第20話 同級生と放課後ファミレスで
実習林での初の実習を終えて、ゴールの場所で待っていると、続々と赤色のペイント弾で汚れた同級生たちが、這う這うの体で帰ってきた。
「ただのオリエンテーリングだって言ってたのに……」
「やり口が汚いよ……」
「魂装の実習なのに、なんで原始的な罠なんか……」
同級生たちは、口々に愚痴を言い合いつつ、唯一被弾していない、俺と火之浦さんのペアを見て驚愕していた。
「さすが首席だね~」
と、クラスメイトと思しき女子に話しかけられている火之浦さんは、どこかバツが悪そうだ。
「は~い、みんなゴールしたかな。じゃあ、この実習の目的を説明する」
速水さんが、皆の前で溌剌と説明を開始する。
先ほど、手ひどくやられた後なので、皆少々不満顔で聴いている。
「皆、こう思っただろう。自分たちは、魂装能力を高めるためにこの学園に来たのに、こんな泥と羞恥に塗れることに何の意味があるんだと」
何人かは、つい速水さんから顔を逸らす。
図星だったのだろう。
「しかし、魂装能力者も所詮は人間だ。そして、戦場では人は実に容易く死ぬ。私の士官学校の同期は、最初の配属先で3割が二階級特進した」
ここで言う二階級特進というのが、魂装学園での進級ごとの昇進とは違い、何を意味するのか、例え軍派閥でない生徒であってもよく解っていた。生徒たちに沈黙が流れる。
「だからこそ、君たちはただ魂装能力だけを高めれば良いという訳ではない。この学園にいる間に、貪欲に色んなことを学びなさい。それが、結果として自分の命を助けることになるのだから」
「「「 ………… 」」」
「以上で実習を終了する。シャワー室に特殊洗剤を用意しているから、そこでよく汚れを落としなさい。わかれ!」
速水さんの号令により、皆シャワー室へ駆け足で向かった。
結果、その場には、シャワー室へ行く必要が無い俺と火之浦さんだけが残った。
「あのさ……神谷……」
「ん? どうした」
火之浦さんが、聞きづらいように俺に質問をしてきた。
「貴方って、実戦経験者なの?」
「なんで、そう思ったの?」
「だって、罠を瞬時に見破ったし、その後の対応も完ぺきだったし」
「ん~、まぁ幼少期から自然に触れあってきたから」
戦地を転々とする際に、ジャングルをよく横断したからな。ウソは言っていない。
「誰何要領は? 座学では習ったけど、あの場で咄嗟になんて普通出来ないよ」
「ほら俺こう見えて、ちゃんと授業の予習復習は欠かさないから」
これはウソである。授業は、知ってる知識がほとんどなので、ほとんど寝ている。
「あの日、決闘で負けた後、中学時代の模試の成績上位者リストを目を皿にして探したけど、神谷の名前は無かった……けど、この実戦能力……あなたは一体……」
「あ~! そう言えば今日は待ちに待ったあの日だな~‼」
マズい方向に話が行きそうだったので、俺は話題の転換を図った。
「いきなり大声出さないでよ。ビックリするじゃない」
火之浦さんが顔を顰める。
「だってほら。今日は待ちに待った給料日だよ」
俺は無理やりにテンションが高い振りをする。
特務魂装学園の生徒は、軍の階級がつくとおり、学生でありながら特別職国家公務員の職についていることになる。故に、給与が支給されるのだ。
まぁ、俺自身は実を言うと、給料日なんて興味が無かった。
戦場巡りだったため、日本に帰ってきて初めて銀行で通帳を記帳したら、ちょっと残高が引くくらいの金額が貯まっていた。
5年分の給料がほぼ手つかずで貯まっていたのだから、当然と言えば当然だ。
「そうだったわね。ふ~ん、初任給はこんなもんか」
火之浦さんがスマホをポチポチして、感想を述べた。
「え? 火之浦さん、なんで、すぐに金額が解ったの?」
「ん? スマホに給与口座のある銀行のアプリを入れてるから、それで確認しただけよ」
「マジで⁉ そんな事、スマホで出来るの⁉」
「今時、銀行で通帳記入する人なんて老人くらいでしょ」
うぐぅ……決闘の時は無傷だったのに、こんな予想外の場面で火之浦さんからダメージを受けるとは……
そうか…… 俺は、このスマホは連絡をするだけじゃないんだな。俺は、こいつの事をちっとも解っていなかったんだな。
手元にスマホを出してみると、心なしか俺のスマホが泣いているように見えた。
「火之浦さん。今日は、給料日だから部活動や生徒会活動もお休みだよね?」
「そ、そうね」
「ちょっと、放課後に付き合ってくれない? 俺にスマホのこと教えて」
「は、はぁ⁉ なんで私がアンタとなんて」
「お願い! 頼れるのは火之浦さんだけなんだ!」
ミーナや速水さんに頼むと、引き換えに何かしらのプレイを要求されそうだし。
「わ、私だけ……」
「頼むよ」
「わ、わかったわよ」
俺は拝み倒して、強引に火之浦さんから放課後の約束を取り付けた。
◇◇◇◆◇◇◇
『今日は放課後に友達と用事があるから、先に帰ってて』
よし、ミーナにも連絡を入れておいたし、これで準備万端だ。
「あ、おーい。火之浦さん」
先ほどの実習終わりの時に、特に待ち合わせ時間や場所を決めていなかったので、校門で待っていると、無事に火之浦さんを見つけることが出来た。
「……私の5メートルくらい後ろをついてきて」
「なぜ?」
「貴方と一緒にいて、噂されるのは御免だから」
おお……
もしかしなくても、俺嫌われてる?
さっきの実習で、少しは仲良くなれたと思ったんだけどな……
俺は言われた通り、トボトボと黙って火之浦さんの後を追った。
「へぇ~」
「何が珍しいのよ」
火之浦さんと俺は、ファミリーレストランに入っていた。
適当に注文してと渡されたタッチパネルの端末が物珍しくて、俺はしげしげと眺めていた所だった。
「最近は店員さんにオーダーを伝えるんじゃなくて、これで注文するんだね。なんだかカラオケ店みたいだ」
「あなた、随分機械には弱いのね」
火之浦さんは呆れたような顔で、俺がタッチパネル注文端末に夢中な間に取って来たドリンクバーのジュースを飲みながら言った。
「ほら。俺、幼少期は自然の中で育ったから」
「虎咆2学年筆頭とは幼馴染なんでしょ? あの人、そんな田舎出身だったかしら? 遠方なら寮暮らしだろうし」
「ん……まぁ色々、転校とかで離れたりしててね。
俺は歯切れの悪い返しをした。
やば。俺の経歴に関して上手くミスリードしようとしたのに、かえって墓穴を掘る結果になった。
この子、成績優秀なだけに、すごく聡いな。
「そんなことより。ほら、早くスマホ出しなさい」
「はい」
幸い、それ以上の追撃は来なかったので、俺は一安心した。
「なにこれ。スマホ買った初期状態? プリインストールされてるアプリしか無いじゃない。うちのパパ以上にスマホ使いこなせてないわね」
「面目ない。スマホを持ち出したの、本当に最近でさ」
「ふ~ん。まぁ、そういう教育方針の家もあるわよね」
いえ、ただ単に電波の届かないところで生きていたからです。
「まずは、色々アプリをインストールしないと」
ブツブツ言いながら、火之浦さんは俺のスマホを操作してくれる。
「よいしょっと」
「な⁉ なんで隣の席に来るのよ!」
火之浦さんが裏返った声で、俺に抗議する。
「え? 対面の席じゃスマホの画面見えないから」
「私がやるから邪魔しないで!」
「だって、ただ火之浦さんに操作して貰っただけじゃ、いつまで経っても一人じゃできないし」
「う……いいから離れなさい!」
「でも、操作法が」
「あー、もう! また困ったら私がやってあげるから、とにかく今は離れて!」
そんなに、俺が隣にいるの嫌なのか……
随分と嫌われてしまっているな。
まぁ、決闘で負かしてるし、さっきの実習では咄嗟のこととは言え、後ろから抱きしめたりしたし。
うん、好かれる要素は皆無だな。
けど……
「火之浦さんはやっぱり良い子だね」
「は、はぁ?」
「俺の事嫌ってても、困ってる人は放っておけない性分なんだね」
「べ、別に貴方のこと嫌ってるわけじゃないし」
「え、そうなの?」
「貴方は私のライバル! それ以上でも、以下でもない! わかった⁉」
「そんなライバルを助けてくれるんだから、やっぱり火之浦さんは良い子だよ」
「や……やめろぅ……そんな良い子良い子言うな! 何だかふにゃふにゃしちゃうから」
俺は火之浦さんへの率直な想いを口にしつつ、ちょうど注文した、パスタとラザニアとハンバーグが来たので、俺の意識はそちらに向いた。
この時、後方の席でメキメキッ! とプラスチック製のグラスを握りつぶすような音がしたことに、俺も火之浦さんも気付かなかった。
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あと、先日エッセイを投稿したので、良ければそちらもご覧ください。
タイトル:職場へ「書籍化します!」と副業の許可申請をした時の話
U-15サッカーの書籍化に際しての、私の赤っ恥エピソードです。