじゃない? だから、銀髪や碧眼の民族特有の容姿で、周りの子からイジメられてた私を護ってくれてたの。例えば~」
琴美はその後、たっぷりとミーナの神谷との思い出惚気話を聞かされた。
色恋ごとに大して詳しくはない琴美だが、ミーナが神谷に長年の想いがあることは、よく解った。
琴美は先ほど、神谷のスマホの銀行アプリで、つい不可抗力で見えてしまった神谷の給与金額が、明らかに過大なものであったことについて、言わなくてよかったと胸を撫でおろし、一先ず自分の胸の中におさめておくことにした。
◇◇◇◆◇◇◇
「お、おかえり。ミーナ……火之浦さん……」
二人が化粧室から戻った時に、ちょうど最後の皿が片付いたところだった。
「あら、よく食べて偉いわユウくん」
「ご……ごちそうさまでした」
やばい……腹がはちきれそう。
周防先輩も満腹のせいか気怠そうにしている。
「随分、戻りが遅かったね」
「つい話が盛り上がっちゃってね」
火之浦さんが苦笑いしているが、先ほど、ミーナに化粧室へ半強制連行された時よりは表情が砕けていたので、深刻な話にはならなかったのだろう。
「それじゃあ、デザートを頼みましょうか」
「「俺たちは要らないから!」」
俺と周防先輩は、即座に辞退の言葉を発した。
ファミレスを退店した後、火之浦さんと周防先輩は自宅が逆方面なので、駅で別れて、俺とミーナは電車に乗車して帰路についていた。
「火之浦さんに探りを入れてみたけど、ユウくんの秘密については気付いてないみたいだったわ」
「そう……ありがとミーナ」
「ユウくんの魅力に気付くなんて中々良いセンスを持った子だけど、私とユウくんとの絆の深さにガックリと来てたみたい」
多分、それは違うんじゃないかなと思いつつ、俺には反論する気力は無かった。
お腹が膨れて苦しくて、最低限の受け答えしかできない。
しかし、ミーナたちと合流する直前に、火之浦さんは明らかに意図をもって俺に給与の支給金額を聞いてきていたよな。俺の給与の支給金額を見て、明らかに怪しんでいたような……
という事は、ええと……
って、ダメだ。胃の内容物の消化にフル稼働で、頭が回らない。
問題ないってミーナも言ってるし、とりあえず火之浦さんのことは棚上げで良いか。
俺は回らない頭で楽観的に考えながら、血糖値の急上昇により襲ってきた眠気にコックリコックリしながら電車に揺られて帰った。
翌日
スマホに高見学園長から、朝一で学園長室へ来るようにとの通知が来ていたので、少し早めに登校した。
前回の参集時と同様に、てっきり速水さんも招集がかかったのかと思ったが、今回は俺一人だった。
「おう、祐輔。朝早くからすまんな」
「いえ。で、なんの御用向きで?」
学園長室の応接ソファに座って、高見学園長の煎れてくれたお茶をすすりながら、用件について訊ねる。
疲れた胃に、温かいお茶が沁みる。
「教官連中には既に伝えておいたんだが、祐輔にも伝えておこうと思ってな。反魂装団体に、ちょっとキナ臭い動きがあるようでな」
「おお……今は、本当にそういう団体が存在できてるんですね」
「世界大戦時には、その手の団体は官民連携で本気で叩き潰しに行っていたそうだからな」
「その頃は、俺もまだ日本にいたから、そういう類のニュースやワイドショーを観た覚えがあります。当時、そういう論調の団体は売国奴として吊るしあげられてましたね」
ここで言う、『吊るしあげる』というのは、SNSで炎上するとかネットの掲示板で叩かれるという意味ではなく、ガチの、物理的な意味での吊るしあげだ。
日本は世界大戦初期に、魂装能力の軍事利用について他の国に遅れをとった。
そのため、日本は戦場では負け続け、結果多くの犠牲が出た。
その原因は、魂装能力の活用について反対していた圧力団体が足を引っ張ったからだとの論調が国内で巻き起こった。
人々のやり場のない怒りと不甲斐なさ、やり切れなさは、明確なターゲットが現れた途端に、簡単に暴力や私刑を誘発した。
「苦い歴史ですね」
「いや、他人事みたいに言ってるが、それらの機運が治まったのは、お前のおかげだぞ」
「へ?」
「祐輔が徴兵されて前線に投入されて、日本が戦場で勝利をおさめるようになってからは、反魂装能力思想への攻撃も急速におさまっていったからな」
「所詮、負け戦のストレスをぶつける相手が欲しかっただけなんですね……嫌な話だ」
今の俺の顔が渋い物になっているのは、決してお茶が苦かった訳ではない。
「当時の苦い歴史の反動から、反魂装能力団体は保護対象となった。とは言え、結局その思想内容から、規模は少数派のままだ」
「今や、電力発電とか、魂装能力者無しでの運営なんて無理ですもんね」
最早、魂装能力なしでは立ち行かない世の中になったんだ。
エネルギー問題についても、魂装能力者が関わることで、何倍にもエネルギー効率が上がったりなど、魂装能力の実社会に及ぼす影響力は日ごとに増すばかりだ。
例え、過去に後ろめたい弾圧を加えてしまった相手だとしても、現実味の薄い教義に人は集まらないだろう。
「それで、そんな反魂装能力団体のキナ臭い動きっていうのは?」
「先日、当局がある反魂装能力団体に大規模なガサ入れをした。武器の不法所持の罪状で、構成員や武器弾薬が多数押収された」
「なら、解決じゃないんですか?」
「ガサ入れの資料を見ると、彼らは国内の重要施設にテロ攻撃を計画していたようだ。そして、どうやら特務魂装学園もターゲットの一つのようでな」
「テロ……か」
「とはいえ、主だったメンバーや武器弾薬は押収できた訳なので実行は無理筋だと思われるがな」
「銃の一丁もあれば、素人でも数人は殺せます」
俺は、当局の楽観的な見解に眉をひそめた。
両親を他国のテロ攻撃で失った身としては、どうしても個人的な感情として憎悪が沸き上がってくる。
「そういう訳で、お前も何か不審な動きや人物がいたらマークしておいてくれ」
「わかりました。この事は、生徒たちには?」
「反魂装団体相手ではデリケートな問題だからな。生徒を通して、反魂装団体側にこちらの警戒状況が知れると、団体はそこを批判してくるかもしれない。よって、生徒へのアナウンスは無しだ」
「わかりました」
「俺はこれからしばらく出張つづきで、学園を空けることが多いからな。しっかり頼むぞ」
「頼むと言われても、俺にはいざという時に動くって事しかできないですけど」
「万が一の時のために、こちらでお膳立てはしておいたから、その時は職責を全うしろよ」
「はぁ……」
俺は、この時、高見学園長の言った職責とやらの意味と、含みのある笑いの意味はよくわからなかった。
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