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第21話 ミーナの食いしばき

「はい。これで、粗方必要なアプリは入れ終わったわよ」

「ありがとう火之浦さん」


 アプリのインストールをしつつ、料理をつまみつつだったので、そこそこ時間がかかった。


「これが銀行のアプリ?」

「そうよ。口座番号と紐づけしたりは、個人情報なんだから自分でやりなさい」


「……やり方が解らない」

「もう……しょうがないわね」


 口座番号などの登録作業を火之浦さんに聞きつつ、悪戦苦闘しながらスマホを操作する。


「やった! ようやくログインできた!」


 お~、これで残高や給与振込額がスマホで確認できるんだ。

 こりゃ、便利だ。


「って、あれ? また、ログイン画面に戻っちゃった。またログインしなきゃいけないの⁉」

「戻るボタンばっか押したからでしょ。ちょっと貸しなさい」


 焦った俺は大人しく火之浦さんにスマホを渡して、対面の席からスマホを覗き込む。


「パッと見で、ログイン画面に戻ってるようでもセッションが切れてなければ、こうやって……」


 火之浦さんがスマホを操作すると、たしかに入金履歴の画面に戻った。


「セッションっていうのが何か解らないけど、ありがとう火之浦さん」

「え、ええ……」


 俺は、スマホを火之浦さんから受け取って、再びスマホをポチポチしだした。

 火之浦さんは、何故か動揺したようだった。


「あのさ、神谷」


「ん? なに? 火之浦さん」


 第一目的の銀行のアプリが上手く使えたので、次に俺は気になっていたゲームのアプリを起動してみる。


 火之浦さん曰く、今、大人気のスマホゲームのアプリらしい。


「神谷の初任給っていくらだった?」


「え?」


 早速、画面内の主人公が死んで『ゲームオーバー』と表示される。

が、今はそれどころではない。


「えっと……そりゃあ、火之浦さんと同じ額に決まってるじゃない」

「だから、具体的な金額はいくらかって聞いてるの」


 背中を汗がつたう。


「な、なんでそんな個人的なことを聞くの?」

「アプリの見方の練習よ。ほら、さっきのアプリで入金記録を見れるでしょ」


「ええとね……差し引き十数万円くらい……かな」


 俺は、入学パンフレットに記載された初任給の金額を必死に思い出していた。


「くらいじゃなくて、具体に1円単位まで答えて」


 マズいマズいマズい。


 なぜなら、俺の給与支給額は、二等兵である火之浦さんと俺とでは当然ながら異なる。

 少将の俸給表にしたがった金額が振り込まれているので、同級生とは何倍もの差がある。


 どうする⁉


 ええと、パンフレットにあった給与額から税金を、ええと何パーセントか引かれて……って、無理! 計算できない!



「あら、奇遇ね。ユウくんと火之浦さん」



俺は火之浦さんに正体がバレてしまったかと観念しかけたが、予想外の方向から横やりが入った。


 不意に声をかけられた方を見ると、目が笑っていないが笑顔のミーナと、心底面倒くさそうな顔をした周防先輩が立っていた。


 助かったと思ったが、どうやら新たな危機が迫ってきただけのようだ。




◇◇◇◆◇◇◇




「ほら、食べなさい。お腹空いてるでしょ?」


 テーブルの上に所狭しと並んだ料理を前に、いつの間にか俺たちのテーブルに合流して、俺と火之浦さんの向かいのソファ席に座ったミーナがニッコリと笑う。


「あの……俺たち、もう食べてお腹いっぱ……」

「食べてね。今日は給料日だし、お代は上級生の私がもつわ」


 ミーナが笑顔で、しかしキッパリと言い放つ。


「こ、これが食いしばき……」

「火之浦さん、食いしばきって?」


 ボソッと呟いた火之浦さんに、俺はコソコソっと尋ねた。


「先輩からご飯を奢ってもらうんだけど、その量が過剰。しかし、残すことは許されない。絶対に許されない」


 火之浦さんが青くなりながら、わざわざ二回言ったって事は、残すことは許されないんだろう。


「いただきます……」


 観念した俺は、まるで義務を果たすかのように、目の前のパスタやハンバーグに箸を伸ばして口に放り込んでいく。


「食いしばきとか、後輩いじめじゃねぇか。俺の後輩いびりを注意してた癖に」


 周防先輩がコーヒーカップを傾けながら、ミーナの方を呆れたように見る。


「周防先輩たしゅけて」

「こういう時だけ、後輩面するな」


 周防先輩に可愛く助けを求めてみたが、あえなく見捨てられた。

 くそ……この間、決闘の景品にしたこと怒ってるな。


「ユウくん、お友達と用事がってメッセージで伝えてきてたけど、まさか相手が女の子だとはね」


 ミーナは終始、口元は微笑んでいるのだが、後ろに猛虎が幻視されるようなプレッシャーを絶えず放っている。


 なんで、こんなキレてるの⁉


 ミーナのプレッシャーにより、口の中に入れたピザが、まるで乾いたスポンジを食べているように喉に引っかかる。


「火之浦さんとは実習のペアになったから、親睦を深めにね」


「あら、そう。ちなみに私のペアは名瀬副会長だけど、必要な時以外は目も合わせないから、ペアだからと言って特段仲良くする必要は無いのよ」


「そういうドロドロしたのを、入学して間もない後輩に言うもんじゃねぇだろ」

「ユウくんの奴隷が偉そうに……」


 周防先輩。あんた、さっき俺のヘルプコール無視してたじゃん……


 もっと俺の奴隷としての自覚を持って欲しいが、男にベタベタ引っ付かれてイエスマンされるのも、それはそれで気持ち悪いから、まぁこのままでいいか。


「火之浦さん。ちょっと女同士、一緒にお花を摘みにいかない?」

「は……はい、わかりました」


 ミーナの殺気にあてられて、悲壮な顔つきで火之浦さんが後をついて行く。


「お手洗いって、あんな戦場に赴くみたいな決意が必要なんでしたっけ?」


 ミーナが居なくなってプレッシャーから解放されて、俺は一息ついて周防先輩に話しかける。


「2人で腹割って話するんだろ」

「へぇ……女子ってそういうもんなんですね」


「誰のせいだと思ってんだか……ほれ、虎のいぬ間に、テーブルの上の料理を片付けるぞ」

「周防先輩しゅごい! 男前!」


「俺が食うのは火之浦の嬢ちゃんの分だけだから、ちゃんとお前は自分の分を食べきれよ」

「ぐぅ……なんで火之浦さんの分だけ……」


「あの嬢ちゃんには、上からの命令とは言え、絡んで嫌な思いさせちまったからな。俺なりの罪滅ぼしだ」


 別に、琴美の力なら周防先輩たちを薙ぎ払っていたと思うけど……と言おうとしたが、俺は黙っておいた。


 ここで貴重な戦力を失う訳にはいかない。


 何とかミーナたちが戻ってくるまでに、目の前の料理を放り込まねば。

 俺は、目の前のパスタの皿を抱えてすすり始めた。


ブックマーク、☆評価よろしくお願いいたします。

励みになっております。


なお、食いしばきもパワハラになるから、良い子のみんなは

ミーナの真似しちゃダメだぞ!

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